第6話 私の周りに
文字数 1,122文字
その日から何日たったのだろうか、私はただ単純に「食べて・寝る」という人間らしい生活をした。
ただ一つ違うこと。
『仕事にいかないこと』だった。
ここにきたあの日、鏡子先生が担当医として書いた診断書とともに会社には連絡を入れてくれたらしい。
『休職』扱いとなった私は、物心ついてから初めて何も描かない日々を過ごしていた。
幼い頃から共働きだった両親のおかげでテレビのついた部屋で1人で絵を描くことがほとんどだった。
その両親も事故で失い、その後施設で育った私にとって描くことだけが唯一の救いでもあった。
部屋から見える大きな湖と富士山。
起きてカウンセリングがない時間は富士山と周りの景色をただただボーッと見ていた。
毎朝、鏡子先生の一言で1日が始まる。
鏡子先生は窓を背にして立ちながら私をみていた。
窓越しにうつる壮大な背景と美しい鏡子先生がなんだか絵画の一部のように見えた。
私の心が少しざわついた。
『イマ………………』
ここに来た日以来初めて外に出て、2人で湖を沿うように歩いた。
鏡子先生は、両手を大きく上げ背伸びをした。
窓から見えた鳥の親子の方へ近づくと親ガモと5匹の子ガモたちだった。
私の背中に鏡子先生の優しくて温かい手を感じた。
自分と違う『人の体温』を感じたのは久しぶりで、少しくすぐったい気持ちになった。