第20話 旅立ち

文字数 1,341文字

気がつくと、自分の部屋のベッドの上に寝かされていた

大丈夫?

私…?

お風呂場で倒れていたの…

…夢……

首元に手をやると、ガーゼが張られていた

じゃない…

いろいろ…ありすぎたわね…

……先生は!?

ミラー先生は…!?

私は寝ていた体を起こし、体を前のめりにしながら咲枝さんに尋ねた

…さっき、鏡子ちゃんから連絡があって…

咲枝さんはベッドに腰を下ろし、私の背中に手を置いた。

紗奈さんのもとに旅立ってしまったわ…

やっぱり…

あのとき、空を舞った大量の赤い液体と、お風呂場で目にした真っ赤な手のひらを思い出し、改めて自分の手を見つめなおした

なんとなく……そんな気がしました
目を閉じるとイヤでもあの瞬間を思い出してしまう

でも……

私は顔を覆い、涙を隠した。


赤い液体の臭いが残る自分の手を恨めしく思う

生きて欲しかった……

声をあげて泣く、私の背中を咲枝さんは何も言わずただ、ただ撫で続けてくれた

♪チッ、チッ、チッ…

いつもと変わらず、一定のリズムで刻まれる秒針の音を耳にして、少しづつ落ちついてきた

先生、奥さんに会えましたかね…

今頃あっちで、紗奈ちゃんに怒られてるんじゃないかしら…?


こっちに来るのが速すぎる!ってね…

…そんな怖い奥さんだったんですか?

いいえ!

とっても優しい人よ

咲枝さんは、優しい表情で上を見上げる

正嗣くんもそんな奥さんの事が大好きだったしね…

先生は……久しぶりに奥さんに会えて、きっと喜んでますよね?

うん。


今頃、きっとハグしてるわよ!

咲枝さんの笑顔につられて、私も口元がほころんだ

鏡子ちゃん帰ってくるまで、まだまだかかりそうだから、何か温かいものでも体に入れましょうね

そう言うと、咲枝さんは部屋を出た




替わりに、スーツ姿の女性が入って来る

山梨県警です…少しお話よろしいですか?

…はい

湖であった出来事を教えていただきたくて…

私に見せてくれた警察手帳を胸にしまいながら、歩み寄る。



血のついたミラー先生のハンカチと私が持っていた湖の写真集を渡してくれた

これ、あなたのですよね?
はい
私は受け取った写真集をパラパラとめくり、パタンと本の表紙を閉じた
本のカバーと中身が違うんですけど…何か理由があるんですか?

この本は、ここの談話室の本なんです

そうなんですね…

てっきりあなたが入れ替えたのかと思って…

あっ、いえ…

でも、誰かが意図して、カバーを替えてたみたいです

何か理由があるんですかね?

あぁ、話を戻しますが、湖での出来事について、詳しく話していただけますか?

……はい

私は、ミラー先生とベンチで話していたこと、先生のスマホに電話がきてからの一部始終を思い出せる範囲で、ことこまかに話した

あの人は……?
沖田さんですか?
…はい

かなり動揺されています。

今のあなたのお話を伺って、故意での殺害ではなかったのかと…

なんだか苦しそうでした。

私には、よく分からないですけど…

いずれにせよ、事件が一段落つくまでは拘留される事になるかと…

俳優業、大丈夫なのかな?
まぁ、今人気のある俳優さんなので、色々と大変かと…
メモをとっていた手帳を胸のポケットにしまいながら、そう口にした
ご協力ありがとうございました。

また何か思い出した事などありましたら、こちらにご連絡下さい

女性警官はイスから立ち上がり、私に名刺を渡したあと、部屋を出て行った

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登場人物紹介

加藤 信江

会社員

ミラー

SLSG研究所 所長

内科・精神科 医師

芳賀 鏡子

医師

ミラーの助手

吉川 咲枝

研究所家政婦

近藤 紗奈(旧姓 富樫)

沖田 保

俳優

警官

ミラーの母親

医師

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