第15話

文字数 1,165文字

 先週、国武の国産スーパーカーで二人は食事に出かけた。その時、穂香に誘われ、以前から気になっていたという個人経営の小さなブティックを訪れた。
 店内は十坪ほどと、さほど広くなかった。店長が一人で切り盛りしているセレクトショップらしく、他の客の姿はなかった。
 穂香はひとしきり店内を物色したのち、気に入ったブラウスをいくつか手にしながら試着室へと入った。
 手持無沙汰の国武は店内をぶらついたあと、赤いスカーフを巻いた中年の女性店長と世間話を交わした。

 穂香が試着室に入ってから十分が過ぎたころだろうか。いくら待っても出てくる気配が無く、国武はイラつき始めていた。

 さらに五分ほど経過し、いよいよしびれを切らした国武は、カーテン越しに「まだか」と声を掛けた。だが全く返事が来ない。
 不審に思い、国武は穂香の名を呼びながらゆっくりとカーテンをめくった。そこには試着するはずだったブラウスだけが残っており、恋人の姿はなかった。ヒールはきちんと試着室の前に揃えてある。
 店長に事情を伝え、共に店内を探すが、どこにも姿が見えなかった。携帯にかけてもつながらず、メールを送るが、既読すらつかなかった。
 気まぐれで一人で勝手に店を出たとも考えたが、ヒールが残されているのだから、それだと辻褄が合わない。事件に巻き込まれたとしても、国武や店長の目を盗んで連れ去られたとは到底思えなかった。そもそも、もし誘拐であれば、穂香自身が騒いだだろう。

 国武は警察に通報し、店内を調べてもらった。
 試着室には抜け穴などといった仕掛けは無く、監視カメラの映像も、穂香が試着室に入ったところはちゃんと映っていた。
 しかし、その後、彼女が試着室から出てきた様子はない。国武がカーテンを開ける姿はしっかりと映っているものの、恋人の映像は一切残っていなかったのだ。

 気が気でならない国武は失踪届を出そうとした。
 だが、穂香という名前以外、名字すら知らないことに、その時になって初めて気が付いた。
 住所はもちろん、家族や出身地といった個人情報すら記憶になかった。携帯番号やメールアドレスすらも、彼女個人の物ではなく、架空名義であることが判明した。
 穂香という名前すら、偽名かもしれない。
 ふと、彼女にこの二年間で五百万以上貸し付けていたのを思い出す。もしかすると詐欺かもしれないと警察から忠告されたが、穂香を信じてやまない国武は、そんなはずは絶対にないと突っぱねた。
 それでも穂香につながる情報が何もなく、彼女が何者であるか、調べるすべはなかった。
 失踪事件についても警察はさじをなげ、事件そのものがなかったかのような扱いをされた。
 一応、試着室や国武のスポーツカーから、穂香のものとみられる指紋や髪の毛が搾取されたが、身元の特定は難しいと言われ、実際その通りになった……。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み