第9話

文字数 1,064文字

「つまりどういう事?」
 頭を捻りながら、城島は奈々子に説明を求める。
 彼女はホワイトボードに貼ったままの和紙に顎を向けて、
「さっき私たちが質問に答えたでしょう? あの時、袖の後ろで信者の誰かが和紙に書いたのよ」奈々子は生気をなくした教祖を見下ろしながら「途中でコイツが御幣を取りにいった時、答えの書かれた紙も一緒に受け取って、袖の中に隠したのよ。そして箱の鍵を開けて中を確認させると、そのあと、わざと死角になるように箱の正面に回った。その隙に紙をすり替え、さもたった今、取り出したかの方に見せびらかし、ボードに貼り止めた……後は予言が的中したかようにふるまうだけ。さっき行ったようにね」
 なるほど、そういう事だったのか。
「でも、よく持っていたね。あんなスプレー」
 キョトンとなった奈々子は口をとがらせながら、冗談でしょうと言いたげな顔をした。
「え? まさかと思うけど、あんなデタラメ信じているの?」
 デタラメとはどういうことなんだ? 
 疑問に溺れる城島はホワイトボードの和紙を手に取り、しみじみと観察してみる。文字は滲んで読みづらくなっていたが、仄かに柑橘系の香りがした。どこかで嗅いだ記憶があり、しばらく嗅ぎ続けた後、はっとひらめき目を見開いた。
「……ただのデオドラントスプレーよ。デサイペリングスプレーなんて私が咄嗟につけた架空の名前。そんな都合のいいスプレーなんて、あるわけないじゃん!」
 つまり、教祖を引っかけたというワケである。やはりこの女、只者ではない。味方だと心強いが、敵に回すとこの女ほど恐ろしい存在はないだろう。

 一抹の恐怖を抱く城島のところに、信者と思わしき女性が近づき、いきなり抱き着いてきた。それは城島の妹、茂美だった。
「……兄さん、ごめんなさい。……私、騙されていたのね……」
 声は震えていて、目には涙があふれている。城島は泣き震える妹の頭をなでながら、
「お前が悪いんじゃない。あの教祖がいけないんだ。謝る必要なんて……」城島も涙声になり、力強く妹を抱き返した。
 ちらりと視線を動かし、教祖に定めると、彼は参加者たちから袋叩きに合っていた。中には仲間であるはずの信者らしき姿も混じっている。彼らもインチキ教祖に騙されて、大金を貢いだのだろう。
 城島は妹の茂美と共に頭を下げながら礼を述べると、握手をするために右手を差し出した。奈々子はにっこりしながら手を伸ばすと、いきなり城島の右手を爪でひっかく。
 彼女がドSであることをすっかり忘れていた城島は、訝しげに眉をひそめる妹に、ことの経緯を語りだした……。
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