第14話 最後の夜

文字数 1,292文字

母娘のようなハグの後、夕食の片付けや風呂を終え、自室のベッドで2人で横になっていた。

昭吾さん、あの世で元気にしてるかな?
どうした、急に?
心臓発作だったけど、突然だったじゃない、あの時…?
そうだなぁ~、もう8年か…。
あの時マサ学生だったけど、応急処置とか救急の対応凄かったもんね…

私も鏡子ちゃんもオロオロするだけで…

いや、一般的な事しかしてないよ…それに結果的には助からなかったし…

人の死に際に立ち会うと、もっと他に何かできたんじゃないか?って、医者になった今でも考える…

昭吾さんは心臓だったんだし…しょうがないんでしょ? 医者として、本当はマサが1番分かってるクセに…

そうだなぁ…。

それより、咲枝さんが気丈だったのが僕にとっては救いだったかな

そうなんだ…
心療内科してるとさ、突然死して、遺された家族と接する機会も多くあるけど、女性の方が圧倒的に強いって感じるな…。


男性は気持ち切り替えて、立ち上がるまで相当な時間がかかるのにな…

マサも?
僕は……


あり得ないかな…?

はぁ~?何それ~!

ちょっと…

だって、必ず僕が先に逝くからな
えっ!?
もしも、紗奈に何かあったら医者として命をかけて全力で君を助ける。


だから、紗奈が僕より先に逝く事はない!

ちょっと、何その自信?

嬉しいを通り越して、怖いんですけど…

そんなの当たり前だろ?
じゃぁ、賭けよっか?
何を?
もしも、私に何かあって、マサが私を助けられなかったとしたら、マサはこの湖とラボを死ぬまで守り続ける!

どう?

賭けになってない!
なんで?
僕は紗奈の額に頭をくっつけ、紗奈のお腹に手を当てながら続ける。
この子が産まれたら、3人でこっちに越してこよう
えっ!?
昭吾さんの研究所を診療所として僕が引き継ぐ。紗奈は語学をいかして、インバウンドむけに民宿するってのはどう?


そうすれば、2人で死ぬまでこの湖とラボを守れる。

…嘘でしょ!?
咲枝さんにはすでに話して、許可もらってる…
…もう…。
紗奈は再び両手で顔を覆った。
また…パパに泣かされちゃうよ!!
紗奈は僕の胸に再び顔を埋めた。
マサ…ありがとう
私、今…ほんっとに幸せ!!
紗奈は泣きながら、何度もそう繰り返した。
お~い、聞こえてるか?

ママはお前のお陰で、泣き虫さんになったみたいだぞ~

心音が鳴り出して間もない、まだ耳が聞こえるはずのない我が子に向けて話しかけながら、声をあげて泣く紗奈をしっかりと抱き、背中をトントンと一定のリズムで優しく叩いた。
…ありがとう…マサ。


これが僕が聞いた紗奈の最後の言葉だ。



今考えると、この時すでに紗奈の中では『死』を決意していたんだと思う…。

あの夜、紗奈は隣で涙を流しながら静かに寝息を立てていた。

温かい頬をこぼれ落ちる涙を拭い、優しく口づけたあと額をくっつけたまま僕も2日ぶりの深い眠りについた。

翌朝、隣で寝息を立てていたはずの紗奈は湖の畔で冷たくなっていた。
止まってしまった心臓を死に物狂いでマッサージしたところで、彼女の鼓動が再び鳴り出す事は無かった。
入水自殺だった。





…ありがとう…マサ。
紗奈の最後の言葉を思い出すたび、そして夢で彼女に出会うたびに考えてしまう。

俺は……

もっと他に……

ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

加藤 信江

会社員

ミラー

SLSG研究所 所長

内科・精神科 医師

芳賀 鏡子

医師

ミラーの助手

吉川 咲枝

研究所家政婦

近藤 紗奈(旧姓 富樫)

沖田 保

俳優

警官

ミラーの母親

医師

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色