第23話 今この瞬間を…

文字数 1,267文字

信江さんがキッチンへ向かったあと、咲枝さんと二人きりになった部屋で私はつぶやく。

ごめんなさい

いいのよ

主人が亡くなった時、あなた達みんながしてくれたことよ

そう言って、温かい手で優しく私の手を撫でてくれた。
人の温もりが冷めた心を温めてくれる…あなたたちが教えてくれたのよ
そういうとニッコリと微笑んでくれた。

咲枝さんの優しさにまた涙が溢れる。





ただ手を撫でながら、何も言わず、傍に寄り添ってくれている咲枝さんがありがたかった。




夏の終わりに、秋の虫たちが部屋の外で、鳴いているのが聞こえた。




『コンコン』




ノックの音が聞こえ、信江さんが入ってくる。

失礼します

カモミールティー、持ってきましたよ

あら、ありがとう
カモミールティーは催眠効果があるんですよね!?…鏡子先生??
…えぇ
私がここに来た日、鏡子先生が入れてくれて、教えてくれたんです
あら、そうなの?
ねぇ~、先生
そういって、信江さんはニッコリ笑って、私の方を見た。

はい、これは先生の…コッチは咲枝さんの。そして、コレが私の

そう言いながら、私と咲枝さんにティーカップを渡し、自分の分はベッドサイドのテーブルに置いた。
…ありがとう
温かなカップを握りしめるようにして飲む。


自分の喉元を甘い液体がゆっくり通っていくのを感じた。

甘くて美味しい…。


さっきはごめんなさい。

子どもみたいな姿を見せてしまって…

いいんです、気にしないでください。
そう言って、信江さんもティーカップを手に取る。
いつもクールな先生も取り乱すことあるんだって、ちょっと安心しました
リビングからラボの固定電話が鳴っている音が聞こえる。
あら!?こんな夜中に誰かしら?
そういうと、咲枝さんはリビングへとむかった。





時計の秒針の音が静かに聞こえてくる。

先生?

ミラー先生のこと「好き」だったんじゃないですか?

………
ご、ごめんなさい。

こんな時に…

いいえ。いいの。

もう、隠していたってしょうがないわ…

そう言って、信江さんの方へ顔をあげる。
一目惚れだったわ
そう言って、ティーカップのハーブティーを飲む。
でも、私が出会ったときには既に紗奈さんがいて、私が入り込む余地なんて少しもなかった
手の中にあるカップを手のひら全体を温めるようにして持つ。

中に残っているハーブティーをカップの中でゆっくりと回した。

カモミールの優しい香りが漂ってくる。






心地いい秒針のリズムを聴いていると、得たいの知れない強烈な睡魔が襲ってきた。



私はベッドに腰掛けた姿勢のまま、顔を両手で覆う。

鏡子先生!?

大丈夫ですか?

……う、うん。

なんだか、とっても眠くなってきたわ、少し横になろうかしら?

そう言って、ベッドの中へ入った。
先生? やっと…

…ん?
ベッドの近くに歩みよってきた信江さんは、私へ毛布をかけてくれた。
やっとこの日がきましたよ、先生!
普段とは違う、体がベッドに沈み込んでいくかのような感覚におちいる。

9年前私の父と母と紗奈さんの分…そして、今日のミラー先生の分を含めて……

信江さんの今まで見たことのない、怒りに満ちた顔を、今にも落ちてしまいそうな意識の中で見た。
地獄へ落ちろ…クソ医者!
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登場人物紹介

加藤 信江

会社員

ミラー

SLSG研究所 所長

内科・精神科 医師

芳賀 鏡子

医師

ミラーの助手

吉川 咲枝

研究所家政婦

近藤 紗奈(旧姓 富樫)

沖田 保

俳優

警官

ミラーの母親

医師

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