第18話

文字数 1,650文字

「トリックが知りたい?」
 ブティックを出た途端に、奈々子はすかさずそう言い放った。
「え? もう判ったんですか?」国武はまさかという顔を向ける。
 失踪事件のあと、国武はあの時の映像を何度も見ていたのだが、穂香の消えたトリックは全く想像つかなかった。
 警察すらも放棄した案件なのに、奈々子は一度見ただけで推理できたという。本当だろうかと疑わしい眼で、国武は見破りの達人を見下した。
「簡単簡単。私の手に掛かればお茶の子さいさいよ。判らない方がどうにかしてるわ」
 国武はともかく警察を敵に回しかねない発言だ。怖いもの知らずとは彼女のことを指すのだろう。子どもだけに若気の至りといったところか。
「早く教えてください」国武は急かすように言った。
 だが、彼女は答えを渋った。何でも腹が空いたという。さっきラーメンを食べたばかりにもかかわらずだ。
 甘いものは別腹という奈々子に、喫茶店『ダフネ』のインデアンパフェを奢さられた。インスタ映えするというそのパフェは、見栄えは確かに目を引く豪華さだったが、味は平凡に感じた。
 スプーンを持つ手を不意に止めると、奈々子はつぶやくように言葉を紡ぎ出した。
「……あのブティックの店長はグルね」びっくり仰天した国武は、なぜそう思うのかと問いただすと、「カメラの映像は加工してあったわ」と、さらりと述べた。
 思わずパフェを吐き出しそうになった。むせながら国武は訊き返す。
「加工? 警察が調べても何も判らなかったのに?」
 ふん、と鼻から息を勢いよく吹き出し、奈々子は見解を続ける。
「警察はハナから乗り気じゃなかったのよ。あなたのような金持ちが結婚詐欺に引っ掛けられて、ざまあ見ろと嫉妬していたに違いないわ」
 国武はいきり立ちながら、反論せずにいられず、食べかけのパフェにスプーンを思い切り突き刺した。
「そんなこと関係ないじゃないか! 現にひと一人が神隠しのように消えたのは事実なんだ。いくら嫉妬したからといって、警察が本気で捜査しなかったと本気で思っているのか!?」興奮のあまり立ち上がった。周囲の視線が一斉に向く。
 はっと我に返った国武は、椅子に座り直し、努めて冷静に尋ねた。「何処が怪しかったんです?」
「あの映像をよく見ると、穂香さんが試着室に入ってから、しばらくしてヒールの位置が少しだけズレたわ。それに映像には店長も映り込んでいたけど、スカーフの色が途中で変わっていたの。穂香さんが試着室に入る前と後でね。白黒映像だから判りにくいけど、私の目は誤魔化せない。解析ソフトを使えば一発で判るわ。おそらく警察は通り一遍の確認作業をしただけ。きっと色の変化に気づかなかったか、あるいは気づかないふりをしていたのかもしれないわね」
「……つまり、映像を繋ぎ合わせていた……と?」
「その通り。おそらくあなたの恋人は、何日か前に同じ服を着て試着室に入ったのよ。それを共犯の店長が編集ソフトを使って一つの映像に繋ぎ合わせた。……なかなか凝ったトリックね」
「ということは……」国武は言葉に詰まる。
「そういう事!」奈々子はパフェの淵をスプーンでチンと鳴らした。
 薄々感づいてはいたが、まさか本気で騙されていたとは。
 驚愕の真実を知り、涙が止まらなかった。
 二人ですごした美しい思い出が、すべて偽りだったと受け入れるには、相当の時間と覚悟が必要だろう。

 すっかり打ちのめされた国武だが、彼にはどうしても納得のいかないことが、一つだけあった。
「なあ、一つだけ疑問があるんだが」んっ? と奈々子はスプーンを咥えながら、片眉を上げる。「穂香はどうしてそんな面倒くさい真似をしたんだ? 縁を切りたいのであれば、いくらでも方法があったはずなのに」
「ふん、そんなことも判らないの?」
「判らないから、訊いているんじゃないか!」国武は、バンとテーブルを叩く。再び視線が集中したが、そんなこと気にする余裕など、あるはずがなかった。
「あなたにひと泡吹かせたかったに決まってるじゃない」

 胸の内に、一陣の空風が吹き抜けた。

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