何はともあれ、飯を食え 

文字数 920文字

 座右の銘を持つ人は少なくないだろう。有名人のインタビューなどでも、それを尋ねる項目が設けられていることもしばしばだ。
 恥ずかしながら、今まで座右の銘を持っていなかった。いや、尋ねられればもっともらしい答えを返してはいたのだが、本心から滲み出るような実感の籠ったものではなかった。
 病弱ではないが、さほど屈強な体質でもない。そこへ多忙とトラブルが群をなしてやってきたら、いきなり異世界に転生したらチートヒーローでした、みたいなことにならない限り、潰れる。しかも、カエルのような声を上げて一気に潰れるなら自分も周囲も分かりやすいが、ゆでガエル方式に徐々にやられる。厄介なことに、困難に立ち向かうという興奮状態にあると、体調がいいとすら感じてしまうこともあるのだ。
 少し前、逆らえない立場の人(大変気さくで聞く耳を持つ人ではあるが)に食事に誘われたことがあった。ちょうどその時期、どうしようもないくらい食欲がなくて、日に一度くらいしか食事していなかったのだが、起き抜け(世間一般では昼飯という)にかつ丼セットをご馳走になることになった。有難いと思いつつ、想像だけで尻込みする気持ちが正直なところ強かったのだが。
 やたら体調がいいのだ。それまでの体の重さや気分の落ち込みはドッキリ企画のマボロシだったのかと思うくらい、その日の午後は翼が生えていた(例のドリンクは飲んでいない)。とはいえ、要因がそれだけとは限らないし、物事というのは常に複数要素が絡んで成り立っている。
 であるからして、数週間、極力食事のみを変数とし、自らをモルモットにしてみた。プイプイ。
 結果。はっはっ、見ろ、疲れがゴミのようだ。
 ──何というたわけた話をしているのだろうか、と思う人は幸運なのである。そしてどうか、その幸運を手放さないようにしてほしい。誇張でも何でもなく、健康より大事なものなどない。ある、と言いたいところだが、壊してみれば分かる。覆水はたとえ多少盆に返せたとしても、その総てを手の内に戻すことは決して叶わない。
 心の底から、腹の底から、今言おう。我が座右の銘は、これだ。「何はともあれ、飯を食え」。
 結局、人を動かすのは理想でも情熱でもなく、飯なのである。
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