星神祭の夜 *3*
文字数 2,120文字
「ハヤブサ殿、その手巾も誰かに貰ったものなのか?」
居候中の家に戻ってきたカケルは、囲炉裏の前で真剣に何かを見つめたまま座り込んでいるハヤブサに気付き、何気なく声をかけた。
いつも騒がしい彼にしては珍しく考え込んでいる様子だったので、そっとしておこうとも思ったのだったが、その手に握られているものがつい気になったからだった。
ハヤブサの文様が刺繍された、とても綺麗な手巾――。
「んだよ、オレ、今忙しいんだけど……」
「すまない。その……一つだけ質問しても良いか? 星神祭では、人に手巾を贈る風習があるのだろうか?」
問いかけながら、カケルは先ほどフウリから貰ったばかりの手巾を取り出した。
それを視界の隅に捉 えたハヤブサは、何かを諦めたように盛大なため息をつくと、渋い笑みを浮かべた。
「……まぁ、あるな。センリュオウジュの下で、女は好きな男に、男は女に、相手の文様の入った手巾だったり、小刀 を贈ると、幸せになれるっちゅー言い伝えがな……」
「……! そう、だったのか……」
カケルは目を瞬かせた後、改めて七芒星文様に見えなくもない手巾を見つめ、なるほどとつぶやいた。
そんな彼の様子に、ハヤブサは再びため息をつく。
「それ、フウリに貰ったんだろ? で、お前はその意味が分からなくて、どうしたんだ?」
「彼女は『なんでもないから気にするな』と言って笑っていたから、話はそれっきりになってしまったんだが……」
「うっわー、信じらんねぇ! それ、男として最悪の態度だぞ。ほらこれ、男からはこういう小刀を渡して想いに応えるもんなの! どうせ作ってないんだろうけど、今からでも遅くないぜ?」
ハヤブサは、白茶色 の柄 に細かな文様が彫りこまれた小刀を懐から取り出すと、半 ば自棄 気味に、カケルの前に突き出した。
雪の結晶を花びらとして描いた六花 文様――フウリの文様であり、カケルが持っている手巾にも刺繍されているものだ。
「……っ!? その文様は……誰、の……」
カケルは食い入るようにその文様を見つめながら、恐る恐る尋ねる。
一方のハヤブサは、カケルがすでに誰の文様かを知っているものだと思っていたので、嫌味かよと言わんばかりに顔をしかめた。
「んだよ、フウリの文様だろ。オレはその、渡しそこねちまったけどさ……くそっ。どうせお前もアイツのこと好きなんだろ?」
「…………」
「え、何、急に黙り込んじゃってんの? まさか好きでもねぇのに、あんなことするわけねーよなぁ?」
いつだったか、厨でハヤブサは見てしまっていたのだ。カケルがフウリの手に口付ける瞬間を――。
あまりにもそのやり取りが自然で邪魔することができなかったけれど……心底悔しかった。
つい先刻、シャラに手巾を渡されたハヤブサは、そこで初めて彼女の自分に対する想いを知り、戸惑いつつも嬉しいと思った。フウリへの想いを知っていてもなお、ハヤブサのことが好きだという、シャラの一途な想いに応えられるかどうかわからないながらも、時間を貰って考えさせて欲しいと頼んだところだった。
ハヤブサは潔く、フウリのことを諦めようと思い始めていた。それなのに――フウリが好きだと即答できなかったカケルのその態度に、カッと頭に血を上らせた。
「あ、あれは……」
「違うってのかよ! じゃあ何、フウリのことからかってるだけ? それならオレ、お前のこと殴(なぐ)んぞ!」
「か、からかってなどいない! 彼女のことは好きだ。でも、フウリ は妹として……」
「はぁっ? 妹? 妹みたいに好き? それって恋愛感情じゃねぇってことかよ!」
ブチッと何かが切れる音がハヤブサの頭の中で響いたかと思うと、握られていた拳 がカケルの頬へと容赦なくぶち込まれた。
ガタンと大きな音を立てて、カケルが囲炉裏のそばに倒れ込む。
その音を聞きつけて、すぐさま、隣の室からレオクが飛び出してきた。続いて、ノンノも出てきて息を呑む。シュンライは工房へ行っているのか、出てくる気配はなかった。
「ハヤブサ!? お前っ……!?」
「何やってんだい、バカ息子!」
「……だって、コイツがフウリのこと!」
再び殴りかかろうとしていた弟を背後から羽交 い絞 めにしたレオクは、ふと殴られた方のカケルを見やり、眉根を寄せた。
殴られたことに驚いている……という感じではなく、どこか青ざめた様子でブツブツと何かをつぶやいている。
「……おい、カケルさん、大丈夫か?」
しかし、レオクの呼びかけにハッと我に返ったカケルは、「フウリ!」と叫びながら立ち上がると、疾風 のごとく外へと飛び出していってしまった。
その手に、六花文様の手巾を握り締めながら――。
「……何アイツ? どういうこと?」
「さぁ? というか、聞きたいのはこっちの方だってば……」
何がなんだかわからないまま、囲炉裏の脇に取り残されてしまった兄弟は、呆然としたままカケルを見送ると、すっかり冷めてしまった様子で首を傾げたのだった――。
居候中の家に戻ってきたカケルは、囲炉裏の前で真剣に何かを見つめたまま座り込んでいるハヤブサに気付き、何気なく声をかけた。
いつも騒がしい彼にしては珍しく考え込んでいる様子だったので、そっとしておこうとも思ったのだったが、その手に握られているものがつい気になったからだった。
ハヤブサの文様が刺繍された、とても綺麗な手巾――。
「んだよ、オレ、今忙しいんだけど……」
「すまない。その……一つだけ質問しても良いか? 星神祭では、人に手巾を贈る風習があるのだろうか?」
問いかけながら、カケルは先ほどフウリから貰ったばかりの手巾を取り出した。
それを視界の隅に
「……まぁ、あるな。センリュオウジュの下で、女は好きな男に、男は女に、相手の文様の入った手巾だったり、
「……! そう、だったのか……」
カケルは目を瞬かせた後、改めて七芒星文様に見えなくもない手巾を見つめ、なるほどとつぶやいた。
そんな彼の様子に、ハヤブサは再びため息をつく。
「それ、フウリに貰ったんだろ? で、お前はその意味が分からなくて、どうしたんだ?」
「彼女は『なんでもないから気にするな』と言って笑っていたから、話はそれっきりになってしまったんだが……」
「うっわー、信じらんねぇ! それ、男として最悪の態度だぞ。ほらこれ、男からはこういう小刀を渡して想いに応えるもんなの! どうせ作ってないんだろうけど、今からでも遅くないぜ?」
ハヤブサは、
雪の結晶を花びらとして描いた
「……っ!? その文様は……誰、の……」
カケルは食い入るようにその文様を見つめながら、恐る恐る尋ねる。
一方のハヤブサは、カケルがすでに誰の文様かを知っているものだと思っていたので、嫌味かよと言わんばかりに顔をしかめた。
「んだよ、フウリの文様だろ。オレはその、渡しそこねちまったけどさ……くそっ。どうせお前もアイツのこと好きなんだろ?」
「…………」
「え、何、急に黙り込んじゃってんの? まさか好きでもねぇのに、あんなことするわけねーよなぁ?」
いつだったか、厨でハヤブサは見てしまっていたのだ。カケルがフウリの手に口付ける瞬間を――。
あまりにもそのやり取りが自然で邪魔することができなかったけれど……心底悔しかった。
つい先刻、シャラに手巾を渡されたハヤブサは、そこで初めて彼女の自分に対する想いを知り、戸惑いつつも嬉しいと思った。フウリへの想いを知っていてもなお、ハヤブサのことが好きだという、シャラの一途な想いに応えられるかどうかわからないながらも、時間を貰って考えさせて欲しいと頼んだところだった。
ハヤブサは潔く、フウリのことを諦めようと思い始めていた。それなのに――フウリが好きだと即答できなかったカケルのその態度に、カッと頭に血を上らせた。
「あ、あれは……」
「違うってのかよ! じゃあ何、フウリのことからかってるだけ? それならオレ、お前のこと殴(なぐ)んぞ!」
「か、からかってなどいない! 彼女のことは好きだ。でも、
「はぁっ? 妹? 妹みたいに好き? それって恋愛感情じゃねぇってことかよ!」
ブチッと何かが切れる音がハヤブサの頭の中で響いたかと思うと、握られていた
ガタンと大きな音を立てて、カケルが囲炉裏のそばに倒れ込む。
その音を聞きつけて、すぐさま、隣の室からレオクが飛び出してきた。続いて、ノンノも出てきて息を呑む。シュンライは工房へ行っているのか、出てくる気配はなかった。
「ハヤブサ!? お前っ……!?」
「何やってんだい、バカ息子!」
「……だって、コイツがフウリのこと!」
再び殴りかかろうとしていた弟を背後から
殴られたことに驚いている……という感じではなく、どこか青ざめた様子でブツブツと何かをつぶやいている。
「……おい、カケルさん、大丈夫か?」
しかし、レオクの呼びかけにハッと我に返ったカケルは、「フウリ!」と叫びながら立ち上がると、
その手に、六花文様の手巾を握り締めながら――。
「……何アイツ? どういうこと?」
「さぁ? というか、聞きたいのはこっちの方だってば……」
何がなんだかわからないまま、囲炉裏の脇に取り残されてしまった兄弟は、呆然としたままカケルを見送ると、すっかり冷めてしまった様子で首を傾げたのだった――。