第5話 智将
文字数 3,291文字
人は希望と言う言葉に至高の価値を見出し、そこにすがろうと抗い、運命をその手に手繰り寄せようとする
求めし希望を手にした者は、その燃やした命の対価に見合う結果を得られたのであろう
しかし、それを手にできたとして、それは本当に望んでいた希望なのであろうか
その手にしたそれが望んでいた希望ではなく、その望みがその手から零れ落ちた時、人は人でいられるのであろうか
∫
ザッ、ザッ、ザッ、ザッ…
黒い色の集団が、大群を成して進んでいる。
その大群は、灼熱の砂が広がる大地を進み、山々を越え、大河を迂回し、峡谷を進行し、月が二度ほど満ちた頃、
―ザッ
その地に現れた。
黒い大群は、日差しが強く、蒸し暑い海岸線を、隊列を整えながら北上し、水辺の森に設けられた、何か物々しい雰囲気を感じさせる、小さな集落らしき場所に辿り着くと、その大群は立ち止まり、じっとその目の前に現れた集落を見つめた。
そして、その視線の先には、少し開けた砂地の上に、黒く重厚な装備を備える兵士達が立ち、その奥には身分が高いのであろう、威厳を感じさせる屈強な巨人が、横に長い
すると、黒い大群の中から美しく装備を整えた、こちらも高官らしき者が大群の前に姿を現し、横に長い椅子に座る屈強な高官の方に歩み寄っていく。
美しく装備を整えた高官は、黒く重厚な装備を備える兵士達を通り過ぎると、屈強な高官の前で立ち止まり、頭部を覆っていた布を外し、美しい顔を見せた。そして軽く腰を落とすと、その場にひざまずき、ゆっくりと頭を下げ、 威厳を感じさせる屈強な巨人に挨拶を始めた。
「ムメン様」
「要請された兵士、一千と共に武器装備を携え、只今、到着致しました」
「ネイト、ご苦労であった」
「これよりの戦に必要な兵士、軍備を無傷のままこの地に届けてくれた事に礼を言う」
「長きの遠征で疲れたであろう、今宵はゆっくりと休むがよい」
無表情ではあったが、言葉と声に優しさを感じさせながら、ムメンは言葉を返した。
「ありがとうございます。ムメン様」
「行軍は、ムメン様が未開の種族を平定して頂いたおかげで、混乱も無く兵の休息もでき、無事にこの地に辿り着く事ができました」
「そうか、かの地の種族も我々に友好的であったか」
「はい、これもニーヴァ様、ムメン様の威信から得られる賜物でございます」
「それら遠方の種族達は後に、我々カルーンの繁栄には必要な交易をもたらしてくれるであろう」
ムメンが右の拳をネイトの顔の前に出し、ネイトはその拳に額を当てると、短めの挨拶を終えた。
ネイトは立ち上がり、そばにいた側近と共に立ち上がり、ムメンの居る砂地を後にすると、行軍してきた兵士達と共に、
挨拶を終えた兵士達は、ムメンの兵が設営した野営地のそばに、新たな野営地を確保すると、そこに簡素な天幕を設営し運んできた荷物を運び入れてゆく。そして全ての作業を終える頃になると、周囲は闇が覆い、セテトの駐留軍が灯す篝火のみがその場を照らしていた。
カルーン軍を統率するムメンは常に用意周到であった。彼は先発隊の疲弊を考慮し、今後の戦を見据えて事前に増援の要請をニーヴァの下へ送っていたのである。
その要請を受けたニーヴァは、
その増援隊を率いて来たネイトは、武器を考案し製造する事を得意とした知将であり、慣れない土地での戦備を整える役割を担っていた。
夜が明け、新しい陽が昇るとネイトは兵達に戦の準備を指示し、兵達は持ち込んだ軍備から武具、装備を組み上げ始め、巨大な投石具などの重兵器も部品単位で用意し、海を渡る船を造船していった。
その間にネイトは、ムメンが休む簡素な宿舎へ向かうと中に入り、入り口の兵に声を掛けると、縦長の机が置かれている、ある程度の広さのある空間に通され、机のそばに置いてある亜麻布を使用した長椅子に腰を下ろし、目を閉じた。
ムメンの宿舎は、何室かに分かれているようで、必要に応じて使い分けられ、入り口の部屋から側近が案内する仕組みになっており、それぞれの入り口には
しばらくすると、奥にある亜麻布が開き、ムメンが姿を現し部屋の中に入ってきた。ネイトはムメンの姿を見ると立ち上がり、ゆっくりと頭を下げ挨拶をする。ムメンは無言で机の奥側に座り、それを感じたネイトは顔を上げ、再び長椅子に腰を下ろした。
その様子を見ていた側近が、木の器に水を入れ、静かに二人の前に置くと、その部屋から退出してゆき、ムメンが一口、水を口にすると、今後について会話を始めた。
「ムメン様、ニンゲンとはどの様な種族なのですか」
ムメンは目を開き、横目でネイトを見る。
「私も未だニンゲンと言う種族をこの目で見てはいない。ただニンゲンと言う種族は、恐ろしい猛火を操る屈強な種族らしいが、その威力と詳細は不明だ」
「その為、まずはニンゲンを見極めようと思う」
ムメンの視線が鋭くなる
「私を含む百の先発隊で、それらニンゲンに対し先鋭隊を率いて偵察を行う。ネイトは後方で待機し、ニンゲンが放つ猛火が放たれたら、それを抑えてくれるか」
「承知しました」
「その前に、その大陸に住む他の種族もこちらに引き入れたいと思いますが」
「そうだな、それは既にウプウアウトが二百の兵と共に、あの大陸の平定を進めている」
「多くの種族は未だに原始生活で暮らす種が多いようだが、幾つかの種族とは約束を取り付けている、あのヤァー族も協力的だ」
ヤァー族とは、あの大陸を追われ、その状況をムメンに伝えた種族で、彼らも少数ではあったが自分たちが暮らしていた地を取り戻すために、ムメンが率いるカルーン軍に協力をし、彼らはその見返りに、浮遊鉱石と思われる鉱石採掘に協力する事を約束していた。
偵察の方針が決まるとネイトは自らの兵達の下へ戻り、その兵達と共にこの地に詳しいヤァー族が集まる場所へ向かった。ヤァー族は最初こそネイトの集団の多さに驚いたが、ムメンが同行させた通訳の話を聞くと納得し、今後の戦に必要な道具と海を渡る造船の協力をする事を約束した。
カルーン兵は、砂浜に隣接する森を切り開くと、そこを作業場として様々な道具と、バラバラになった兵器を広げていった。ヤァー族はカルーン兵達が持ち込んだ、様々な装備の数々を目にすると、その技術力の高さに驚き、興味深げに一つ一つ手に取り、カルーン兵の言葉を熱心に聞きながら、作業を共にし、それら新たな驚きを貪欲に吸収してゆくと、いつしかヤァー族はカルーン族と同程度の知識と技術力を身に付けていった。
そしてヤァー族もまた、カルーン兵に海を渡る船の造船技術を教え、カルーン兵は持ち込んだ運河用の船を大海原用の屈強な船へと変化させていった。
それから陽が数度、昇り陰りを繰り返し、カルーン軍とヤァー族は戦の準備を整え終え、対岸の大陸へ向かうその時が訪れた。
まだ陽が昇り始めの、肌寒い岸辺に黒い集団が並んでいる。
ムメンは、海辺に用意された屈強な船と、それに乗船する黒い集団の前に現れると、その前に立ち、黒い軍隊に向け声を上げた。
「 鬨の声を上げよ! 」
「 我と共に! 」
「 他の種族を業火で支配するニンゲンなる種族を討ち 」
「 その地を 」
「 開放せよ! 」
オオオオオオオオオオオオオ
!!黒い軍隊から雄叫びが上がり、
その雄叫びは、大地を震わせ、木々を揺らした。
ムメンはその黒い軍隊と共に、未知の大陸、東の辺境の大陸へと向かい、
大海原に