記憶にございません

文字数 1,305文字

 暦というのは面白いもので、ここ2年はまさに立秋の日の夜に秋の虫の声がしはじめた。いや、暦っていうのはそういうものだろう、というのは大変にごもっともな意見ではあるが、日中が三十五度超えの猛暑日にもかかわらず、なので、これまた感慨ひとしおなのである。秋来ぬと目にはさやかに見えねども虫の声にぞ驚かれぬる。ぬるぬる。
 秋バテ、というのがあるらしい。あまりにも過酷な夏を乗りきってほっとした、というのが原因なのだそうだが、なんだか燃え尽き症候群を思わせる。そりゃ真っ白に燃え尽きたくもなるさ、二カ月以上もこんなフライパンの上にいたら。ゆっくり休みな、人類。
 もうトシなのに加えてこんな暑さだから頭がぼーっとしちゃって、人の名前とか言葉とかがとっさに出てこなくなっちゃって困るんさ、と七十代の姐さんが先日茶を啜りながらぼやいていた。いやあ私は高校生の頃からそんななんで、と言ったら、だっはっは! と大笑いしてくれたが、まあそうやって笑ってくれるからこちらも楽しいのである。顔が覚えられない、というのはどうやらそうした特性であるらしく、有名人でいうとブラッド・ピットさんなどが公表している。相貌失認、というのだそうだが、そんなんがあるなんて知らないうちはずいぶんと悩んだものだ。逆に、名前の記憶はそこそこ良い。かなり前ではあるが、テレビ中継で一度見ただけの競走馬の名前も覚えていたことがあり、そこまで強烈な特徴のあるものではなかったんだけどなあ、と嬉しくなったことがある。オレ、徹底的な記憶ダメダメ人間じゃなかったんだぜぇ。人間の情報記憶にはいくつかタイプがあって、画像記憶、文字や言葉による記憶、聴覚による記憶など、人によって得意分野が異なるのだそうで、そこまで支障が出ていなければ気にすることもないという。いや、人の顔がなかなか覚えられんのは支障出まくりだとは思うんだがなあ。
 ただ、不思議なことに、中には一発で完璧に覚えられてしまう相手というのもいる。数回会っても覚えられない人との分岐点がいったい何にあるのかは謎なのだが、おい、俺の脳ミソ、どうなんだい? やれるのかい? やぁーる!!! となったら一発でやるんだろう。きっと。
 もともと容量が極端に少なくて、動作を軽くするためにHDDを外付けにすることでようやく脳ミソを回してきた口だ。バイトに変換するなら(アルバイトではない)、きっと1メガバイトもないんだろう。だから、もともと記憶に割く力は捨てているというのはある。つまり、メモ魔だ。メモしてばんばんスペースを空けていかないと日々の思考も回せない。せっかくいいアイディアが浮かんでも、その場で捕まえてメモしておかなければあっという間に走り去ってしまうのだ。幸運の女神には前髪しかない、なんて言うが、まさにあれ状態だな。
 ところで疑問なのだが、女神様を捕まえるには髪を掴むしかないんだろうか? というか、神様を無理やり取っ捕まえるなんて、それだけで不機嫌になられたりしないのかしらん。まあ愚かな人間のやることなんだから、愚かな行為をしても許してやりまひょ、とか寛大な女神様は思ってるんだろうかなあ。知らんけど。
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