第8話

文字数 1,606文字

 歓声が沸き上がり、万雷の拍手が起きる。
 唖然とした城島だったが、妹の事などすっかり忘れたかのように、盛大な拍手を送り続けた。下手すれば入信しそうな勢いであると自覚するほどに。
「トリックを知りたい?」奈々子の小声が、興奮冷めやらぬ城島の耳に入った。
 そこで一旦冷静になる。
 そうだった、そのためにやって来たのだ。感心している場合ではない。しかし怪しいところは何も無かった筈。鍵の掛けられた箱には誰も触れていないし、質問の答えも予め準備できるはずもない。一体どんなカラクリがあるのだろう。
 だが、奈々子は自信たっぷりの様子。
「知りたいの? 知りたくないの?」見破りの達人は念を押した。
 城島は、お願いしますと解説を求めた。
 途端に立ち上がった奈々子は、ステージに向かって歩き出し、「ちょっと待って! あなた、紙をすり替えたでしょう」と袖に入ろうとする教祖を呼び止めた。
 まさかの言葉に参加者から批判の声が上がった。
 城島は訳が分からず、彼女の言葉を脳内で反芻(はんすう)する。
 紙をすり替えた? いつ? どのタイミングで?
 城島は見破りの達人の言葉をにわかには信じられなかった。
 振り返った教祖は一瞬、怪訝な表情を見せるも、すぐに口元を緩め、鼻を鳴らす。
「おかしなことを言うお嬢ちゃんだ。そんなことはしておらん。ちゃんとおぬしらが来る前に書き留めて箱に入れておいたのだ。疑うとは不届き千万。どういうつもりか知らぬが、私を疑っても無駄だ。恥をかいても責任は持たぬぞ」
 首を回しながら余裕の構えを見せる教祖は、奈々子を刺すような眼で睨みつけた。
「だったら、その中を見せて」
  奈々子は袍(ほう)の袖を指さした。教祖の表情は一変して動揺の色を見せた。
「……これは神聖な着物である。おいそれと見せられるものではない!」
 だが、奈々子は怯む姿勢は見せず、むしろ腰に手を当て、「そう言うと思ったわ。じゃあ、別の証拠を見せてあげる」とつかつかとステージに上がった。
 ショルダーバッグから緑色のスプレー缶を取り出すと、奈々子はホワイトボードに貼られている和紙に向けてスプレーをかけた。次第に和紙が濡れ出し、文字が滲んでいく。
「何をするか! いくら子どもと言えど、勘弁ならぬわ!!」怒り心頭の教祖は、今にも手を上げそうな形相で、怒号を挙げた。
 これはただでは済まなそうだとうろたえる城島は、しどろもどろになりながらも抗議を続ける教祖に対し、「もし、ヤラセではないのでしたら、彼女の好きにさせてください。もし、何も証明できなければ、私が責任を取りましょう」と一世一代の漢気を見せた。
 それを聞いた教祖は、安堵の表情を見せた。城島には、たぶん何も出ないだろうと、高をくくっているように思え、背筋に冷たい汗が滲むのを感じた。
 これがもしイカサマではなく、本当の予言だったら――。城島は自らの発言を後悔したが、今さら撤回などできようもなかった。
 奈々子はスプレー缶を高く掲げ、
「これは警察の科捜研でも使用されるデサイペリングスプレーなの。文字の解析にはもってこいよ!」ホワイトボードに向き直ると、奈々子はじっくりと文字の書かれた和紙を観察した。
 会場全体が彼女を見守る中、見破りの達人、九龍奈々子の弾んだ声がその場を支配した。
「思った通りだわ! これって約二十分前に書かれたものよ!」
 二十分前といえば、ちょうど城島たちが例の質問をされていた頃である。一体どういうことなのだろう?
 途端に会場がざわつきだした。参加者たちは教祖に批判の声を上げながら迫り来て、周囲を取り囲む。その中の一人が袍の袖に強引に手を入れると、先ほど予言を記したのと同じような短冊状の和紙が出てきた。広げてみると何も書かれていない。
 すっかりうなだれた教祖は、呆然としながらその場でしゃがみ込み、肩を震わせている。袖にいるはずの信者たちは、いつの間にか姿を消していた。
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