センリュオウジュの下で *3*
文字数 2,140文字
ユィノの家でおいしいトゥレ汁で腹を満たした後、ハヤブサは農作業へ、ユィノは薬草を摘みに出かけていった。
先の頭痛の件もあり、いきなり連れ回しては身体に障 るのではないかと、カケルをシュンライの工房に送り届けたフウリは、ユィノの家でまだのんびりと過ごしていたシャラを連れ、家へ帰ることにした。
歩いていると、シャラが何かを言いたげに視線をチラチラと向けてくることに気付き、フウリは首を傾げた。
「シャラ、どうかした? 私の顔に、トゥレ団子のクズでも付いてる?」
「いいえ……あの……」
なおも言い淀むシャラに、フウリはある事を思い出した。
「もしかして、カケル殿のこと? 彼に会ってみて、何かわかった?」
「……彼が記憶を失っているというのは、本当でしたわ。心が……寂しさと不安に包まれているのを感じたもの……」
ようやく口を開いたシャラは、まるで自分もその寂しさと不安に同調してしまったかのように、目を伏せた。
「それは私も感じたな。何と言うか、胸の奥が強く締めつけられるような? あぁ、でも、シャラも感じたというのなら、彼はやはり嘘をついてはいないのだな。エランクルとも関係なさそうか?」
「その件ですが……実は少し自信が持てませんわ。失っている記憶の中に、エランクルと関わっている何かがあったとしても……そこまではわかりませんもの」
「なるほど……」
当人が記憶していないことまでは、さすがのシャラもわからないらしい。
「それよりも、わたくしが気になっているのは……フウリさまのことですわ」
「私?」
「六花文様 のこと、カケルさまに話してらっしゃらないのですね? それどころか最近、文様入りの服を着ないようにしているのは……なぜですの?」
フウリは思わぬところを指摘され、苦い笑みを浮かべながら前髪をかきあげた。
「うーん、まぁ、なんとなく話しづらいっていうかさ……」
「その仕草(しぐさ)……ごまかそうとしても、わたくしにはお見通しですわよ」
シャラの鋭い指摘に、フウリはとうとう観念した。付き合いの長い彼女に秘密事はできないようだ。
「……わかった。話す……」
フウリは、カケルが六花文様の手巾の持ち主を探しているかもしれないこと、そしてそれが自分ではないと思うのに、変に期待を持たせるようなことはしたくないのだと、正直に打ち明けた。
それで最近、六花文様入りの刺繍が入った服は着ないようにしていたフウリなのだった。
「他にも隠していることがおありですよね。今朝、ユィノ姉さまのお話を聞かずに、何をぼんやりと考えていたんですの?」
「それも気付いてたのか。まったく、シャラには敵 わないなぁ……」
ユィノたちが怪訝そうにしていた時、シャラが話題を無理やり朝餉 のことに変えて助けてくれたようだったのは、気のせいではなかったのか、とフウリは頬をかいた。
「それもカケルさまに関することですわよね?」
「うん、あの時、カケル殿に頭を撫でられて……何かを思い出しかけた気がしたんだ」
温かくて、大きな手が、頭を優しく撫でてくれる感触――。
「もしかしたら、小さい頃……私が失くしてしまった記憶の中で、父上や母上にそうされたことでもあったのかなって……ちょっと色々と考えてしまってね」
この村に来てから、育ててくれたユィノや長老エミナ、ノンノやシュンライ、色んな人に、たくさんの愛情をもらうことができたのは、幸せなのだと思う。
けれど時々、本当の両親や、いたのかもしれない兄弟姉妹のことを思い出せないことが寂しいと思ってしまう。失った衝撃や悲しみ、嫌な過去だけを忘れて、綺麗な過去だけ思い出したいと思うのは、とてもワガママで、ずるい気がするのだ。
「……フウリさま、ごめんなさい」
「どうしてシャラが謝るんだい?」
「だって……フウリさまに悲しい顔をさせてしまったもの……」
そう言いながら、シャラの方が目を潤ませ、今にも泣き出しそうな顔になっている。
「私は大丈夫、もう気にしてないよ。だから、シャラも笑ってくれるといいな」
フウリはその場に身を屈めると、俯いているシャラの顔を覗き込み、いつも通りの笑顔を浮かべてみせた。
「ほら、早く笑わないと、ハヤブサに泣き虫ってバカにされてしまうぞ?」
「まぁっ、それはちょっと癪 ですわ! ハヤブサさまの方が、泣き虫でしたもの!」
パッと顔を上げ、頬を膨らましたシャラに、フウリは噴き出した。
「はははっ……だよな。アイツ、少し前までピーピー泣いてたくせに、最近やたらと血の気が多くなったというか……何をあんなに怒ってるんだか」
「ふふっ、本当ですわね」
「あ、笑った! そうそう、やっぱシャラが笑うと、私も元気になれる気がするな」
「まぁ……」
二人が呑気にもそんなやり取りを交わしながら家へ戻ると――、
レオクからカケルとの今朝の打ち合いに関して報告を受けていたエミナの雷が落ちてきた。
が、他の家長たちを含めた長い話し合いの末、シャラが今のカケルに危険性を感じていないこともあり、彼を正式にセンリュ村へと受け入れる方向で話がまとまったのだった。
先の頭痛の件もあり、いきなり連れ回しては身体に
歩いていると、シャラが何かを言いたげに視線をチラチラと向けてくることに気付き、フウリは首を傾げた。
「シャラ、どうかした? 私の顔に、トゥレ団子のクズでも付いてる?」
「いいえ……あの……」
なおも言い淀むシャラに、フウリはある事を思い出した。
「もしかして、カケル殿のこと? 彼に会ってみて、何かわかった?」
「……彼が記憶を失っているというのは、本当でしたわ。心が……寂しさと不安に包まれているのを感じたもの……」
ようやく口を開いたシャラは、まるで自分もその寂しさと不安に同調してしまったかのように、目を伏せた。
「それは私も感じたな。何と言うか、胸の奥が強く締めつけられるような? あぁ、でも、シャラも感じたというのなら、彼はやはり嘘をついてはいないのだな。エランクルとも関係なさそうか?」
「その件ですが……実は少し自信が持てませんわ。失っている記憶の中に、エランクルと関わっている何かがあったとしても……そこまではわかりませんもの」
「なるほど……」
当人が記憶していないことまでは、さすがのシャラもわからないらしい。
「それよりも、わたくしが気になっているのは……フウリさまのことですわ」
「私?」
「
フウリは思わぬところを指摘され、苦い笑みを浮かべながら前髪をかきあげた。
「うーん、まぁ、なんとなく話しづらいっていうかさ……」
「その仕草(しぐさ)……ごまかそうとしても、わたくしにはお見通しですわよ」
シャラの鋭い指摘に、フウリはとうとう観念した。付き合いの長い彼女に秘密事はできないようだ。
「……わかった。話す……」
フウリは、カケルが六花文様の手巾の持ち主を探しているかもしれないこと、そしてそれが自分ではないと思うのに、変に期待を持たせるようなことはしたくないのだと、正直に打ち明けた。
それで最近、六花文様入りの刺繍が入った服は着ないようにしていたフウリなのだった。
「他にも隠していることがおありですよね。今朝、ユィノ姉さまのお話を聞かずに、何をぼんやりと考えていたんですの?」
「それも気付いてたのか。まったく、シャラには
ユィノたちが怪訝そうにしていた時、シャラが話題を無理やり
「それもカケルさまに関することですわよね?」
「うん、あの時、カケル殿に頭を撫でられて……何かを思い出しかけた気がしたんだ」
温かくて、大きな手が、頭を優しく撫でてくれる感触――。
「もしかしたら、小さい頃……私が失くしてしまった記憶の中で、父上や母上にそうされたことでもあったのかなって……ちょっと色々と考えてしまってね」
この村に来てから、育ててくれたユィノや長老エミナ、ノンノやシュンライ、色んな人に、たくさんの愛情をもらうことができたのは、幸せなのだと思う。
けれど時々、本当の両親や、いたのかもしれない兄弟姉妹のことを思い出せないことが寂しいと思ってしまう。失った衝撃や悲しみ、嫌な過去だけを忘れて、綺麗な過去だけ思い出したいと思うのは、とてもワガママで、ずるい気がするのだ。
「……フウリさま、ごめんなさい」
「どうしてシャラが謝るんだい?」
「だって……フウリさまに悲しい顔をさせてしまったもの……」
そう言いながら、シャラの方が目を潤ませ、今にも泣き出しそうな顔になっている。
「私は大丈夫、もう気にしてないよ。だから、シャラも笑ってくれるといいな」
フウリはその場に身を屈めると、俯いているシャラの顔を覗き込み、いつも通りの笑顔を浮かべてみせた。
「ほら、早く笑わないと、ハヤブサに泣き虫ってバカにされてしまうぞ?」
「まぁっ、それはちょっと
パッと顔を上げ、頬を膨らましたシャラに、フウリは噴き出した。
「はははっ……だよな。アイツ、少し前までピーピー泣いてたくせに、最近やたらと血の気が多くなったというか……何をあんなに怒ってるんだか」
「ふふっ、本当ですわね」
「あ、笑った! そうそう、やっぱシャラが笑うと、私も元気になれる気がするな」
「まぁ……」
二人が呑気にもそんなやり取りを交わしながら家へ戻ると――、
レオクからカケルとの今朝の打ち合いに関して報告を受けていたエミナの雷が落ちてきた。
が、他の家長たちを含めた長い話し合いの末、シャラが今のカケルに危険性を感じていないこともあり、彼を正式にセンリュ村へと受け入れる方向で話がまとまったのだった。