第2話 尊き犠牲
文字数 2,040文字
その空間は歪んでいた
光は歪み 物質も渦となりながら
その空間を取り囲み
その中心にある 漆黒の闇へと
落ちて行った
「カーター…」
ヒューマノイドであったカーターは、自らを犠牲にして、ブラックホールの重力圏からクルーを脱出させ、彼らを救った。
…
船内の揺れが治まり、各自のセーフティロックが解除されると、クローディアは怒りの表情を浮かべながらクリスに近付いてきた。
「クリス! カーターを、カーターを犠牲にしたのね!」
クローディアが動揺し、涙を浮かべながらクリスに詰め寄る。
「やめるんだ、クローディア」
それを制止するように、背の高く浅黒い男性が止めに入った。
「どぉ… して…」
「あの状況では、あぁするしか方法は無かった」
「そうでなければ我々は今頃、あの光の輪の一部になっているか、あの黒い球体に飲み込まれていたんだ」
クリスは、硬い表情のまま、詰め寄るクローディアを注視している。
「
「解っているが、俺の判断が許せないんだ」
「そうよ!」
「あなたは自分の為に、カーターを犠牲にしたのよ!」
クローディアは涙を流しながらクリスに訴え、言葉を続ける。
「そんなに地球に帰りたいの!」
「今回のミッションは全員、全てを投げて人類の為にその身を捧げているのよ」
「なのに…」
「そうだ! 残された人々の為に俺たちはこのミッションに出たんだ、だからここで終わらせる訳にはいかないんだよ!」
更に顔を強張らせながら、両手を胸元に上げ、クローディアを諭す。
「だからって、カーターを犠牲にしてもいいと思っているの!」
「ヒューマノイドだからって、彼も私達と同じ仲間なのよ…」
「クリスあなたは… 」
「うぅっ…」
そして、クローディアは涙を流しながら、項垂れた。
重く暗い空気が船内を包み込んでゆく。
…ピッ ピッ ピッ
船内のサブモニターに何かが表示されている。
「ばっ、ばかな…」
それを見たマックスの表情が一瞬にして固まった。
「マックス、どうした」
サブモニターを見ながら、微動だにしないマックスに気が付いたクリスが、マックスに声を掛けるが、マックスはピクリとも反応しない。
しかし突然、
マックスは唐突にあらゆるモニターを目の前に集め始め、何かの作業を始めた。
カタカタカタカタ…
「おい、マックスどうした」
クリスは更にマックスを呼びながら近づき、彼の目の前で点滅しているモニターに目を向けると、
「おい! マックス!」
「マックス!」
クリスがマックスの肩をつかみ、彼を振り向かせた。
「どうゆう事だ、これは」
[ ELAPSED TIME:2,400 years ]
インジケーターに、現実とは思えない経過した年数が表示されている。
「に、2,400年だと…」
「マックス!、調べ直すぞ」
その後、彼らは、何度も、何度もそのデータを検証し、あらゆる方向からデータを計算し直したが、
―ガァーン!!
「六十年じゃなかったのか! 六十年じゃ!」
「よせクリス、受け入れがたい事だが、これは事実だ」
「六十年あれば、人類はあの惑星に移住できるんだぞ!」
クリスは、マックスの襟をつかみ、必死の形相で彼の顔を睨む。
そして、船内の壁に掲げられているミッションボードを見つめると、そこには、彼らの探査目的と共に、
〔 人類の希望! 十一光年先の新たなフロンティア 〕
彼らの希望が掲げられていた。
「嘘だ! 娘が、クレアが、クレアが待っているんだ」
「もう一度! もう一度…」
「クリス!」
マックスが、激しく動揺するクリスを制止し、
「クリス、もう充分見返した、何度も、何度も」
「我々全員が、お前と一緒に」
「だが… 」
顔を上げ、何かを悟ったかのように、マックスが言葉を続けた。
「あの事象の地平面を抜ける際の加速と、ブラックホールの重力で時間を使っちまったのさ」
「この数字も単なる計算だ、実際はどうだかわからないがな…」
クリスはテーブルの上に崩れ落ちた。
しかし、マックスのその言葉は、ある意味、的を射ていた。
ブラックホールとは、重力の収束点である。
そうであるがゆえに、そのブラックホールが生み出す圧力で時間や空間、全ての物質が圧縮され、見えざる物質が顕在化し、そこには新しい宇宙が生み出されてゆく。
宇宙とは何か
宇宙とは ”無” であり ”有” である
無が重なり合い、さざ波をおこし 有を生み出す
波間の対流のように、一部は渦になり、分離し 結合し 消えてゆく
ブラックホールとは、その無の重なり合いからできた、顕在化した 有 の世界であり
我々の宇宙も同様に、無の重なり合いで生まれ
見えざる別の宇宙が介在している
彼らは、そんな宇宙の重なり合いに出会い、介在し、逃れて行った。
彼らが過ごした時間は、我々の宇宙での数千年であったのかもしれない、
しかし、彼らが介在した 別の宇宙は 我々の常識と同じではない
それを知る事になるのは、
その