第13話

文字数 1,226文字

「あなたの言う通りだったわ!」顔をほころばせた永瀬智子は、九龍研究所の扉を引きながら言った。
 腰に手を当てた九龍奈々子は、待ち構えていたかのように、自慢げに口を広げる。
「でしょ? 上司の東山は何て?」
 智子はあの時二人が交わしたニセの会話をネタに、また東山が脅してきたのだと語る。
「でもどうしてかしら? 盗聴器は無いはずなのに……」
「トリックが知りたい?」奈々子の問いに素早く頷く。
 すると奈々子は、智子の手にしているハンドバッグを取り上げると、にやりと微笑みながらパンダのキーホルダーを一気に引きちぎった。
 思いもよらない奇行に慌てふためきながら、「何するの? 欲しいならあげると言ったでしょう?」と憤慨してみせた。
「まあ見てなさいって!」
 奈々子は引きちぎったばかりのキーホルダーを床に叩きつけた。二つに割れたピンクのパンダの中には、小さな機械のようなものが入っていた。
「これって何? 盗聴器……じゃないわよね?」
 転がり出たその物体をつまみ上げると、奈々子はしげしげと観察し、「やっぱりね」と独り頷いた。
「……これは恐らく小型のボイスレコーダーよ。盗聴器じゃないから電波をキャッチできなくて当然だわ」
「ボイスレコーダー? これが?」
 事態が呑み込めない智子に対し、奈々子はかみ砕くように丁寧に解説を始める。
「そう。あなたは会社の昼休みにハンドバッグをデスクに置いたまま、財布だけを持ってランチを食べに行くって話したよね。東山はその隙に、ボイスレコーダー入りのキーホルダーをこっそり交換していたのよ。きっと街中のガチャガチャを廻って集めたんだわ。そして改宗した録音済みのキーホルダーを自宅に持ち帰って、夜な夜な再生していた」
 奈々子の説明ですべてを理解した。
 つまりキーホルダーに仕込まれたボイスレコーダーによって、プライベートの会話を録音されていたワケだ。単純な仕掛けだが、まんまとアイツにしてやられた。智子は自分のマヌケさを恥じずにはいられない。
 ハンドバッグを開いて現金の入った封筒を差し出した。謝礼は要らないと言われていたが、それでも気が収まらなかった。
 だが、奈々子は頑として受け取らない。理由を尋ねるが、人助けはボランティアのようなものだからと説明された。これ以上しつこく迫るのもアレなので、智子は感謝の言葉を述べながら、謝礼の入った封筒をバッグへしまった。

 帰り際。
 プレハブを出ようと扉を開けると、奈々子の声が聞こえてきた。
「そこ、滑るから危ないわよ」
 知ってる。心の中で呟いた。
 今度こそ滑りまいと、気をつけながら慎重に足を進めると、再び声が掛けられた。
「あっ!!」
「何?」
 振り向こうとして身体をひねると、足がもつれてコンクリートの地面に尻もちをつく。
「だから注意したのに……」
 目線を向けると、奈々子は嘲笑するかのような、不敵な笑みを浮かべている。
 絶対にわざとだ。
 永瀬智子はあざ笑う見破りの達人を、きっ、と睨みつけた……。
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