第6話 光の矢
文字数 2,932文字
そこには延々と続く山々の尾根が丸く繋がり、その麓に豊富な水を湛える巨大な深い紺碧の湖が、目の前に広がっていた。
「ここが… エーレですか」
「はい、カフラ様」
「ここがエーレでございます」
「見えざる何かが住む地とされている場所です」
長き旅をし、ようやく辿り着いたこの地で、求める何かがあるのかと思うとカフラの胸は高鳴り、一時そこから見える景色を眺め、大きく息を吸い、口から吐きながら小さく頷く。
息を吐き終え、少し落ち着いたのかカフラは、浮遊鉱石が入っている小さな袋を開き、その中から浮遊鉱石を一つ取りだすと、小さな浮遊鉱石を目の前にかざし、陽の光にきらきらと蒼く輝く鉱石をマトケリスに見せた。
「マトケリス様、この浮遊鉱石が反応する何かが、この地にあるかもしれません」
「私は、この浮遊鉱石に反応し、不思議な音を放つ何かを探しています」
マトケリスはじっと、その美しく輝く浮遊鉱石を見つめ、
「ゲブ様、ヌト様の時もそうでした、この地を隈なく探しましたが、エーレへの入り口は見つける事は出来なく、奇妙な音を聞く事もありませんでしたが、気になる場所は幾つかございます」
「今回は、その鉱石を頼りにその地を周ってみようかと考えておりますが、如何でしょうか」
「ありがとうございます、マトケリス様」
「早速、行ってみましょう」
そう言うと、マトケリスは気になる場所を指さしながらカフラとモントゥに紹介し、幾日かに分けてそれぞれの場所に向かう事にし、その話が終わると、その会話を隣でおとなしく聞いていたネフティスがカフラに近付き、
「カフラ様、」
「その浮遊鉱石、首飾りにしましょう」
そう言うと、カフラの手から浮遊鉱石を受け取り、自身の胸元に掛けられている首飾りの一つを外し、その飾りに浮遊鉱石を取り付け、
「はい、カフラ様」
「これならいつでも見れるでしょ」
その浮遊鉱石が付いた首飾りをカフラの胸にかけた。
カフラは、妹ネフティスが見せるその優しいふるまいに、心が暖かい気持ちで満たされ、表情が和らぐと、
「ありがとう」
ネフティスに優しく感謝の気持ちを伝えた。
「いいですね」
マトケリスがカフラの胸元に掛けられた蒼い首飾りをみると、微笑み、
「それでは、行きましょう」
周囲を見渡しながら、準備が整ったことを確認すると、出発の言葉を掛けた。
一行はゆっくりと斜面を下り、湖面の水辺に向かい歩き出してゆき、カフラはネフティスの手を握りながら、マトケリスの後について歩き始めた。
その日は陽も高い事もあり、あまり遠くの場所ではなく近くにある場所に向かう事とし、斜面から槍の様に何本も鋭利な岩が聳え立つ場所と、巨大な岩が重なった岩塊を訪れ、それぞれの場所で浮遊鉱石をかざし、その反応を確かめたが、浮遊鉱石やその周辺からの反応は無く、いつしか陽が落ち、空が赤紫に染められると、その日は探索を終え、岩塊の隙間に入り休む事とした。
夜が明け、陽が昇り、次の場所へと移動し、幾つもの場所を訪れ、岩を越え、水辺を渡り、小さな滝の裏側に入るなど、様々な場所を探索し、その度に浮遊鉱石の反応を確かめたが、いずれの場所でも浮遊鉱石が反応する事は無く、陽も数度、登り陰りを繰り返し、いつしかカフラ達は湖を一通り回り終えてしまっていた。
赤く色付く陽の光を反射する湖を見つめるカフラ、しかし、その胸にかけている浮遊鉱石は静かにカフラの胸の中に納まり、美しく陽の光を反射させ輝くばかりで、何かの反応を示す事は無かった。
カフラは、その浮遊鉱石を握り、感慨深げに目の前の景色を見つめ、深く息を吐きながら目をつむる。
一時の静寂が周囲を包んでゆく。
そして顔を上げ、再び目を開けると、
「残るのは後、この湖の上だけですね」
陽の光を反射する深い紺碧の水を湛える湖を見ながら、マトケリスに話し掛けた。
「はい、カフラ様」
「残るはこの湖のみです」
マトケリスはそう言うと、そばで控えていた仲間を呼び寄せ、カフラが見つめる湖面に顔を向けた。
「私達が探索をしている間に、彼らが舟を用意してくれました」
随伴していたクパ族達が舟を造り、湖の水際に数隻浮かべて待っていた。
「しかし、カフラ様」
モントゥが険しい表情でカフラとマトケリスの会話に入る。
「この水の中に、ハペプが生息しているかもしれません」
「麓の湖にいた生物、その親がこの湖にいると考えると、その湖の上に行く事は危険であるかと思われます」
カフラにその危険性を訴えた。
カフラ達の目の前には、深い碧い色をした紺碧の湖が、赤々とした陽の光をゆらゆらと映しながら、きらきらと輝く美しさと共に、その深く濃い色で底知れぬ不気味さを感じさせている。
「モントゥ、心配ない」
「お前と一緒なら、ハペプがいても逃げ切れよう」
カフラはモントゥの肩に手を乗せ、優しく微笑みながら声を掛けた。
「もう陽が低い、今宵はその策を考えるとしよう」
そう言うと、水辺の近くにあった木陰に、岩が並ぶ眠るのには最適な場所を見つけると、そこで早めに休息を取り、これからの策を考える事とした。
陽が沈み、周囲が闇に包まれると、検討を重ねた湖の探索方法が決まった。
彼らは、やはり湖の上に出るのは危険であると判断し、囮の舟を幾日か浮かべ、その様子を伺う事とし、それと同時にマトケリス達が浅瀬から水の中を調べ、その間にカフラ達が森の中を探索する事となった。
その策にモントゥも納得すると、その日は眠りについた。
…ゴォォォ
陽が昇るには、まだ早い漆黒の闇に包まれた湖面に、聞いた事も無い、唸り声のような低い何かの音が聞こえてきた。
見張りをしていた兵がそれに気が付き、モントゥに声を掛け、周囲を警戒し始めると、
それに気が付いたネフティスが目を覚まし、
少し早いが、朝の仕度をする為に、木陰にある水辺に向かい歩き出した。
「…ネフティス様」
モントゥがネフティスに声を掛けるが、ネフティスはそれに気が付かず、水辺に向かって歩き続ける。
しかたなく、モントゥは兵をネフティスの方へ差し向け、兵士は音も無く素早くネフティスの方へ走り寄ってゆく。
ネフティスが水辺に辿り着くと、動きを止め、
…
その周囲から何かを感じ、静かに周りを見渡した。
―!
すると、何かを感じたネフティスは、咄嗟に身を屈め、気配を隠しながら、森の奥を見つめる。
…
森の奥に、黒い影が歩いてゆくのが見える。
それを見つめるネフティス。
黒い影は音も無く、静かに森の中にある大きな岩が二つ並ぶ方へと歩いてゆき、その岩の前に辿り着くと、立ち止まった。
しばらくすると、
バァァァァ…
岩の間にあった森が揺れ始め、
そこにあった森と入れ替わるように、
新たな森が現れ始めた。
黒い影は、その森へと入ってゆき、その姿が見えなくなると、また森が揺れ始め、
その時、突然、
それに気が付いた、ネフティスがその揺れる森に向かい、走り出した。
「カフラ様! みつ…
―Pi! キュゥゥ ガン!ガン!
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ネフティスが走り出すと同時に、周囲が烈しい閃光に包まれ
唐突にネフティスの身体が 宙に浮き
光の矢 が その身体を
貫いた
「ネフティス!」