第8話 深化
文字数 4,390文字
ムメンの目の前で跪く鉛色の兵士。
その姿はセトが今まで見た事の無い外見をし、その生気の無い、鉛色の金属らしき物質で覆われた体から放たれる異様な雰囲気は、否応なしに周囲を威圧し、ムメン達はその全てを、鋭い眼光で見つめている。
「…ムメンさま」
―ザッツ
鉛色の兵士から出てきた生物は、そこから大地に降り立ち、ムメンたちの目の前にその体を向け、互いを見合うように正面に立つと、しばらくその場に佇んだ。
「これが ニンゲン か」
そのニンゲンと思われる生物の雰囲気は異様で、身長はムメンの半分ほどであったが、全身が銀色に輝き、頭部らしき部分は黄金色に光る外骨格に覆われ、おおよそムメン達が知る生物のそれとは大きくかけ離れていた。
―シュッ
突然、頭部の黄金色に輝く外骨格が消え、そこには、
『 ヤ、 ヤァー族… 』
見慣れた、ヤァー族に似た顔が現れた。
―張り詰めた空気が、互いの間に満ちてゆく。
「ニンゲンよ、我が名は ムメン」
「貴様たちはなぜこの地に来た」
ヤァー族の言葉で話し始めるムメン。
「勇猛な軍隊を率いるムメン」
「私は、クリス・ファレル。後ろにある黒い船のリーダーだ」
クリスもヤァー族の言葉を使い、ムメンに声を掛け、簡単な挨拶をした。
「勇猛なるムメン。我々はまだあなた達が話す言葉の全てを、理解していない」
「私は、あなた達を理解する為に、あなた達が使う言語を理解する必要があります」
「その時間を少し頂けますか」
クリスは丁寧に、しかしごく簡単にそう言うと、黒く薄い、小さな丸い何かを取り出し、それを手のひら程の物体に乗せ、ゆっくりとムメン達の方へ飛ばしていった。
スゥッ…
小さな物体はムメン達の近くに来ると、その飛行を止める。
「申し訳ない、数日間だけそれを体に付けて頂けますか」
「それを付けてくれると、我々はあなた達の言葉を理解できるようになります」
ムメンの眼光が鋭くなる。
「何を言っている」
表情の変化に気が付いたクリスはオスカーを呼び、
「オスカー、例の物を持ってきてくれ」
―ズゥン、ズゥン
重厚な地響きを周囲に響かせながら、もう一体の鉛色の兵士、人型の
「この槍は、あなたの物ですね」
「お返しします」
クリスがそう言うと、オスカーはその槍をゆっくりと地面に置いた。
「私たちに敵意はありません」
クリス達は両手を肩の高さまで上げ、ムメンを見つめた。
…鋭い眼光で、クリス達を視界に捕らえ続けるムメン。
「ニンゲンよ」
「私はまだ、お前たちを信用していない」
そう言うと、ムメンはゆっくりと槍に近付き、
…ザッツ
槍をその手で握ると、ゆっくりと持ち上げた。
そして、
―ガッツ!
その
「来い」
ムメンはクリスに、こちらに来るように促した。
クリスは表情を変えず、ムメンを凝視し、ゆっくりと、ムメンの下へ近付いてゆく。
そして
ムメンは
クリスはそれに気が付き、横目で
その時、
―がっ!
クリスの身体が突然、硬直する。
「クリス!」
オスカーがクリスの異変に気が付き、
―バッツ! ギィィィ…
同時に、
「ネイト、やめろ」
ムメンがネイトに命令し、
ネイトは、
それを確認したオスカーも、再び両手を上げた。
… あぁぁぁぁ
硬直するクリスの意識の中に何かが浮かんできた。
『 …く くろい きり… 』
―!
クリスの意識に浮かんだ黒い霧は一瞬で消え、意識が戻ると少しの間、呆然としていたが、すぐさまムメンの方へ顔を向ける。
ムメンも同じくクリスの顔を見ると、その
「ニンゲンよ」
「陽が三度登った時に、再びここで相見えよう」
ムメンはそう言うと、クリスから渡された黒い何かをネイトに持たせ、その場から去って行った。
…
∫
蒼き稲妻と赤き猛火の接触から、三度目の陽が昇った時、
… ザ
ザ
ザッ
―ザッ!
ムメンと、カルーン軍の兵士達は、クリス達と接触した同じ地に現れ、
両者は再び、
対置した。
ムメンはクリスを見つめると右腕を上げ、手のひらを広げる。
スゥッ…
すると、その手のひらから、黒い小さな何かの物体がクリスの方に向かい、飛行を始める。
…
その物体は、クリスの前に来ると制止し、クリスは右手を上げると、その物体をその手に収めた。
「ニンゲンよ」
「私の言葉が分かるか」
ムメンは、ヤァー族の言葉ではなく、カルーン族の言葉で話し始めた。
…
クリスはムメンを見つめながら、その言葉を理解したかのように小さく数度頷くと、
「勇猛なる戦士、ムメン」
「貴方の真摯な対応に感謝いたします」
ムメンと同じカルーンの言葉で話し始めた。
「 フ… 」
「フッ ハハハハハハハハハハハハハ!!」
「アッ! ハハハハハハハハハハハハ!!」
ムメンがその太い声で、ひときわ大きく、高らかな笑い声を上げた。
「ニンゲンよ、私はお前たちをもっと知りたい」
「銀色の戦士、クリス」
―ガッツ!
すると、突然ムメンはその手に持った
―バッツ!
その槍を横にし、クリスに
「受け取れ、協力の証だ」
それはカルーン族の儀式らしく、信頼の証として
クリスはムメンの視線からその意図を感じ取り、ムメンを見つめながら、ゆっくりと
―ガッツ!
その
クリスが握った
しかし、クリスの
―ガッツ!
その槍を大地に突き刺し、自身の横に収めた。
「ほぉう」
「
「我々は、高度な技術を操り、この惑星の外から、この地に降り立ちました」
「私たちの目的は、この地を征服する事ではなく、もう一度、あの宇宙へ帰る事です」
ムメンがクリスの言葉に耳を傾ける。
映像の中心に地球が現れると、ムメンが見た事も無い生物達の暮らしが映し出されていく。
「かつてこの惑星は、我々が暮らしていた、星でした」
「しかし、その星は終わりを迎えつつあり、我々はこの星を救う為、種を後世に繋げてゆく為に、この星から旅立ってゆきました」
映像が宇宙へと切り替わり、星々の渦、銀河系が映し出されると、小さな地球が中心に移動し、そこから銀河に散らばる
「この宇宙には、我々でも知らない、数多くの生命が暮らし、生命が誕生する前の星々も多く存在しています」
数多くの
「我々は、種を後世に繋げてゆくためにこの地を離れ、長い年月を掛け、遠いこの星を目指して旅立ってゆきました」
「しかし」
映像が湾曲した光に包まれる、黒い渦を映し出す。
「我々は、この黒い渦により、希望を繋ぐことが困難な状況に陥り」
「種を繋ぐために、二つの星に希望を託す事を決め」
「私達は、かつて暮らした、この星」
「地球へと戻ってきたのです」
ムメンは静かにクリスの話を聞いている。
「しかし、この星には、かつて我々が暮らした世界は消え去り、新しい世界が創造され、我々の居場所は無い事を悟りました」
「残る希望は、分散したもう一つの希望」
クリスが映像に浮かぶ星、Ross 128bと表示された星を指す。
「ここに向かう事」
「これが我々の希望です」
クリスがムメンを見つめる。
「あの黒い船」
「我々の探査船が飛び立てるまで、少しだけ時間を頂きたい」
「我々が来た事で失った自然は蘇らせ、お返しする」
クリスがそう言うと、
後ろにいたオスカーが円盤状の何かを空中に浮かべ、
そして、そこから光が放ち始めると、大地を照らし出した。
すると
円盤状の何かから放たれる光が濃くなり、その光は徐々に中心付近に収束し始め、その濃い光がしばらく続くと、その光の中から生成された植物が姿を現し始めた。
「おおお…」
ムメンの背後にいる兵士達から声が上がる。
「…面白い」
「ニンゲン… 実に興味深い」
ムメンが小さな声で囁くと、
「銀色の戦士、クリスよ」
「我々は、これを求めている」
ムメンはそう言うと、手のひらに乗せた浮遊鉱石を見せ、それを手のひらから落とした。
その浮遊鉱石は大地に落ちる事なく、その場に浮き、
ムメンは更にもう一つの浮遊鉱石も同じように空中に浮かせると、
―ピン
片方の浮遊鉱石を指ではね、浮遊鉱石同士を近付けた。
―カッツ!
浮遊鉱石同士が触れ合った瞬間、
ゴォォォ…
激しい蒼白い光を放ち始めた。
ピピピピピピ…
すると、その蒼白い光と共にオスカーが持つ何かが反応しだし、奇妙な音を発し始めた。
「…どうやら、興味はありそうだな」
ムメンが鋭い視線で、クリスとオスカーを見つめている。
オスカーはその音を抑えると、
「クリス」
「あれは、例のあれかもしれません、ジェフリー博士が探していた…」
「…フォルトゥーナか」
「えぇ…
「まさかな…」
「フォルトゥーナが地球にあるとは」
クリスが息を吸いながら目をつむり、天を仰いだ。
その
しばらくその様子を伺い、ふと口元に微妙な笑みを浮かべると、
「銀色の戦士、クリス」
「我々の、仲間よ」
「我と共に、歩むか」
クリスを見つめるムメンの眼光が 鋭く光り始めた
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遥かなる星々の物語
第二章 「邂逅の惑星~30億年の出会い」 第二部 「 対置する者 」 END