第6話 鉛色の巨兵
文字数 4,019文字
ムメンが率いる百のカルーン軍兵士は、ヤァー族が準備した屈強な改造船に乗り、対岸にある海に囲まれた大陸を目指した。
出帆してしばらくの大陸に挟まれた海は、少し波が高い程度で比較的穏やかであったが、陽が昇るにつれ青々とした空に雲が混じり始めると、風の強さが増してゆき波の表情を荒くしていった。カルーン軍の兵士達が乗船する船は運河用の改造船であった為に、その荒れる波に当たるたびに大きく揺さぶられ、波間に叩きつけられていた。
――苦悶の表情を浮かべる兵士達。
波間にもまれ、必死に操舵しようと力を入れるが、運河用の改造船では荒波をいなす事はできなかった。
波に叩きつけられた何隻かが航行不能に陥り、互いの船体が激しく接触し船体を破壊してゆく。最初の数度はなんとか耐えきったが、波にはね上げられ、叩きつけられるを繰り返すと、その何隻かがその波と衝突に耐えきれず、波間に入るたびに波音と共に海の中へと消えていった。残りの船もその船体をぎりぎりと、悲鳴にも似た音を出しながら航行を続けていた。
しかし、ムメンが乗船する先行していた何隻かは、周囲で航行する船がまばらであった事と、船体自体がヤァー族が用意した大海原用の大型船の為、疲弊する事なく航行する事ができていた。
ムメンは、出遅れた何隻かを残していくと、陽が陰る前に大陸へと到着した。
ムメンは上陸すると直ぐに、岸辺の近くに根拠地を設けるよう指示を出し、兵達は疲労の表情を滲ませながらも、日没までに時間が無い事を感じると、ムメンの指示に従い作業を始める。そのムメンの指示は的確で、兵達に無駄に動く者や休む者は無く、数匹が集まる小集団単位で作業を進め、その集団が連携する事で、瞬く間に森を伐採した野営地と天幕を設営し終えた。
作業の途中で、遅れて上陸した兵士達も、持ち込んだ軍備を野営地に整えながら運び入れ、全ての兵が上陸し終える頃には、周囲は深い闇に覆われ、カルーン軍は慣れない海での行軍の疲れもあり、その日は少数の見張りを残し休む事にした。
虫の音が鳴り、穏やかな風が吹き抜けて行く。
カルーン軍の兵士達は船酔いと、荒れる海の恐怖から心身共に疲れ果て、すぐさま深い眠りに落ちてゆく。その周囲を見張っていた兵士達も同じく、意識が朦朧としながら睡魔と戦い、周囲を警戒していたが、その殆どは眠りに落ちてしまっていた。
ある一匹の兵士が眠気に耐えきれず、それを振り払おうと空を見上げると、
…空に 黒い何かがいる
「 …鳥か … 」「まぁ… るい鳥…」
彼はその眠気で、それが何なのかを判断する思考は残っておらず、
その黒く丸い鳥を気にしながらも、眠りに落ちてしまった。
… キュユユユ ツツ ピッ… ピッ…
∫
闇の空が薄っすらと白み始める。ムメンは身なりを整え、
ムメンはすぐさま、そばにいた側近に偵察隊の準備を指示し、同時にネイトとカブラル、その他、重臣たちをムメンの天幕に来るように伝えると、天幕の中に設置してある、縦長の机の奥に座り腕を組むと、ゆっくり目をつむる。
しばらくすると、ムメンの天幕の中に呼び出された者達が集まってきた。全員が揃い
「カブラル、あれを出してくれるか」
ムメンはカブラルに、ウプウアウトの兵が事前に調べていた、ある物を出すように求めた。
カブラルは、丸く纏められた、生物の革をなめした何かを取り出し、ムメンの前に広げた。
「ムメン様、こちらがあの黒い物体の周辺を記した図になります」
「黒い物体の周辺は焼け落ち、その物体に続く様に焼けた跡が長く続いており、大地が大きく削られている事から、その物体が移動したのではないかと思われます」
「我々の位置は、黒い物体から離れた丘の奥だな」
「はい、ムメン様」
全員がムメンが指す、しるしを見つめる。
「それと、カブラル」
ムメンが少し顔を上げ、カブラルを見る。
「お前は炎を操る者達を見たか」
「炎は見てはおりませんが、鉛色の兵士らしき五匹ほどが、黒い物体の回りを取り囲み、時折、ヤァー族に似た生物が、その黒い物体より出入りしているのをこの目で見ました」
「ヤァー族に似た者だと」
ムメンの表情が険しくなる。
「はい、ヤァー族と全てが同じではありませんが、顔つきや肌の色などは似ているかと」
「その種族は、薄く白い衣を身に纏い、その雰囲気からヤァー族より知性は高いかと思われます」
…ニンゲン とは…
…詳しく知りたい
ムメンは訝しげな表情で少しの間、腕を組みながら考えると、ネイトの方に顔を向けた。
「ネイト」
「はい、ムメン様」
「其方の兵達の中に、巨体の重装兵達がいたな」
「はい、重く硬い武具をその身に纏う兵士がいますが、現在は投石隊として後方に控えております」
それを聞いたムメンは、その目の奥を鈍く光らせ、ネイトを見る。
「ネイト」
「その兵達と共に、その白い衣を纏う種族を捕らえ、我が下へ連れてこられるか」
ネイトはその言葉を聞き、少し驚いたが、表情には出さずムメンに応えた。
「わかりました、捕らえて見せましょう」
その言葉を聞いたムメンは、先発隊の目的を偵察と共に、ニンゲンの捕獲もその中に含め、具体的な行動の策を練っていった。
そうして再び陽が陰り、全てが漆黒の闇へと閉ざされると、周囲は虫の音だけが響き渡り、闇の夜空に美しく煌めく星々が流れていった。
漆黒の闇に包まれている森が揺らめいている。その闇に紛れるように、物静かに多数の黒い影が動き始める。その黒い影達は、よく訓練されているのであろうか、視界もままならない闇の中で、乱れる事無く整然と並び出し、物音一つ立てずに隊列を整え終えた。
その目の前には先端が二股に分かれた
闇の中に、五十の先発隊が集まり終えると、再び周囲は、漆黒の静寂に閉ざされた。
無音の闇が全てを支配している。
一時、闇に同化したムメンは、静かに右腕を上げ、その手に握る
ムメンは、ゆっくりと
その合図と共に、
黒い集団は、静かに作戦を開始した。
ある者は、木々の隙間を抜けゆっくりとその歩を進め、
ある者は、木々の枝を渡り、その身軽さから先行し、
ある者は、大きく迂回し、その周囲を囲んでいった。
… キュユユユ ツツ… ピッ
ムメンは木々の隙間を抜け、闇に覆われた森の奥深くへと進み、黒い物体が小さく認識できる高台までたどり着くと、その歩みを止める。
そして周囲を見渡し、静かに合図をすると、兵達を予定の配置につかせ、再びその身を闇と同化させていった。
…虫の音が穏やかに鳴り響く。
ムメン達はしばらく漆黒の闇から、その黒い物体を見つめていると、黒い物体を囲むようにその周囲から、火矢が空へと放たれた。
それを見たムメンは、火矢が上がると同時に
それと呼応するように、少し離れた場所に置かれている巨大な何かが、その羽らしき湾曲した巨大な板を広げ始めると、その羽、
ムメンは、その腕を振り下ろした!
「放て!!」
≪ ゴッツ… ≫
――――――≪ バァァァァァァァ!! ≫
周囲を激しく震わせる雷鳴と共に、
―――ピィ! ピィ! ピィ! ピィ! ピィ!
ゴッ ガァァァァァァ
!!!!!ゴゴゴゴゴゴ…
蒼白色の稲妻は、激しい閃光と共に渦を成し、周辺の森を切り裂きながら、黒い物体に到達。
その周辺は天をも照らす程の激しい光と共に、全てが吹き飛び、その凄まじい衝撃波が大地を震動させると共に、大気をも震わせ爆風となりながら周囲に伝播してゆく。
一時、周囲を覆い尽くした白い光が治まると、黒い物体から巨大な煙の柱が天に向かい立ち昇り、その周囲にはそこに何があったのかさえも解らなくなる程に融解し、そこから伝わる熱がその砲撃の激しさを物語っていた。
「…」
ムメンは高台からそれを見つめる。
しばらくし、火の勢いが緩んでくると、
「歩兵を前へ」
歩兵を黒い物体に向け進軍させた。
歩兵は、小さな浮遊鉱石が装飾されている盾と武器を合わせ、身を守る程の大きさの蒼き稲妻、
兵士達の周りは、進軍すると共に焼かれた周囲の熱が増してゆき、その熱は兵士たちの身体を覆い、その熱を
進軍する兵士達の額には、止めどなく汗が流れてゆき、その汗は頬に届く前には蒸発し消えて無くなる程に、黒い物体の周囲は灼熱と化していた。
―スッ、スッ
その時!
―ゴォォォ!!
炎と黒い煙の奥から、兵士達に向け激しい炎が放たれた。
―バァァァ!!
しかし、炎の勢いは凄まじく、
「があぁぁぁぁ… 」
あっ…
あれは なんだ!
―――ゴォォォン!!
すると突然!
激しい炎の隙間から、重苦しい地響きと共に、炎を切り裂きながら巨大な何かが、姿を現した。
「な、なまりいろの… 」
「 巨兵… 」