第2話 再会
文字数 4,180文字
カルーンから東南の大陸を目指し旅に出たカフラ。
旅団が向かう、東南の大陸への旅路に広がる光景は、延々と続く黄色い砂の丘陵が広がり、容赦なく降り注ぐ灼熱の日差しが体力を奪ってゆく。その為日中は、全身に布を被り、丘陵を避けながら、旅団はゆっくりと砂の大地を進んでゆく
その旅路の途中には、大小さまざまな集落が点在し、そこにはカルーン族とは違った種族が生活をしており、その集落の多くは、カルーン兵達が駐留し、カルーン族に支配されていた。
旅団の指揮をしていたモントゥは、旅路の安全を確保する為にその支配地を通り、休息を取りながら旅程を進め、大陸の対岸にある集落へと歩みを進めていったが、日が昇り陰りを繰り返し、カルーンの都から遠く離れてゆくと、安全な支配地域は少なくなっていった。
その為、モントゥは、旅路の先にある未開拓の地域では、カフラの弟、ムメンが東の果てにある大陸に向かう際に平定していった集落を通ることで、カフラの旅は大きな問題も無く穏やかで、順風満帆そのものであった。
そんな旅路の途中では、見知らぬ種族に出会うこともあったが、彼らはカフラ達の旅団を見つけると道の端に寄り、すぐさまその場にひざまずき、カフラ達が通り過ぎるのを見つめながら、親愛の言葉を掛け、
そして、カフラを崇めた。
「あの者達は知らぬ種族であったが、みな私を知っている様だな」
「はい」
「既にこの周辺の集落は、我がカルーンと交易があり、その為にカルーン軍が率いる兵達が巡廻しております」
「それと、元々この地はムメン様が遠征の途中でお立ち寄りになられ、平定をしておりますので、ムメン様と同じ風格のカフラ様を見れば、それが支配者である事は一目でわかります」
「そうか、なら安心だな」
「それにしても、ムメンはよく働く、こんな遠く離れた辺境の地まで平定するとは、私には出来んよ」
悠然と進むカフラが向かうその先には、
あらゆる種族が道の両側でひざまずき、整然と並びながらカフラが向かう一本の道を示し、
その光景は、集落のその先にまで、延々と続いていた。
∫
カフラがカルーンの都を発ってから陽が十数度ほど昇ったある日、カフラ達の周囲が変化し始めてきた。
それは、それまでの黄色く荒涼とした砂が覆う乾いた大地に、ピリピリと湿り気のある風が漂い始め、風の中に何かしらの匂いが感じられるようになると、黄色く小高い丘陵を越えたその先に、突然その光景は現れ、カフラ達はその光景に目を奪われ、足を止めた。
―ザッツ
そこには、カフラが今まで見た事が無い、初めて出会う光景が広がり、眩い輝きと共に青く輝く水平線が広がっていた。
カフラはあまりの眩しさに目を細め、手のひらをひさし代わりに額の上に置き、徐々にその眩しさに慣れてくると、ゆっくりと目を開き、その目の前に広がる光景を見つめると、カフラの視野を覆い尽くす、青く広大な大海原をその目に収めた。
ザァァァ…
「モントゥ…」
「はい、カフラ様」
「この世には、このような世界があるのだな」
「はい、この世には我々が知り得ぬ素晴らしい世界が広がっております」
カフラはその生涯で初めて出会う、海という壮大な光景を目にし、
その感動のあまり、しばらくの間その光景をみつめていた。
「モントゥ」
「あの先には、何があるのだ」
「海の先には、この世の終わりと考えられている領域がございます」
「なるほど…」
カフラはモントゥからの返答を聞くと、ゆっくり頷き、
しばらくすると、話を続けた。
「その昔、私がまだ幼き頃、夜を守りしジェフティがこの世の
「太陽であるラーが、この世の果てから冥界のドゥアトに渡り、また新たな命としてこの世に生まれ出てくる話を」
「…」
「まさに、此処が それ なのだな」
「…卑小な我が身では、考え及ばぬ事でございます」
ザァァァ… ザァァァ…
「あそこは、この世の終わりでは無くてよ」
突然、カフラの隣から、モントゥとは違う美しい女性の声が聞こえてきた。
カフラは驚き、その声がする方に振り向くと、
「ネフティス!」
カルーンの都に居るはずのネフティスがカフラの隣に現れ、
「カフラ様」
ネフティスは、少し微笑みながらカフラにその身体を向けた。
「ネフティス、お前、都でムメンを待っていたのではないのか」
「ええ、ムメン様を想い、祈りを捧げていたわ」
「でも、聞いてしまったの、カフラ様が旅に出る事を」
ネフティスは少し心配そうな表情で、カフラの顔をじっと見つめながら話を続け、
その真剣な表情が、一瞬にしてまた微笑みに変わると。
「行きたくなったのよ、何処か遠くへ」
「しかし、旅は危険なのだぞ!」
「わかっているわ、わかっている…」
「でも、カフラ様とモントゥがいれば安心でしょ」
ネフティスは無邪気な微笑みを浮かべ、その場で小さく回りながら踊り出した。
その姿は、幼い頃の妹、ネフティスそのもので、カフラはその無邪気な妹の姿に、
心が解放されるような気持になり、
「一緒に行きましょう、あの海の向こうへ」
ネフティスはカフラの目の前で踊りながら、ささやき掛けた。
その無邪気な妹の姿を微笑みながら見つめるカフラ。
「しかたがないな…」
「危ない事はするなよ、ネフティス」
カフラはそんな無邪気な妹の姿に心が和らぎ、ネフティスの同行を認めざる得なかった。
「フフフフ…」
そんな穏やかな時間を過ごしたカフラだったが、いつしか陽も高く昇り、目的地までの行程に、あまり余裕が無いのをモントゥが感じると、
「カフラ様、そろそろ…」
「そうだな、陽も高い、そろそろ行かねばすぐに陽が落ちるな」
カフラはモントゥの助言を受け、波間で遊ぶネフティスに声を掛けた。
「ネフティス行くぞ」
「はい!カフラ様」
カフラとネフティスは四つ足の生物の上にまたがり、キラキラと輝く海を横に見ながら、再び旅の歩を目的地へと向け歩み始めた。
∫
「ネフティス、ところで
「怒らない?」
「あぁ、怒らないさ、それより今日まで見つからない、その方法の方が気になるな」
「フフフフ」
「簡単よ、荷物の中に隠れてたの」
「でも、何回か歩いたのよ、その度に置いて行かれそうになって、それに気が付いた兵隊さんがまた荷物の中に入れてくれて、ウフ」
「助けてもらったわ」
「あっ、でもね一応モントゥの許可も取ったのよ」
「いつ?」
「…けっこう陽が昇った後だけど…」
「アッ、ハハハハハハ、本当か」
「それではモントゥも相当困った事だろう」
「うん、困った顔をしてた」
「もう戻るに戻れないし、全部私のせいにしていいからってお願いしたの」
それを聞いたカフラは、
「モントゥ!」
旅団の先頭にいるモントゥに声を掛け、
モントゥはその呼びかけに気が付き、カフラに近付いてきた。
「どうかなさいましたか、カフラ様」
「モントゥ、ネフティスを
モントゥの顔が少し強張り
「えぇぇぇ…」
「申し訳ありません」
「行程も進んでおり、その… 致し方なく…」
「カフラ様!」
「私がお願いしたんだから、モントゥを責めないで!」
「アハハハハハ、責めていないよ」
「モントゥ」
「ありがとう、こんな妹を守ってくれて」
「ネフティスの事だ、しかたがないさ」
「カフラ様…」
そんな穏やかな旅の歩みもいつしか陽が沈み、周囲が闇に包まれた頃、カフラ達は目的の集落にたどり着いた。
その集落の入り口ではカフラが初めて出会う数匹の部族達が待っており、カフラが彼らに近付くと、その部族も今までの種族同様にその場に跪き、親愛の言葉をカフラ達に掛け、カフラを崇めた。
「彼らは海辺に暮らす種族、クパ族でございます」
モントゥがカフラに彼らの紹介を始めると、クパ族が立ち上がり、その長らしき者が前に出ると、カフラの前で会釈をし挨拶を始めた。
「ようこそ、わがクパ族の村へ」
彼らは片言であったが、カルーンの言葉を話し、簡単な挨拶をカフラ達に掛けた。
そのクパ族の体は小さく、身長はカフラの半分程度の大きさで、顔付もカフラ達とは違い中心に折れ目があるひし形をし、まだら模様の皮膚を持つ、穏やかな雰囲気を感じさせる友好的な種族であった。
「どうぞ、こちらへ」
カフラ達は、村の中へ迎え入れられ、その集落の奥へと入って行った。
入口の暗がりから抜けると、目の前には森に囲まれた水面が点在する幻想的な空間が広がり、優雅に浮かぶ不思議な柔らかい光が、森の中を優しく照らしながら、点在する水辺に反射し、その光は水面に反射する森の光景と合わさり、森の中はこの世の物とは思えない、まるで夢の中に紛れ込んだような世界が広がっていた。
その森の中では、クパ族たちが祝いの準備をしており、ささやかであったが歓迎の宴が催され、カフラとネフティスは束の間の穏やかな時間を心から楽しみ、クパ族の森から溢れ出る幻想的な光景が、この世から離れた特別な時間を感じさせ、いつしか二人はその雰囲気に魅了されていった。
「…まるで夢の中みたい…」
「あぁ、子供の頃に見た夢の中みたいだ…」
…
「あの頃は楽しかった、兄弟みな仲が良くて、ムメンは強がりだけど、妹たちには優しかった」
「そうね…」
「ハペプの洞窟で迷子になった時、カフラ様が助けに来てくれて、ムメン様がハペプと闘って私達を逃がしてくれたわ」
「あの時は、とっても怖かったけど、カフラ様が私達をなぐさめている時、ムメン様が小さな花を持って渡してくれたの、無表情でね」
「アッ、ハハハハハ、ムメンはそんな事をしていたのか」
「フフフフ、ムメン様がとっても可愛く見えたわ」
…
「ムメンを待っていなくていいのか」
「…みんな みんな、何処かに行っちゃうんだもん」
「そうか、ムメンは東の辺境へ、アセトは時折、慰問に出てしまうもんな」
…
ネフティスはさみしそうな表情を浮かべ、
「この旅で、何かを見つければいいさネフティス」
「そして、また 兄弟で会った時、その話をいっぱいすればいい」
「僕ら兄弟が、いつまでも仲良くいられる」
「その為には、ネフティスの明るい笑顔が必要だよ」
「… うん」
ネフティスの表情に明るさが戻り、その日の夜は穏やかなまま、二人は眠りにつき、夢の中で楽しかった幼き頃の兄弟たちと遊ぶ 夢を見た。
「カフラ様…」