第24話 9年前のあの日…

文字数 2,199文字

その、カモミールティー甘かったでしょう?

甘いハーブティーなんて、おかしいと思わない?

体が重い、頭が重い……。

……え?
大量の薬を入れたから、気づかれないかヒヤヒヤしたよ…

まぁ、錯乱してたしちょうどよかったわ

瞼がだんだん重くなってくる。

意識が混濁していく中で、信江さんの声が聞こえる。

私ね…

9年前あなたが殺した櫻井葵と櫻井正孝の娘なの

薄れゆく意識の中、どこかで聞き覚えのあるような名前を耳にした。







私が中学3年のとき、突然、5時限目の数学の授業中に校長先生から廊下に呼び出された。

「櫻井さん、今警察から、お父さんとお母さんが交通事故にあったと連絡がありました。私と一緒に病院にいきましょう」

いつも全校集会でつまらない正論を話す校長先生は、どこか遠くの生き物だと思っていた。そんな校長先生が、深刻な顔をして隣で運転をしている。


なんだか可笑しくなって、不意に笑ってしまった。

フフッ…
校長先生は少し困った顔をしたあと、すぐに作り笑いに変え、そのままラジオのボリュームをあげてくれた。


無言の車内に、今流行りのJポップや洋楽が流れていた。

病院につくと、すぐに救急センターの待合室に通され、そこで待っているように言われた。


一緒に来た校長先生も電話をするといって、頻繁に部屋の外に出たり、入ったりを繰り返しながら一緒に待ってくれていた。


2時間くらい待っただろうか、スクラブ姿の医者が部屋に入ってきた。

残念ですが、お父さんはお亡くなりになりました。

お母さんの方も、とても危ない状態で、今夜を越えられるかどうかわかりません

話を聞いたあと、医者に連れられてどこかの部屋に行き、布をかけられた父の顔をみたあと、いろいろな管が繋がっている母に会った。


容態の急変を考えて、今夜はここにいるようにとの指示で家族控室を案内された。


校長先生は用事があるため、一旦家に帰ることになった。

「また明日くるね」と言って、夕飯代2000円をおいていってくれた。

共働きだった両親をいつも家で一人で待っていた私は、父や母がいない生活には慣れているはずだった。

でも、病院で待つ時間はいつも以上に長く感じた。


通学鞄の中から紙と筆記用具を取り出して、絵を描く。

描いている時間だけは『無』になれて、時間を忘れて、ただただ夢中で描いていた。

ふとノートから時計に目を移すと夜の8時半を指していた。

こんな時間…
校長先生からもらった、2000円を片手にロビーの軽食が売っている自販機へとむかった。


お茶とおにぎりとチョコレートを買って、ロビーの椅子に座って食べているときだった。

あぁ…ホント今日ついてないわ~。今日に限って、なんでこんな急患多いわけ?
私服姿で、今よりもずっと髪の毛の短いボブヘアーの鏡子先生だった。
こんな日に限って、ミラー先輩も休みだし…ホント楽しみないわ
自販機から出てきた栄養ドリンクの蓋を開け、一気に飲み干した。
てか、紗奈さん、こんな時期に帰ってくるなんて…。もしかして、いよいよだったりして…フフフフ~。そうすればいよいよミラー先輩は私のものね!
自販機にもたれ掛かるように立ち、ビンのギャップを閉めていた先生のポケットで、PHSが鳴った。
…チッ

またかよ……

盛大な舌打ちをしたあと、飲み干した栄養ドリンクの瓶をゴミ箱に勢いよく投げ入れ、足早に去っていった。
あぁ、今日ホントついてないわ~
あのときの鏡子先生は、自販機に背を向けるような位置で座っていた私の存在にはきっと気づいていなかったんだと思う。



鏡子先生のことを何一つしらない私は、ただただ、怖い女性にしかみえなかった。

…怖い人。

あんなお医者さんには診てほしくないなぁ~

そういいながら、ロビーから控室に戻る途中だった。

母のいる部屋に慌ただしく人が出入りしている。


…おかあさん?
嫌な予感がする。





人が出入りするのと同時に、ドラマでよく聞くようなアラーム音が鳴り響いていた。

…お母さんじゃないよね?
そう自分に言い聞かせるように独り言を呟き、廊下に立ち尽くしている私に、看護士さんの一人が声をかけてくれた。


「お母さんいま頑張ってるからね」

そう言って、その看護士さんが部屋に入っていく瞬間に見えた。





母の上に股がり心臓マッサージをしている鏡子先生を……。

怖かった……さっきのあの人が母の処置をしている。

そう思っただけで、手が震えた。


震える手を止めるかのように両手を組んで祈った。

それから少したって、人の出入りが落ち着いてきた。

私は母が落ちついたんだと安心し、トイレへとむかった。




それは、私がトイレの個室に入っているときだった。



『ドンッ!』

という大きな音とともに女子トイレの扉が盛大な音をたてて開かれた。

あぁ、あのクソ指導医!!

聞き覚えのある声に驚き、私はあわてて手で口を押さえた。

なんなのよ、甲状腺の疾患もちにどう対応しろっていうのよ?

まぁ、いいわ~私が事後説明する訳じゃないし、アイツ父の教え子って言ってたし…

洗面所の水を盛大に流しながら続ける。

…あとはうまくやってくれわよね?

しかも、残された家族って、ガキ一人なんでしょ!?

楽勝じゃん……不幸中の幸いだったわ!!

口元を押さえていた手が、再び震えだす。

あぁ、よかった…ミラー先輩がいなくて。

こんな初歩的な失敗、恥ずかしくて見せらんないし…

水を止め、先生が出ていったあとのトイレはやけに静かだった。
お母さん…

私はただただ、声を殺して泣くことしかできなかった。

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登場人物紹介

加藤 信江

会社員

ミラー

SLSG研究所 所長

内科・精神科 医師

芳賀 鏡子

医師

ミラーの助手

吉川 咲枝

研究所家政婦

近藤 紗奈(旧姓 富樫)

沖田 保

俳優

警官

ミラーの母親

医師

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