第7話

文字数 2,454文字



   三


 先程の騎馬武者は、一時間ほどで戻ってきた。鎧や小具足などといった装束は脱いでどこかに置いてきたようで、今は水色の小袖に薄茶色の袴を着け、ざんばらだった髪はちゃんと結って髷にしている。

「そちたち三人はわしについて参れ。お屋形さまと若殿がじかに吟味なさるそうじゃ」

 待ちくたびれて門の脇に坐り込んでいた久明たちにその侍は言ってから、三人と一緒に門外で監視を兼ねて待機していた配下の侍たちに、ついてくるようにと顎で合図した。

 久明を先頭にして侍の後についていくと、厩舎やいくつかの小屋の前を抜けて、その先にある無骨な庭に通された。そこにはウメやカキなど、実が保存食になる木が植えられており、地面には小櫃川の河原に転がっている石を砕いたような、白灰色で少し粒の粗い砂利が敷き詰められているが、枯山水にあるような奇岩や銘木などはなく、見て楽しむ庭園にはなっていない。恐らく出陣や首実検の儀式などに使うための空間なのであろう。

「お屋形さまがいらっしゃるまで、そちたちはここに坐って待っておれ」

 侍は砂利の上に敷かれた一枚の莚を目で示した。

 三人は靴を脱ぎ、指示された通りに坐った。右から久明、久太郎、隼人の順である。侍はその横に床几を出して腰を掛け、ギョロ目をはじめ、配下の者たちは三人の後ろに控えた。

「こういう風に坐らされていると、これから奉行所でお裁きを受けるみたい。そのうちに大岡越前か遠山の金さんが、裾がすんごく長いズボンみたいなやつを、バッサバッサと引きずって出てきたりして」

 久太郎は左右を見ながら軽口を叩き、

「〽気前が良くて二枚目で~、ちょいとヤクザな遠山ザクラ~」

 と、テレビ番組の主題歌を口ずさんだ。

「これは時代劇なんかじゃないんだよ。もしこのまま元の時代に戻れなかったらどうしよう……」

 隼人はうなだれて、蚊が飛んでいる時の羽の音のように細い声で呟いた。

「それならそれでいいんじゃない? ところで砂利、痛くね?」

 久太郎は天性の楽天家である。不安げな様子は微塵もない。

「こんな時になに言ってるんだよチョロQは。もし帰れなかったら大変だよ、母ちゃんも心配してるだろうし……」

 隼人は神経質で線の細い母親を思い出し、無性に悲しくなった。

「そのうちに帰れるよ。ジャイアンは心配性だな」

「チョロQが楽観的すぎるんだよ」

「当たり前だよ。今じたばたしてもしょうがないじゃん」

「………」

 隼人は黙った。久太郎のくそ度胸には呆れたらしい。

「もしも向こうに帰れなかったら、オレは侍になる。合戦に出て、バッタバッタと敵を斬り伏せてやるんだ」

 久太郎は眼を輝かせながら、両手で刀を持つ格好をした。

「能天気な奴だ。我々はこの時代の人たちにしてみれば、宇宙人並みに妖しい者なんだぞ。侍なんかになる前に、下手をすれば殺されてしまうかもしれん」

 久明は正面にある、板葺き屋根の付いた渡り廊下を見据えながら、浮かれている久太郎をたしなめた。

「大丈夫だよ。父ちゃんだってさっき言ってたじゃん。縄で縛られていないから殺されることはなさそうだ、って」

「それはこれから出てきて我々の弁明を聞く殿さまの、胸の内次第だ。莚の上とはいえ白洲に坐らせられているんだから、我々は犯罪者に近い扱いだ。父ちゃんが上手く説明できなかったら、みんなあの世行きだぞ」

「そうかなあ~」

「そんなあ……」

 久太郎はこの状況を楽しんでいるようにも見えたが、隼人は青くなって震え上がった。



 ほどなくして、廊下を複数の人物が渡ってくる足音がした。

「お屋形さまと若殿のお出ましじゃ。頭を下げよ」

 三人の脇に坐っている侍が一同に声を掛けた。久明と隼人は両手を筵につけて平伏した。それを見て久太郎も慌てて同じ姿勢をとった。

 廊下を渡ってきた一団は、久明たちの前で立ち止まった。何かを話し合う小声が聞こえる。

「面をあげよ」

 正面から低く深い声がした。

 久明たちは頭を上げた。廊下には初老で貫録のある侍と、三十代と思われる精悍な顔つきの侍が床几に腰を掛けていた。二人とも烏帽子を被り、白い小袖と大帷(おおかたびら)をあわせて、その上に藍色の直垂を着ている。その周りには、刀を捧げている少年が二人と、数人の武士が控えている。

「余はこの館のあるじ、里見権七郎義堯である。こちらは太郎義舜、余の倅じゃ」

 里見義堯と名乗った初老の侍は口を開き、腹に響き渡るような低音を発した。久明たちは、威に圧せられて、無意識のうちに上げたばかりの頭を下げた。

「その方の名を申せ。直答してよいぞ」

 義堯の顔付きは、丸顔というよりはやや四角みを帯びている。義舜はそれよりもやや面長である。二人とも戦国武将らしい鋭さがあるが、義堯の目つきには柔和さがある。

 義堯の木像は令和の世に現存していて、JR久留里駅のすぐ南に建つ正源寺という寺に安置されている。他にも南房総市本織(もとおり)にある延命寺という里見家の菩提寺は、かつて歴代の木像を所蔵していたが、それらは関東大震災で破損してしまい、今は写真でしか見ることができない。

 久明はそれらの画像を記憶の中から引っ張り出し、

(この人物が里見義堯と義舜か。以前写真で見た木像とはあまり似ていないな。実物の方が、よほど威厳がある)

 と思いつつ、少し頭を上げて答えた。

「はい、私は岡本久明という者です。こちらは息子の久太郎、その向こうは久太郎の友人で佐久間隼人といいます」

「岡本と佐久間、と申したな。それは本当にそなたたちの名字か?」

 頭上で義堯よりやや高い声がした。これは義舜の声であろう。この二人の言葉は他の者より分かりやすく、三人にも容易に理解できる。

「間違いございません」

「岡本と佐久間か。ふーむ、そなたたちには何やら曰くがありそうだ」

 義舜は久明たちの名字にこだわっているようである。

「まあよいではないか。して(よわい)はいくつじゃ」

 義堯は義舜を遮り尋問を続けた。

「私は四十六歳で、こちらの二人は十二です」

 久明は、満年齢ではまずいかな、と思い、少し考えてから数え年に換算して答えた。


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