第16話_② 大切な人

文字数 1,112文字

第16話_① 大切な人』 の続き
甘い記憶が蘇るのと同時に、思いっきり頭を振ってあの頃の『画』をあたまから追い出す。

ちょっと…いい加減にして!

私を覆うようにして、壁についていた保の手の間から、しゃがみ込んで脱出した。




動揺している自分の気持ちを紛らわすため、タブレットへと視線を落とす。

心身喪失ってカルテに記入させて入院長引かせたいわけ?

フフッ…

鏡子も変わってないなぁ~。

(…何かをガマンするとき、下唇を咬むそのクセ…)

ん?

タブレットから保へ視線を戻すと、保は窓の外を見ていた。

(…さえ…いなければ…)

一瞬、保の声が聞こえたように思えた。

え?…なに??

なんか言った?

保は外を見たまま動かなかった。

保?…どうした?

私は保に近づき、保の肩を揺すった。

……ねぇ、ってば…

おぉ、わりい、わりぃ!

ボーッとしちまった

ちょっと大丈夫?

へへへ~大丈夫だよ!

次のドラマのことちょっと考えてて…こう見えて俺は売れっ子の役者だからな!

そういうと、いつもの保の表情に戻っていた。

あなたのドラマ、いつも楽しみにしてるんだから…次回作が決まってるなら、早く退院してよね!

え!?

鏡子見てくれてんの?

当たり前でしょ?

…陰ながら応援してるんだからね

端末を持ち、部屋を出ようとすると後ろから声をかけられた。


なぁ、鏡子。次のドラマがよ~大切な人がいなくなる話なんだよ!

大切な人いなくなったらお前だったらどうする?

は!? 何よ急に!?

いや~だから、次のドラマの話。

内緒だぜ!

そんなの状況によるでしょ?

例えば…誰かに殺されたりしたら?

そうね~。

私は医者よ!

まずは全力で助ける

もしも助からなかったら?

私も一緒に死んじゃうかな…?


いや、待って!

むしろ…


犯人を殺す

一瞬だけ、部屋の空気が止まった気がした。

ハハハ~鏡子も相変わらずだな~

そう言って、高らかに笑う保もあの頃の保のままだった。

あの日、研修先から保の待つアパートへ予定よりかなり早く帰宅した。



いつもより早い帰宅に、心躍らせながら玄関の鍵を開けると……



そこには、見慣れない女のハイヒールと廊下から寝室にかけて、点々と落ちている2人分の洋服や下着…。




落ちている洋服を拾い集め、勢いよく寝室の扉を開けると裸で横たわる2人に投げつけて、言い放った。

『出てって!』




『…この部屋から出ていけ!!』





それが私達2人の最後だった…。

あの時『出ていけ!』って俺に言い放った凄みは今も健在だな~

は?…何の話か覚えてないし…

昔の話を思い出し恥ずかしくなった私は下を向いた。


下唇がピリッと痛む。

覚えてない!って言ってる顔が赤くなってますよ~鏡子セ・ン・セ・イ

うるさい!

そう言って、私は保のニヤけ顔に舌を出し、特別室の扉をわざと大袈裟に閉めた。

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登場人物紹介

加藤 信江

会社員

ミラー

SLSG研究所 所長

内科・精神科 医師

芳賀 鏡子

医師

ミラーの助手

吉川 咲枝

研究所家政婦

近藤 紗奈(旧姓 富樫)

沖田 保

俳優

警官

ミラーの母親

医師

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