センリュオウジュの下で *5*

文字数 1,380文字

 普段と変わらぬ朝を迎えたはずだった。
 フウりは不思議な夢を見たせいか、気持ちが少し落ち着かなかったが、いつもどおりに手早く身支度を整えていった。が、刀の稽古へ向かおうとした時、毎日、玄関先で見送ってくれるシャラが起きてこないことに気がついた。
「昨日久々に出歩いたから、その疲れが出たのか……?」
 今日はゆっくり休ませてあげようと思いつつ、そっと様子を覗こうとした瞬間――扉が室の内側から唐突に押し開かれた。
「わぁっ! ガセツ?」
 飛び出してきた白狼に体当たりされる形になったフウリは、(こら)えきれずに尻餅をつき、それからすぐに室の中に視線を巡らせ、目を見開いた。
「シャラっ!?
 疲れて眠っているのだとばかり思っていた彼女は、寝台の上で苦しげに身体を折り曲げていた。
 どうやら、守獣であるガセツはそれを知らせようと飛び出してきたらしい。
 フウリはすぐさまシャラに駆け寄った。
「シャラ、どうしたんだっ? どこか痛むのかっ?」
 その声に気付いて、わずかに開かれた瞳は熱に浮かされたように(うる)んでいる。まさかと思い、彼女の額に手を当てれば、ひどく熱く、びっしりと汗が滲んでいた。
 と、シャラは服の胸元をぎゅっと握りしめ、何かを堪えるように首を振ると、(かす)れた声を出した。
「……いやっ……村が……人が……あつ……い……」
「村が? 人がどうしたんだっ?」
 慌てて問い返し、そこでようやくフウリは、これが予知夢のもたらしたものだと思い至る。
 こうなったらもう、落ち着くまで待つしかない。予知夢で彼女が感じてしまった何かの痛みや苦しみは、代わってあげることはできないのだ。
「シャラ、しっかり! 大丈夫、それは夢だから! ほら、ゆっくり息を吐いて……」
「……――が、消えちゃう! いやっ……いやぁ――っ!!
「シャラっ!」
 フウリが(なだ)めようとしたのも空しく、シャラは泣き叫びながら気を失ってしまった。
 そこへ、騒ぎを聞きつけた長老エミナが、ガセツに誘導されるようにして、ゆっくりと室に入ってきた。
 彼女は目が見えないのをガセツの尻尾を握ることで補い、それだけを頼りに歩いてきたらしい。
「フウリや、これはなんの騒ぎじゃ?」
「エミナ殿っ、シャラが! その……おそらく予知夢で恐ろしい思いをしたのかと……」
 動揺を隠せないフウリに、エミナは眉間の皺を深くした。
「お前さん、筆頭サムライじゃろて。これしきのことくらいで動揺しておったら、いざという時どうするのじゃ!」
 寝台の上でぐったりとしているシャラの手を握ったまま、どうすることもできなかったと申し訳なさそうにするフウリを、エミナは一喝(いっかつ)した。
「すみません……でも、シャラが、本当に苦しそうで……」
「わかっておる……」
 と、エミナはまるで目が見えているかのようにシャラの(ひたい)に手を当てると、ブツブツと(まじな)いの言葉を唱え始めた。
 すると、つい今しがたまで苦しげだった呼吸は、みるみるうちに穏やかな寝息へと変わっていった。
「もう大丈夫じゃ……」

 それから数刻後、落ち着いた様子で目を覚ましたシャラが語った予知夢の内容に、フウリは絶句した。

 ――このままでは、ニタイ村がエランクルの襲撃を受けて滅んでしまいます。
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登場人物紹介

●フウリ(女 16歳)

風のように駆け抜けていく女サムライ。

10年前に故郷のユゥカラ村がエランクルに攻め込まれた際、村で唯一生き残った少女。

村の警備を任されており、男たちの間では、フウリに敵う者はいないと言われている。

男勝りで、縫い物や料理は苦手。

●カケル(男 年齢不明)

傷を負って倒れていたところをフウリに助けられ、センリュ村で過ごすことになった謎の青年。

●シャラ(女 16歳) 

心を癒す美声の神謡姫(しんようき)。

センリュ村の長である長老の孫娘。村一番の美声を持つ。その声は人の心のみならず、動物や自然にまで好影響を与える。

守獣として白狼のガセツを連れている。裁縫が得意。

●ハヤブサ(男 17歳)

弓使い。

フウリとシャラの幼馴染。幼い頃は弱虫のいじめられっ子で、いつもフウリに庇ってもらっていたが…。

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