第19話

文字数 657文字

 放心状態で支払いを済ませると、国武はゆらゆら揺れながら出口に向かい、ドアの前で立ち尽くす。
「邪魔なんですけど」
 背後から声が掛かり、奈々子かと振り返れば、声の元凶は知らない女子高生の二人組だった。慌てて通路を譲ると、彼女らは会釈しながら扉を開ける。
 二人は「サヨ」、「美紀」と仲良さげに呼び合っていた。きっと親友同士なのだろうと推測され、ほほえましく感じた。

 帰りの道すがら、報酬を渡そうと金額を訊いてみた。
 奈々子は「いらない」と拒否の姿勢をみせる。
 その代わりと彼女はドリンク剤を渡してきた。意味が分からず飲み干すと、途端に全身が痺れだし、その場に倒れ込んでしまった。
 おそらくさっきのドリンクに痺れ薬が仕込まれていたに違いない。
 俺をどうするつもりだ。窃盗? 誘拐? まさか、報酬の代わりに命を……!
 身体が思うように動かず、国武は底知れぬ恐怖を感じた。

 奈々子はあおむけ状態で地面に寝転ぶ国武の胸部にまたがり、不敵な笑顔を浮かべる。左手で顔を押さえ、右の親指と人差し指で鼻毛を掴むと、勢いよく引き抜いた。
「な、何をする!」激痛を感じ、痺れる手で鼻を押さえた。
 どうやら鼻血までは出ていないようだ。
 これが報酬よとばかりに、抜いたばかりの鼻毛をハンカチにくるみながら、奈々子は背中で別れを告げた。
 彼女はドSではなく、ただのヘンタイなのかもしれない。


 三月の温かい木漏れ陽が、独り残された国武を照らす。桜の花びらが一枚だけ通り過ぎるのを、恋人に裏切られた男は道に横たわったまま、ただ静かに見守り続けた……。
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