第18話_② 生か死か

文字数 1,984文字

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残虐な表現が含まれています。

苦手な方はご遠慮下さい。

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第18話_① 生か死か  の続き。
私の耳元で独り言を呟くかのような、小さな声で沖田保は続ける。

(…あの時、敵わないって気づいちまったから、アイツの前から俺は消えたんだ…)

次の瞬間、顔を正面に見据え、大きな声をあげた。

お前を越えるために、俺は今日まで必死になって闘ってきたんだ!

怒号と同時に、再び強く握りなおした刃物を私の首へと押しあてた。
うっ…
ピリッとした痛みとともに、温かい液体が皮膚を伝わる。
あっ…

先生は眼鏡の奥にある眉間に深いシワを入れるとともに口を固く結んでいた。

違う!

そんなつもりじゃ…あっ!

沖田保は小さな声をあげ、握りしめていた刃物を湖へと落とした。

うぁぁぁぁ~

沖田保は両手を水の中へ入れ、底を弄る。

どこだ…

……どこだ…

素早く湖の中に入ってきた先生は私を抱きかかえ、すぐさま陸地へと移動させた。



先生は自分のポケットからハンカチを出し、私の喉元へとあてる。

大丈夫…軽い切り傷だ

私は先生の顔を近くで見つめた。



先生の温かな手を感じて、涙が溢れる。


…死にたくない
溢れ出す涙で、先生の顔が歪む。
すまない…

こんなことになってしまって…

生きていたい…
そう言いながら、まっすぐ先生を見た。
そう、思えました
先生は私の頭に手をあて、優しく撫でた。
君はもう大丈夫だ!

そう言いながら先生は微笑み、私の頬を伝う涙を拭ってくれた。

ふざけんな!

どこいっちまったんだ?

水の中へ手を入れ、慌てて探している沖田保へ私は視線を移す。

ここか…?こっちか…?

湖にいる沖田保をみた先生は、すぐさま私に視線を戻し、続ける。
君はここをしっかり押さえて
そう言って、ミラー先生は私の手を握り、先生の手と入れ替えるように、ハンカチで押さえさせた。

僕は今から、彼を助ける。

君はここにいてくれ

私は咄嗟に、首を押さえている反対の手で、ミラー先生の洋服の裾を掴んだ。

…行かないで!

約束なんだ!

私は服を掴んだまま、必死に首を振った。
紗奈とこの湖を守るって、約束したんだ!
そう言って、笑顔の先生は裾を掴んでいた私の手をゆっくりと外し、湖へと駆けだして行った。



ずぶ濡れになりながら、進んでいく先生の後ろ姿が小さくなっていく。



前屈みになり、湖の中を探し回る沖田保の背後から先生が近付き、彼を捉えようとした瞬間だった。

あった!

沖田保が体を引き起こす瞬間と、ミラー先生が屈み込む瞬間が重なってしまった。

うっ…

喉元を押さえた、ミラー先生の手の隙間から銀色の光るメスが見える。

うっ、ウソだろ?

呆然と立ち尽くす沖田保の横で、痛みに顔を歪めながら彼の肩にもたれ掛かる先生の姿があった。

うっ、……くっ、……

おい、しっかりしろよ!

そんなつもりじゃねぇーんだよ!

…っ…、うっ…
先生は痛みに顔を歪めながら、首元を押さえ続ける。
違うんだ!

ちょっとだけ、ビビらせてやろうと思っただけなんだ…

オロオロしながら、そう言う彼の肩にもたれ掛かる先生の喉元からは、溢れるように赤色の液体が流れ出す。
だめ!……ダメ!!

手にしていたハンカチを放り投げ、私は2人の元へ駆けだした。

しっかりしろよ!

先生は苦痛に顔を歪めながら、首元を手で押さえたまま、首を横に振る。

顔色がみるみるうちに白くなっていく。

………

こっ…、声出ねぇのか?

今とってやるから…

先生の首元に刺さったままのメスを沖田保が引き抜いた瞬間だった…。












新緑が生い茂り、青い空がどこまでも広がった湖を背景に先生の喉元から真紅の液体が空中へと舞い散った。














真っ赤な液体を体中に浴びたまま、沖田保はその場に立ち尽くす。

キャァァァァ~
膝から崩れ落ちるように力を失った先生の体の前へと回り込み、私は先生を支えた。
先生の体を引きずるように必死になって、岸へと向かう。


力が抜けた先生の重みと、水を含んだ自分の服の重さに倒れそうになる。

ダメ、ダメ!

先生しっかりして!

先生の首元からは、脈うつように次から次へと真っ赤な液体が溢れ出す。
ミラー!!!!
白衣を脱ぎながら、鏡子先生が駆けつけた。

すぐさま脱いだ白衣を喉元へあてつつ、2人で支えるようにして岸まで運ぶ。




真っ白な白衣が瞬く間に赤く染まっていく。










ベンチの近くまで2人で運び、鏡子先生はミラー先生を横たわらせた。

すぐさま先生の足を抱え、ベンチへと乗せ、寝ている先生を跨ぐように膝をつく。

信江さん、ラボに行って、乾いたリネンあるだけ持って来て!
はい!

私はすぐさま立ち上がり、ラボへと駆け出す。

ミラー!!

しっかりして!!

ラボへと駆け出す私の背後から、鏡子先生の声が聞こえた。

遠くでパトカーの音が聞こえ、数人の警官が私とは逆の方向へと走って行く。





私がラボの扉を開いた時だった。

お願い!

紗奈さん!

今まで聞いたことのない、鏡子先生の叫び声が遠くで聞こえた。
ミラーを連れていかないで!!!
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登場人物紹介

加藤 信江

会社員

ミラー

SLSG研究所 所長

内科・精神科 医師

芳賀 鏡子

医師

ミラーの助手

吉川 咲枝

研究所家政婦

近藤 紗奈(旧姓 富樫)

沖田 保

俳優

警官

ミラーの母親

医師

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