第25話 今この瞬間を…忘れるな!
文字数 904文字
落ちそうになる、意識の中、信江さんの声が遠くで聞こえる。
櫻井葵……名前は聞き覚えがある気がするが、私の記憶を辿ったところで、顔も病状も覚えているはずがない。
私の研修医時代の失敗は数知れなかった。
その度に尻拭いをしてくれていたのは、院長である父の権力の配下にある者たちだった。
信江さんは私の頭に手を置きぐしゃぐしゃと撫でた。
もう一度、今度は私の髪を整えるかのように優しく撫でた。
信江さんの手を払いのけたかった、でも体が思うように動かない。
閉じそうになる瞼を必死に開き、信江さんを見た。
指先や足の感覚がなくなっていく。
そう言って、手に持っている封筒で信江さんは私の頬を叩いた。
信江さんはポケットから注射器を取り出し、私に見せる。
もう、私には体を動かせる力は何処にも残っていなかった。
左腕に注射針が刺さる。
それと同時に、息が苦しくなっていく。
思うように呼吸ができない。
胸が押し潰されていく……