第11話

文字数 1,791文字

「邪魔って言ってるでしょう!」怪しげな黒頭巾の少女の言葉に、智子は慌てて飛びのく。
「で、相談って何?」
 少女はふてぶてしい態度で智子に迫りくる。キーホルダーの付いたハンドバッグは入り口の棚に置けと命令口調で言われた。ムカついたものの、子ども相手に本気で怒ってもどうかと思い、渋々従った。
 軽々しいタメ口に閉口しながらも、ソファーに腰を下ろした永瀬智子は、目の前に鎮座している九龍奈々子に、事情を事細かく説明した。

 永瀬の上司である東山が、自分しか知らないはずのプライベートな情報――親友との会話だったり、彼氏の仕事内容だったり、時にはデートで鑑賞した映画のタイトルや前日読んだ雑誌の事まで知っていた。もちろんそれらの事は誰にも話していない。東山はその話をネタに交際しろと迫って来た。どうしても断り切れずに一回だけデートしたが、それだけでは満足していないようで、翌日には身体の関係を求められた。智子はそれ以来、ずっと会社を休んでいる。
 話し終えた途端、奈々子は推論を述べる。
「自宅に盗聴器が仕込んであるんじゃないの?」
 しかし、智子は否定する。
「一度警察に相談して調べてもらったことがあるの。でも、どこからも電波の反応がないと言われたわ。自宅は三か月前に引っ越したばかりのマンションで、オートロックだし、念のために玄関前に設置してあるの防犯カメラを調べてもらったの。だけど、私以外の人物が室内に入った形跡は映ってなかったらしいわ」智子は怒りで震える両腕を抱きながら、「どうかしら。何とかなりそう?」とすがる眼を向けた。
 黒頭巾の中で奈々子の目が光った。
「私に解けないトリックは無い!」
 気迫に押され、怯え気味の智子は、すっと目線を逸らす。寒さがぶり返し、全身がさらに震えた。
 それを見た奈々子は、ソファーから立ち上がると奥の流し台に向かい、サイフォンから黒い液体をカップに注いだ。
「コーヒーをどうぞ」凍える身体に一気に流し込むと、まさかアイスだとは思わず、さらに震え上がった。奈々子はそれを喜ぶように鼻を鳴らす。
「事象は判りました。私に任せて。ただし、そのまま顔を下げて」
 訳が判らずに、かじかむ手をこすり合わせながら顔を下に向けた。これから何が起こるのかと不安に駆られる。
 奈々子が動く気配は感じるが、ガタゴト音がするだけで何も起こらない。
 緊張の度合いが徐々に上昇し、固まったまま数分が経過すると――。
「あっ!」
 突然痛みを感じ、反射的にうなじを手のひらで押さえた。痛みというより熱したはんだごてを当てられたような強烈な熱さだった。
 頭を上げると、奈々子は火のついたロウソクを持ち、うなじにロウを垂らしていた。
「何するんですか! いきなりロウを垂らすだなんて!」ソファーから立ち上がり、怒号を発した。
 固まったロウをパリパリ剥がし、
「ほんのご挨拶よ。早くあなたのマンションに案内して」奈々子はハンカチで手を拭いながら言った。
 依頼が受諾されたのは良かったが、今のは一体何の意味があるのだろう。まじないの一種なのだろうかと智子は首をひねる。訊いても答えてくれなそうなので、きっとただのイタズラだろうと、不問にすることに決めた。
 城島から聞いてはいたが、まさかこれほどとは! どう好意的に解釈しようと、この子が変人であるのは、疑いようがない事実だ。

 入り口に置いたままにしていたハンドバッグを取り、外に出ようと引き戸を開ける。冷気が身体を叩きつけ、一瞬足が止まる。
 勢いに任せて足を踏み出そうとすると、背後から声がかけられた。
「それ、可愛いわね。どこで買ったの?」どうやらバッグにぶら下げてあるパンダのキーホルダーに興味を示したようだった。
 振り向いた永瀬はキーホルダーを握り、
「大したことないわ。ガチャガチャの景品よ。お気に入りだけど、欲しかったらあげてもいいわよ」
 永瀬はキーホルダーのリングを外そうとするが……。
「いらない!」奈々子は首を振り、拒否した。
 じゃあ、なぜ興味を示した?
 呆れ色のため息をつきながら、智子は今度こそ足を外へ踏み出す。
 雪面の屋上を数歩進んだところで、奈々子の叫び声が鼓膜を鳴らした。
「あっ!」
「何?」
 思わず振り向く。その拍子に足をとられ、きゃあ! と思い切り転んで尻もちをついた。
「そこ、滑りやすいから気を付けて!」
 知っていたなら早く言ってよね!
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