第5話 山々の尾根に囲まれた湖
文字数 3,705文字
ラーム族の森に陽の光が差し込む。
彼らはその光が差し込む前に目を覚まし、森の奥にある岩盤で出来た高台の上に移動し集まると、そこで陽の光を浴び、体を温めそれが終わると、その日の準備を始める。
ある者は、森の中に狩りへと出かけ、前日に仕掛けていた罠を確認し獲物を捕らえ、
ある者は、家族の世話をし、水を求めて近くの川へ向かい、
ある者は、武器を持ち、その場に残り、集落を守っていた。
カフラも彼らと同じく陽が昇る前に目を覚まし、仕度を終えると、朝の祭事を執り行う為にラーム族と共に岩盤の上に移動し、彼らと一緒に陽を浴び、祈りを捧げる。
祭事を終えると、カフラはゆっくり顔を上げ、その眼前に広がる光景を見渡した。
そこには、鮮やかな緑色の森と山々が延々と広がり、抜けるような澄んだ空が覆う、心地よい場所だった。
カフラが周囲の自然を見渡していると、数匹のラーム族がカフラへと近付き横に並ぶ。
それに気が付いたカフラは、彼らにその身を向け、頭を低くしひざまずいた。
「おはようございます」
「昨晩は、心よりのおもてなし、ありがとうございました」
カフラは、昨夜対面したラーム族の長に、カルーン式の挨拶をした。
それを見たラーム族の長は、カフラの顔を見ながら、
スッ… ゆっくりと南の方を指さす。
カフラはその動きに合わせる様、長の指が指す先を見つめる。
「…あそこに あるのですね」
長はゆっくりと頷き、
「 おき い み ず 」
「大きい水…」
カフラはその指が指す先にある、延々と木々が生い茂る森を見つめ、長が言うその水を探すが、見えるのは森と山々と、丘だけで見当たらない。
「 …水」
「あそこですよ」
そばにいたマトケリスが同じく森を指し、カフラはその指が指し示す先を、じっと見つめる。
「あの森の奥に小さな丘がありますよね」
「あそこに、目的の地、エーレ」
「見えざる何かが住む地、があります」
カフラはそう聞くと、目を凝らし森の奥を探し始め、
「あっ、あれですね」
水平線の上に、小さく盛り上がる大地を発見し、カフラはようやくそれを確認する事が出来た。
「遠いですね」
「あそこまで、どのくらい掛かるのでしょうか」
「陽を一度越えれば辿り着きますよ」
「しかし…」
長が首を横に振り、
「 い ない 」
「いない?」
カフラは首を傾げ、
「はい、今、エーレに辿り着ける一族は途絶え、いないのです」
「以前のゲブ様とヌト様の時も、その一族がいない為に、エーレに辿り着く事が出来ませんでした」
カフラとマトケリスが会話をしていると、そばにいた長は、その様子を気にせずに、岩盤から降り集落へと戻って行った。
カフラはすこし顔を向けたが、話を続け、
「何か、良い手は無いのでしょうか」
マトケリスは少し考えたが、何かの策は思いつかず、
「長は特にその地について興味が無く、あれ以上、知っている事は無いようで、私もその場所にご案内する事しか出来なく、申し訳ございません」
少し俯きながら、カフラの問い掛けに応えた。
「…わかりました」
「とりあえず行きましょう、あそこへ」
「その地に行けば、何か手掛かりが見つかるかも知れません」
カフラは柔らかい表情で、マトケリスを見ながらそう応え、浮遊鉱石が入った袋を握りしめながら、ゆっくりと岩盤を降り、朝の仕度を終えると、その丘に向かいラーム族の集落を出発した。
カフラは、護衛のモントゥと数名の兵士、それについて来るネフティスと、案内役のマトケリス達、クパ族の兵士数名で目的のエーレへと向かい森の中を進み、歩き始めると直ぐに、そこは今までの森とは違う事に気付き始めた。
陽の光に照らされたその森は、クパ族の森とも違う、カルーンの乾いた大地でも見られない珍しい植物が生い茂り、
「きゃ!」
ブゥゥゥン…
見た事も無い生物達が数多く生息している、豊かな自然を育む、独特な生態系を持つ森である事がわかってきた。
「大丈夫かいネフティス」
「こっちにおいで」
カフラはそう言うと、ネフティスをそばに呼び、時折、手を握り優しくゆく道を手助けしながら、その歩みを進め、他の兵達はその歩みに合わせる様に、ゆっくりと森の中を進み、
「わぁ! きれい!」
虹色に光りながら優雅に浮かぶ生物や、黄金色に光る小さな生き物を発見しながら、森の奥へと進んでいった。
「ネフティス様は、好奇心が旺盛ですね」
微笑みながらマトケリスはネフティスに声を掛け、
「この先に、大きな水辺があるのですが、そこにも綺麗な生物が泳いでいますよ」
「ほんと! 行きましょう、そこに」
「カフラ様、いいでしょう」
モントゥが諦めた表情でうつむくが、カフラはそれを許してしまう。
「少しだけだぞ」
だが一応マトケリスには気を使い、
「マトケリス様、申し訳ない、急ぐ必要があれば切り上げて前へ進みましょう」
「いいえ、大丈夫ですよ」
「それに、私がお勧めしたのですから、遅れましたら私の責任です」
そう微笑みながらマトケリスは応えた。
しばらく草木をかき分けながら森の中を進むと、点々と小さく水を湛えた池が幾つか現れ始め、さらに歩みを進めると、その池は徐々に大きくなり、森の先が明るくなり始めると、
――――――――――――
突然、目の前が開け、陽の光が降り注ぐ、ひときわ大きな水辺がカフラ達の目の前に現れた。
「わぁ! すごい!」
「おぉ、素晴らしい」
そこは森に大きな穴が開いたかのように、丸く広大な空間が広がり、青く澄んだ空と、穏やかに揺れる水辺が佇み、カフラとネフティスが感激し声を上げその光景を見つめた。
「そうでしょう、我らクパ族の森にも勝る自然がこの地にはあり」
「この湖と呼ばれる大きな水を湛える水辺がこの森には数多く存在します」
「なるほど…」
水面に森と空を映し出す圧巻の光景に、カフラ達は魅了されていった。
「この先に、この湖を一望できる高台があるので、そちらに行きましょう」
マトケリスがそう言うと水辺に沿って歩き出し、しばらくすると、足元には大小様々な岩が目立ち始め、そのゴツゴツとした岩を気にしながら、遠くに見えている、目的の大きな岩で出来ている高台を目指して、ゆっくりとその歩みを進めてゆく。
一行は、足場の悪い岩の上を助け合いながら進んでゆき、ようやくその岩の下に辿り着くと、マトケリスが岩肌にできている小さなくぼみや段差を起用に使い、その上に登りだし、その後に付いてカフラ達も、その岩を登ってゆき、
「…ふぅ」
「着きましたよ」
湖面を一望できる高台へとたどり着いた。
「おぉぉぉ、ここも凄い!」
そこから見える光景は、新緑に染められた雄大な森と、鮮やかな瑠璃色をした湖面が一望できる景色が広がり、先程の景色とは違い湖全体が見渡せる開けた場所であった。
「ここで一休みしましょう」
マトケリスがそう言うと、一行は荷物を置き、その高台の上に腰を下ろして休む事にした。
その高台の上で少し休むと、マトケリスが荷物の中から真ん中で折れている奇妙な板を取り出し、ネフティスに見せる。
「ネフティス様」
「今から投げる、これを見ていてください」
―ブン!
マトケリスがその奇妙な板を湖に向け投げ、それはクルクル回りながら、湖面へと飛んでゆき、
瑠璃色の湖面に黒い影が現れた瞬間、
―――バァァァァ!
陽の光に黄金色のしぶきをまき散らしながら、とても巨大で森の巨樹に匹敵するであろうかという程の、流線型の巨大な生物が、弧を描きながら水の中から姿を現した。
「レヴィア!」
マトケリスがそう叫ぶと、その生物は厳つい下顎でマトケリスが投げた物を捕らえ、
―――ズッバァァァァ!
また湖の中に消えて行った。
「…おぉぉぉ!」
「綺麗…」
カフラ達は、瑠璃色の湖面から姿を現したその生物に一瞬にして心奪われ、その影を追い掛けるように、揺れる湖面を見つめ続けた。
…
「ハペプ(黒い鋼の外骨格を持つ種族)の一族ですか」
モントゥが少し硬い表情で揺れる湖面を見ながら、マトケリスに問いかけた。
「皆様の間ではハペプと呼ばれるようですね」
「私たちはあの生物を、レヴィアもしくはレヴィアサンと呼び、ハペプほど獰猛ではありませんが、太古の昔からこの地に住み、その祖先は熱く煮え滾る大地の奥底にいたそうです」
「ハペプ… かもしれませんね」
モントゥはその湖をみつめ、レヴィアが放つその美しさの裏側に、危険な何かを有していると思うと、この大陸が持つ何とも言い難い危うさを感じ始めていた。
休憩を終えると、カフラ達は目的の丘へと向かい歩き出し、陽が沈み、周囲が闇に包まれると、近くにあった大きな岩の隙間を見つけ、そこで夜を過ごし、次の陽が昇ると、再びその歩みを進め、緩やかな丘を登り、眼下にこれまで歩んできた森と点在する湖面をみながら、陽が頭上に高く昇った頃、カフラ達はその丘の頂上に辿り着いた。
そこには、延々と続く山々の尾根が丸く繋がり、その麓に豊富な水を湛える巨大な湖が目の前に現れ、カフラ達が初めて目にする景色が広がっていた。
「ここが… エーレ」
「はい、見えざる何かが住む地とされている場所です」
カフラ達はエーレに辿り着いた。