第3話 選択
文字数 3,100文字
突如として現れたブラックホールがもたらした運命、それはクリス達、探査船のメンバーに苛酷な現実を突き付け、彼らを救ったヒューマノイドのカーターと共に、2,400年もの時間を失い、
それと同時に、その探査目的も
失おうとしていた。
彼らがこのブラックホールが発生した宙域を航行していた目的とは何か、
それは
人類移住計画 である。
彼らが探査に出た当時の地球は月を失い、その影響で地球の生命維持装置である環境循環が停滞し、生命の惑星としての活動を停止させようとしていた。
人々は、その死せる星への流れをくい止めようと、失った月を取り戻す計画、「地球圏再生計画」をスタートさせ、その全権をコントロールする主幹組織、
”TU”(Terraforming of the Earth and Space Union)を結成し、再び地球を再駆動する活動を開始した。
その活動の主軸に、地球を再駆動させる物質の発見に活路を見出し、数万光年の移動を可能にする技術、
その計画を指揮していたジェフリー博士は、それら地球を再駆動させる物質を発見するユニットとは別に、ある特殊任務を遂行するユニットを秘密裏に招集し、重要な任務を彼らに与えていた。
そのユニットが負う任務が、
人類移住計画である
地球圏再生計画は当初、その計画を推進する三つのタスクフォースを編成、それぞれの目的を”地球再生計画” ”月再生計画” ”太陽活用計画”とし、それぞれに三つのユニットが編成されていたが、太陽活用計画のタスクフォースのみ2ユニットにし、それにあたるべき1ユニットをジェフリー博士の直下に置き、その存在は明かす事無く極秘とされ、その任務を推進していった。
では、なぜそのユニットのみ極秘とされたのか、
その意図する目的は、そのチームにのみ、一度だけジェフリー博士の言葉で伝えられていた。
「その目的は」
「このユニットが向かう惑星は、密かにテラフォーミングを進めている惑星であり」
「地球文明の継続と発展の為に、この計画の推進が必要なのだ」
「人はもう一つの道の存在を知ると、その存在を使う事を考える」
「我々には残された道は無い」
「しかし、お前達の道は影ではない」
「なぜなら、このユニットこそ人類最後の希望だからだ」
その言葉は、メンバー全員とジェフリー博士の中にしまわれ、誰も知り得ることは無かった。
しかし、その希望でさえ、今ではもう意味のない事となりつつあった。
… 重苦しい空気が周囲に横たわっている。
「クリス、あのブラックホールは回避できたが、メインブロックはもう無い」
力無げに椅子に座っているマクシミリアンが、手のひらを組み、失意の表情で、クリスを見る。
「航路も三分の一を残すのみだったが、今の進路を反転しあの惑星に辿り着いたとして、地球に帰還する船体が無ければ、地球にも戻れない…」
「あぁ、わかっている」
マクシミリアンの言葉を制止するように、クリスが口を開いた。
「わかっている、マクシミリアン」
「俺たちの任務を全て遂行するのは無理だ」
「だが…」
メインモニターを見つめていたクリスが、少し上を見上げると、後ろにいるクローディア達に振り向き、
「テラフォーミングを完成させる事はできる」
何かを悟ったかのような、強い眼差しを向けた。
「何を言ってるの」
全員がクリスを見つめる。
「これだ」
クリスが半透明の情報パネルを空中に表示させた。
「お、お前!」
〔 Adam and Eve Project 〕
そのモニターには、クルー全員が初めて見る情報が表示されていた。
「この船、コアブロックには、クローニングされた男女の子供たちが休眠状態で乗せられている」
「この子達をあの惑星に連れて行く」
クリスの言葉はあまりにも突然過ぎた、
しかし、その場にいたクルー全員の表情に動揺は無く、静かにその情報パネルを見つめ、クリスからの言葉の続きを待っている。
「お前たちも何かしらの極秘任務を負っている事は知っている」
「この任務は、カーターが負っていた任務だ」
「今から、この
「このコアブロックにはコールドスリープも二機しかなく、物資も足りない」
「しかし、数人なら可能だ」
「その数人で、地球生命を繋ぐんだ」
「惑星に行かない者はどうする」
その場にいた、アーネスト博士がクリスに問い掛けた。
「あの惑星に行く事の無い者…」
「俺と二名、惑星に向かわない者は小型探査船で地球へ向かう」
「航路補正をすれば、このままのスピードで地球に行けるだろう」
「ただし、地球が本当に2,400年後の世界だったら、」
「その地に、地球生命、人類が生きていれば、俺たちのミッションは繋げる事が出来る」
「しかし」
「地球が、死の星となっていたら…」
「地球に向かった俺たちは終わりだ」
「クリス!」
「選択の余地は無いんだよ、クローディア」
緊迫した空気が船内に張り詰める。
「今、テラフォーミングを進めているあの惑星に、マクシミリアンとお前が行けば、確実に地球生命は繋げられる」
「席は四席しかないんだ」
この探査船のクルーは7名、リーダーのクリス、サブリーダーのマクシミリアン、物理学者のアーネスト博士、科学者のアートン、オスカー、生物学者のマイヤーとクローディアであった。
「惑星へ向かう人選は、それぞれの分野から一人ずつ、マクシミリアン、アーネスト博士、アートン、クローディアだ」
「俺と、オスカー、マイヤーは地球へ向かう」
「クリス、確かにそうかもしれない」
クローディアが真剣な眼差しで、クリスを見つめる。
「でも、あの惑星はテラフォーミングがまだ十分じゃないのよ、たどり着いたとして、生きて行けるかも解らない」
「じゃあ、どうしろって言うんだ! このまま地球生命が滅んでもいいのか」
「俺は、少しでも可能性が有る方に、繋げていきたいんだ!」
「だからよ」
クローディアがサブモニターを、メンバーの前に表示させ、
「ク、クローディア…」
クローディアが出したその情報パネルには、
〔 Oocyte cryopreservation 〕
「私が負っている任務は凍結保存された卵子を使い、人類を繋げる事なのよ」
「人類最後の希望、その為に生物学者であるマイヤーと私がここにいるの」
「クリス、可能性は分散するべきよ」
ジェフリー博士は地球圏再生計画、最後の希望が途絶える事の無いようバックアッププランをいくつも用意をしていた。
その中でクローニングは極秘の任務で、最後の手段であったが、分散する事は出来なかった。
この状況で、クローディアは凍結卵子を生物学者二名に託し、分散させる事が、その種を繋げる可能性を高める方法であると考えていた。
「クリス、この方法なら可能性を高める事ができるわ」
「あの惑星には、クローニングの専門家であるマイヤーに任せ、地球には私が向かうわ」
「…」
「確かにな」
マクシミリアンが顔を上げ、話し始めた。
「…クリス、どうだ、俺はクローディアの案に賛成だ」
「クローンでも、凍結卵子でも、人類を繋いでいく方法が少しでも多い方が良いと思う」
「そうだな、クリス俺もそう思う」
アーネスト博士が同調し、
「…」
クリスは目を閉じ、しばらく考えた後、
「わかった、そうしよう」
クリスはクローディアの案を受け入れた。