第4話 夢と現実の狭間で

文字数 920文字

あの…
……あっ
抱きしめられていた胸の中で小さく呟いた私を彼は慌てて解放した。
申し訳ない
耳まで赤くなり、うつむきながら頭をかいている姿が今までの姿とのギャップを感じ、思わず吹き出してしまった。

本当、申し訳ない。

(コホン)…あらためて…


医師のミラーだ。

よろしく。

差し出された名刺には、


SLSG研究所 所長

内科・精神科 医師

  近藤・ミラー・正嗣


と書かれていた。

精神科 医師…

少し話を聞こうか…
彼はそういうと、駅の方へ向かって歩き出した。



私は金網越しに高速を走る車を遠目で見て、彼を追いかけるようにゆっくりと歩き出した。

駅の近くにある喫茶店に入り、仕事の事、生い立ち、これまでの事を話した。



大学を卒業してから、こんなに話をしたことがあっただろうか?

これまでの自分を吐き出していくうちに、少しずつ心が軽くなる気がした。


彼はホットコーヒーが完全に冷たくなるまで、ただただ聞いてくれた。

もう、描けない…

…描きたくないです

描きたくない…
でも、明日からの仕事…
うつむきながら冷めてしまったコーヒーを見つめていた。
私……

どうすれば…

医師として診断書なら書くことができる
診断書…
ただ、そのためには、

君にしっかりとカウンセリングを受けてもらわなくてはならない

カウンセリング…?
山梨にある僕の研究所に一緒に来てもらえるかな?
…研究所?
もちろん、無理にとは言わない

急なことだし、近くではない…

行きます!
彼がしゃべり終えるのを待たずに私は答えた。
私、行きます!

山梨でも、どこでも…


いきます!

彼は2、3回頷いたあと、にっこりと微笑んだ。

じゃあ、行こうか

それから私たちは駅近くのコインパーキングに止めてあった彼の黒いレクサスに乗り、私のアパートに寄って1週間分の着替えが詰まったキャリーケースを乗せ、山梨へと向かった。




彼の運転する車の後部座席は居心地がよく、車の振動も重なって強烈な睡魔に襲われた。



私はこれまでの睡眠を取り戻すかのように深い眠りへと落ちていった。




………私だ
…あぁ、大丈夫だ。

彼女はちゃんとここにいる

…あぁ

…もう1時間おそければ、また彼女を失うところだった

…ありがとう。

君のおかげだ



夢なのか現実なのか分からない…どこか遠くで低く心地いい声が聞こえた気がした。

ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

加藤 信江

会社員

ミラー

SLSG研究所 所長

内科・精神科 医師

芳賀 鏡子

医師

ミラーの助手

吉川 咲枝

研究所家政婦

近藤 紗奈(旧姓 富樫)

沖田 保

俳優

警官

ミラーの母親

医師

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色