第13話 湖の畔で

文字数 1,951文字

ただいま
あら、お帰りなさい!

夜遅く着くって紗奈ちゃん言ってたけど、早かったのね

会議が午前中で終わって、しかも道路全然混んでなかったから今までで移動時間の最短記録かな…
まぁ、まぁ。

そんなに急がなくても、少し長くここにいるからって紗奈ちゃん言ってるのに…

そう…なんだけど…
そうそう、聞いたわよ~。

おめでとう。

正嗣くんもいよいよパパになるのね…

まだ、実感ないけどね。


紗奈は…?

あぁ、湖散歩してくるって、さっき出かけて行ったわ
じゃぁ、追いかけてみる
フフフ~相変わらずね…。

いってらっしゃい!

……いってきます
そうだ!

紗奈ちゃん、正嗣くんが作ったローストビーフ食べたいんですって!

材料買ってあるから、戻ったら作ってあげて

了解!
僕はエントランスに止めた車に荷物を置いたまま、湖へと向かった。
湖の畔にあるベンチに座っていた紗奈はお腹に手を当てながら、鼻歌を歌っていた。

♪~

………much that we share

That it's time we're aware……

It's a small world after all

It's a small world after all
最後のフレーズに合わせて僕も紗奈と一緒に歌うと、満面の笑みで振り向き手を振った。
お疲れさま、早かったのね~
会議早く終わったから、急いで来た
もう…。

一昨日夜勤で今日は会議。

あんまり眠れてないんだから運転は危ないって言ったよね!?

…いや…その…
一眠りしてから来てね!

って、昨日言ったのに。

…だって…
もう~。

パパはせっかちだね~

お腹に手を当てながら、話しかけている紗奈の背後に立ち、後から抱きしめるように紗奈の手の上に自分の手を置いた。
一分一秒でも長く、3人で一緒にいたかったんだ
………。
後から抱きしめている紗奈の肩が小刻みに震えていた。
どうした?
…もう~何よ!

正嗣のバカ!!


幸せすぎて、涙出ちゃうじゃない

そう言って、笑顔で僕の方を振り返ると紗奈は僕の胸の中に顔を埋めた。
あぁ~。

このまま時が止まってしまえばいいのに…

ハハハ~そうだなぁ…。

でも、このまま時が止まってしまえば、お腹の子にも会えないし、それに僕が作ったローストビーフ食べられないぞ?

う~ん……。

それもそうね…。

そう言って、僕の顔を見上げた紗奈の涙を拭い、唇に軽くキスをした。
ラボに戻って、ローストビーフ作ろ!
うん…。
二人で手をつなぎ、鳥のさえずりが響き渡る湖の畔を歩いた。

つわりの酷かった紗奈は料理の匂いが辛いらしくキッチンに立つことが難しいようだった。


僕と咲枝さんはキッチンで夕食を準備しながら、紗奈はリビングの暖炉の前にあるロッキングチェアに座り、フランスでの出来事を話し、穏やかな時を過ごした。

ごちそう様でした!


あぁ~、やっと食べれた…

マサのローストビーフ

“Merci beaucoup”


それにしても、つわりの中よく食べられたな!

当たり前じゃない!

マサのローストビーフは私にとっては格別なんだから…

そりゃ、どうも~
地球が滅亡する前の最後の晩餐は、マサのローストビーフって、決めてるんだから!
大袈裟だなぁ~

ふふふっ~。

それだけ正嗣くんのローストビーフが好きって証拠じゃない。

私も大好きな料理の1つ!

フランスでもいろんなお店で食べたけど、マサのにはかなわないんだよね~

普通のレシピなんだけどな…
さっきレシピ教えてもらったから、正嗣が帰ってからも作ってみようかな?

ねっ、紗奈ちゃん?

レシピいいな~。

私には教えてくれなかったけど、咲枝さんが作ってくれるならいいや!

まぁ!そうだったの?

紗奈が食べたくなった時は僕が作る!って、決めてるんです

相変わらず、正嗣くんは紗奈ちゃんに優しいのね…。


ここに来てからも食欲なくて、心配してたけど食べてる姿みて少し安心したわ。

…心配かけて…

…ごめんなさい……

しょうがないよ!

こればっかりは、医者の僕でも治せない

そうよ!

山梨のおばあちゃんが勝手に心配してるだけだから、気にしないで

もう…。
天井を見上げた紗奈は、両手で顔を覆う。
もう~妊娠してから、泣いてばっかり…私、こんなに涙脆く無かったんだけどなぁ~
ハハハ~、それも仕方ないよ!

妊娠するとホルモンの関係もあるし、体にも大きな負担がかかるんだから…

まぁ、理解のある旦那様で羨ましいこと~旦那さんがドクターの妻の特権ね!
そう言うと、咲枝さんは紗奈に向かってウインクをした。
でしょ!?

あぁ、もう~咲枝さん、私の気持ちお見通し!!

もう~私、ここにずっと住んじゃう!

山梨のお母さんにとことん甘えちゃうんだからね~

そう言うと、紗奈は涙目のまま咲枝さんに抱きついた。


抱きついたまま、体をゆっくり大きく揺らした。まるで本物の母と娘がハグしているかのような光景に自然と温かい笑みがこぼれた。

…咲枝さん。…ありがとう。
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登場人物紹介

加藤 信江

会社員

ミラー

SLSG研究所 所長

内科・精神科 医師

芳賀 鏡子

医師

ミラーの助手

吉川 咲枝

研究所家政婦

近藤 紗奈(旧姓 富樫)

沖田 保

俳優

警官

ミラーの母親

医師

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