第7話

文字数 1,487文字

 欠伸が出るほど退屈な説教を一時間ほど聴かされたのち、それがようやく終わりを告げると、いよいよパフォーマンスの時間となった。
 教祖が合図をすると、信者と思われる女性が金属製の箱を手に舞台袖から現れた。続けて別の信者が木製の小さな台を持ってきたかと思えば、教祖はその台の上に箱を載せた。中央には南京式の錠前が、これ見よがしに付いている。
 客席を見渡し、台の上の箱を一瞥(いちべつ)すると、教祖の男は大仰に両手を広げた。
「さて皆さん。どなたか私に協力してくださらないかな?」
 すると全員が一斉に手を上げる。城島も怪しまれないよう、少しだけ掲げた。だが、隣の奈々子は、今までうつらうつらしていたのが嘘のように、勢いよく椅子の上に立ち、「ハイっ、ハイっ、ハイっ!」と手をまっすぐ伸ばした。
 それが教祖の目を引いたらしく、奈々子が指名されると、ついでという形で城島も指を差された。どうして自分がと舌打ちをするが、これも妹のためと思うと、城島は腰を浮かす。
 もう一人、反対側に座るワンピースの中年女性も選ばれ、三人はそろってステージへと上がる。

 真顔の教祖は恭(うやうや)しく口を開いた。
「これから各々(おのおの)一つずつ、合計三つの質問をする。正直に答えて欲しい。さすれば奇跡を体験する事が出来ようぞ!」
 息を呑む城島。自然と足が震えてくる。一緒に指名された中年女性も目が虚ろで、緊張の色を隠せない。一方、奈々子はというと、無邪気な笑顔を浮かべながら、この状況を楽しんでいるように映った。
「おぬしの好きな食べ物はなんじゃ」いきなり城島に白羽の矢が立った。てっきり人生の悩みとかを訊かれると思っていただけに、意外と俗な質問で拍子抜けである。
「焼肉です」と返事をすると、今度はワンピースの女性に声が掛かった。
「では、おぬしの初恋の相手の名前は? 名字だけでもかまわない」
 彼女は動揺を見せつつも、照れながら「……山口さん……です」と答える。
 次はいよいよ奈々子の番だ。
「最後はお嬢ちゃんだな。今、一番欲しいものは何かな?」
 お人形とかぬいぐるみだとか、てっきり子どもらしいものを選ぶのかと思いきや、彼女の口から出たのは……。
「現金!」
 客席から笑い声が起こったが、奈々子は真剣な表情をしているので、おそらくジョークではないようだ。
 気が付くと、いつの間にか背後にホワイトボードが用意され、先ほど箱を持ってきた信者の女性が、今の答えをマジックペンで書き記していた。
 『焼肉』
 『山口』
 『現金』
 三つの言葉がボードに並び、席に戻された三人は、再びパイプイスに身を置いた。

 教祖は袖に引っ込むと、二秒もしないうちに戻って来た。手には笏の代わりに御幣(ごへい)を持っている。御幣とは神社などでよく見かける、棒の先に白い紙のひらひらの付いた、お祓いの時に使うアレのことである。箱の前で御幣を左右に振りながら、教祖は何やら経を唱えて始めた。

 三分ほどで唱え終えると、懐から鍵を取り出した。そして箱の正面に立つと錠前に差し込み鍵が外れる音が鳴った。
 ふたを開けて、教祖が箱を前方に倒した。中に長方形に折りたたまれた短冊のようなものが見えた。
 教祖は会場に背中を向けながら箱の正面に立つと、中から短冊状の和紙を取り出した。姿勢を正しながらホワイトボードの前に歩み出ると、教祖は取り出したばかりの和紙を広げ、四隅をマグネットで留めた。
 和紙には毛筆で『焼肉』『山口』『現金』と書いてあった。
 最後の仕上げとばかりに、もう一度箱を傾け、中に何も入っていないことを見せると、教祖は両手を合わせながら一礼した。
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