黒い瞳の青年 *2*
文字数 2,032文字
フウリたちの住むセンリュ村は、ノチウ大陸の北東部に位置する高い山々の間にある。
村を囲む山はみな、過去に噴火したことのある活火山であり、今なお有毒なガスを噴出している場所も存在する危険な地域だ。
しかし、本来ならば安心して住めるような環境ではないこの地に村を構えているのは、自然よりも脅威となる敵――『エランクル』から身を守るためであった。
十年前、広大なノチウ大陸の南西沿岸部に、黒い髪と瞳、褐色の肌をもつ『黒い民』、エランクルと呼ばれる者たちが人知れず上陸した。茶色い髪と瞳、白い肌を持つノチウは『白』を神聖なものと考え、真逆の色である『黒』を邪悪なものとして捉えていたこともあり、彼らの存在は脅威の対象として映った。そしてノチウは、彼らの恐ろしさを、身をもって知ることとなった。
ノチウにとっては見たこともなかった銃火器による虐殺、資源の強奪、土地の侵略―― 運悪く、南西沿岸部に居を構えていたいくつかの村が、わずかな間に壊滅されたのだ。
フウリはそんな滅ぼされた村々のうちのひとつ、鍛冶で名の知れたユゥカラ村で唯一の生き残りだった。そして、彼女の存在を不思議な力で見つけ、助け出すきっかけを作ったのが、センリュ村の村の宝 であり、当時六歳にも満たなかった『神謡姫 シャラ』である。
シャラの神謡姫としての能力のひとつに、予知夢というものがあるのだが……それは何の前触れもなく発揮される。
この朝もまた、そうだった。
「フウリさま……」
まだ夜が明けきらぬ薄暗い時分 、寝台で横になっていたフウリはその小さな声に、パッと目を覚ました。
すぐさま体を起こし、枕元に置いてある蛍石 の覆いを外すと、室の中がぼんやりと浅緑色に照らされ明るくなる。
声のした方へと視線を向けると、フワフワと流れるような長い銀髪の少女が佇 んでいた。
「シャラ、どうした? 具合でも悪いのか?」
幼い頃から身体の弱い彼女だが、いつにも増して顔色が青白い。
フウリは眉をひそめて立ち上がり、棚に畳んで置いてあった自分の羽織 を取ると、華奢 な彼女の肩にかけてやる。それから寝台に腰掛けるように促し、自分もその隣に腰を下ろした。
と、冷えきったシャラの手が、救いを求めるようにフウリの服の裾をキュッと掴んだ。
「夢を……見ましたの……」
小さな鈴の音を鳴らしたようにも聞こえるシャラの声は、かすかに震えている。そしてその言葉に、フウリの鼓動は不自然に跳ね上がった。
シャラの様子からすると、その夢が『予知夢』であったことは間違いない。おまけに、それがあまり良くない内容であることは、青ざめた表情を見れば明白だ。
しかし、ここで自分まで落ち着きを失ってはいけない、とフウリは小さく頭 を振ると、気を取り直して微笑 みを浮かべた。
「どんな夢、だったんだ?」
「……この村に、何かが近づいているみたいなのです。でも、それがなんであるのか、よくわからなくて、不安で……」
「何か、というのは人か? まさか、エランクル?」
フウリの問いに、シャラは俯 いたまま首を横に振る。
「わからないのです。エランクルの者たちであれば、もっと、闇が迫ってくるような恐怖があるのですが……そういった感じはなくて。でも、なぜか無性 に悲しくなってきて……」
目を覚ました後も、夢の残り香は消えぬまま。いてもたってもいられなくなり、思わず隣の室で眠っていたフウリのところへ来てしまったのだという。
「……その感じは、もしかして、私を見つけてくれた時に似ていたりする?」
冷たくなったシャラの手を、そっと温めるように握り締めたフウリは、静かに尋ねた。
村が滅ぼされ、独りになっていたフウリのことを予知夢に見た時も、悲しくて、起きてからも涙が止まらなかったという話を、以前シャラ自身に聞いたことがあったからだ。
その問いに、シャラはその時の事を思い返そうとしているのか、目を閉じた。
「……少しだけ、似ていますわ。でも、あの時とは違う、嫌な予感がするのです」
「わかった。夜が明けたら、私が村の周りをいつもより念入りに見回ってくるよ。だから、シャラはもう一度休んだ方がいい。不安なら、ここで一緒に眠るかい?」
「ありがとうございます。でも、ガセツもいますし……それに、わたくし、もうすぐフウリさまと同じ十六歳になるんですもの……」
シャラは恥ずかしそうに微笑むと、静かに後をついてきていた彼女の守獣 である白狼 のガセツと共に、自室へと戻っていった。
そうして夜明けと共に、フウリが月毛 の愛馬ミコゼに跨 ったところで、弓術 の稽古に向かおうとしていたハヤブサに出くわし、二人で見回りに出ることになったのだった。
村を囲む山はみな、過去に噴火したことのある活火山であり、今なお有毒なガスを噴出している場所も存在する危険な地域だ。
しかし、本来ならば安心して住めるような環境ではないこの地に村を構えているのは、自然よりも脅威となる敵――『エランクル』から身を守るためであった。
十年前、広大なノチウ大陸の南西沿岸部に、黒い髪と瞳、褐色の肌をもつ『黒い民』、エランクルと呼ばれる者たちが人知れず上陸した。茶色い髪と瞳、白い肌を持つノチウは『白』を神聖なものと考え、真逆の色である『黒』を邪悪なものとして捉えていたこともあり、彼らの存在は脅威の対象として映った。そしてノチウは、彼らの恐ろしさを、身をもって知ることとなった。
ノチウにとっては見たこともなかった銃火器による虐殺、資源の強奪、土地の侵略―― 運悪く、南西沿岸部に居を構えていたいくつかの村が、わずかな間に壊滅されたのだ。
フウリはそんな滅ぼされた村々のうちのひとつ、鍛冶で名の知れたユゥカラ村で唯一の生き残りだった。そして、彼女の存在を不思議な力で見つけ、助け出すきっかけを作ったのが、センリュ村の
シャラの神謡姫としての能力のひとつに、予知夢というものがあるのだが……それは何の前触れもなく発揮される。
この朝もまた、そうだった。
「フウリさま……」
まだ夜が明けきらぬ薄暗い
すぐさま体を起こし、枕元に置いてある
声のした方へと視線を向けると、フワフワと流れるような長い銀髪の少女が
「シャラ、どうした? 具合でも悪いのか?」
幼い頃から身体の弱い彼女だが、いつにも増して顔色が青白い。
フウリは眉をひそめて立ち上がり、棚に畳んで置いてあった自分の
と、冷えきったシャラの手が、救いを求めるようにフウリの服の裾をキュッと掴んだ。
「夢を……見ましたの……」
小さな鈴の音を鳴らしたようにも聞こえるシャラの声は、かすかに震えている。そしてその言葉に、フウリの鼓動は不自然に跳ね上がった。
シャラの様子からすると、その夢が『予知夢』であったことは間違いない。おまけに、それがあまり良くない内容であることは、青ざめた表情を見れば明白だ。
しかし、ここで自分まで落ち着きを失ってはいけない、とフウリは小さく
「どんな夢、だったんだ?」
「……この村に、何かが近づいているみたいなのです。でも、それがなんであるのか、よくわからなくて、不安で……」
「何か、というのは人か? まさか、エランクル?」
フウリの問いに、シャラは
「わからないのです。エランクルの者たちであれば、もっと、闇が迫ってくるような恐怖があるのですが……そういった感じはなくて。でも、なぜか
目を覚ました後も、夢の残り香は消えぬまま。いてもたってもいられなくなり、思わず隣の室で眠っていたフウリのところへ来てしまったのだという。
「……その感じは、もしかして、私を見つけてくれた時に似ていたりする?」
冷たくなったシャラの手を、そっと温めるように握り締めたフウリは、静かに尋ねた。
村が滅ぼされ、独りになっていたフウリのことを予知夢に見た時も、悲しくて、起きてからも涙が止まらなかったという話を、以前シャラ自身に聞いたことがあったからだ。
その問いに、シャラはその時の事を思い返そうとしているのか、目を閉じた。
「……少しだけ、似ていますわ。でも、あの時とは違う、嫌な予感がするのです」
「わかった。夜が明けたら、私が村の周りをいつもより念入りに見回ってくるよ。だから、シャラはもう一度休んだ方がいい。不安なら、ここで一緒に眠るかい?」
「ありがとうございます。でも、ガセツもいますし……それに、わたくし、もうすぐフウリさまと同じ十六歳になるんですもの……」
シャラは恥ずかしそうに微笑むと、静かに後をついてきていた彼女の
そうして夜明けと共に、フウリが