第7話 2人の関係

文字数 1,159文字

少しずつ身の回りのことは自分でできるようになり、近頃は日中芳枝さんのお手伝いをしながら、日々を過ごせるようになった。
あの子たちももう少ししたら巣立ちかしら…
なんだか寂しいですね…

芳枝さんと一緒にカモの親子の世話をするようになり、1ヶ月。


母ガモの後をちょこちょこついて回っていた子ガモもだいぶ成長し、もうすっかり一人前になっていた。

時が経つのは本当にアッという間ね

窓の外を見つめながら話す、芳枝さんの言葉を寂しく感じたとき、私の心の一部がざわついた。


『イマコノシュンカンヲ…』





天気の良い日はカウンセリングを兼ねて、鏡子先生と一緒に湖の散歩も定期的に行っている。

そういえば、私がいるの所はあっちのホテルじゃないですよね?
そう、

あなたは私たちにとって特別だから…

特別…?
あら、夜勤明けかしら?

デッキにミラーがいるわ

鏡子先生が指をさした方向を見ると、ラボのウッドデッキで煙草をふかしているミラー先生の姿が見えた。

鏡子先生と私はミラー先生に手を振った。



ミラー先生もこちらに気づき、ウッドデッキの手すりに寄りかかるようにこちらを見ながら笑顔で手を振り返している。

鏡子先生とミラー先生はご夫婦なんですか?
どっ、どうしたの? 急に…
あぁ…ごめんなさい
いやいや、謝ることないわ。

夫婦…かぁ……

なんだかお二人を見ていると阿吽の呼吸でお仕事されているので、てっきりそうなのかと…
まあ、ミラーとは長い付き合いだからね…
そうなんですか
彼は大学の先輩なの
先輩と後輩…
まぁ、15年以上も一緒にいるとね~

いやでも「阿吽の呼吸」になっちゃうかも

そう言いながら、ミラー先生を見つめる鏡子先生の横顔はとても美しかった。
ウッドデッキを見るとミラー先生はロッキングチェアに深く腰掛け、ゆったりと揺れながら書類を読んでいた。

私の心の一部がまたざわついた。


『いまこのいっしゅんを…』

あれ!?

ミラー先生、今ものすごい空気纏ってませんか?

えっ…そう?
なんだろう…
いつものミラーに見えるけど…?
なんだか、柔らかい光を身に纏ってるみたいな…
光??
ルーベンスの聖母マリアの絵みたいな…
聖母…マリア…
鏡子先生はうつむき、そして、小さく息を吐いた。
敵わないなぁ〜
再びロッキングチェアに座るミラー先生を見つめた鏡子先生は口元に優しい笑みを浮かべていた。
あのロッキングチェアはね、紗奈さんのお気に入りだったの
紗奈…さん?
ミラーの奥さん
えっ!?

ご結婚されて…


…あれ?

『だった』って…

9年前に亡くなったの…
えっ!?
ごめんなさい。

これ以上は私の口からは話せない…

あぁ、いえ…

こちらこそ、なんかすみません

信江さんは謝らなくていいのよ…

いつか時間のある時にミラーから直接聞いて

鏡子先生は優しく微笑んで、湖の(ほとり)をまた歩き出した。
前を歩く鏡子先生の背中が少しだけいつもよりちいさく見えた。
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登場人物紹介

加藤 信江

会社員

ミラー

SLSG研究所 所長

内科・精神科 医師

芳賀 鏡子

医師

ミラーの助手

吉川 咲枝

研究所家政婦

近藤 紗奈(旧姓 富樫)

沖田 保

俳優

警官

ミラーの母親

医師

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