恐怖の毛玉

文字数 1,914文字

 ネタばらしになるが、怪談ではない。しかしそれに勝るとも劣らない恐怖体験であることに変わりはないから、心構えはよろしく頼む。
 全身に柔らかな毛が生えている手のひらサイズの毛玉を知っているだろう。いや、まっくろくろすけではない、ホームセンターやペットショップなどでも見かける、誰にでも見える類いのものだ。心配になるほど細くて短い四肢で、実に器用に毛繕いをし、ふかふかつやつやになったまんまるボディをドヤ顔で見せつけてくる、あいつらだ。
 あれが我が家に、いる。たった今、5代目チューソウルブラザーズが飯よこせムーヴを目の前でぶちかましているところだ。ジャンソウルブラザーズとしては4代目なのだが、3代目ジャンソウルと同時期にゴールデンソウルの初代がいたので、チューソウルブラザーズとしては5代目にあたる。
 ──薄々お気付きだろうが、毛玉の一般名は「ハムスター」という。手のひらに楽々乗るサイズだし、なんだったら手のひらで爆睡する。あと、少し大きめのペレットを枕にして、それを齧りながら寝落ちすることもある。具合が悪いんじゃないかと心配になるから、是非ともやめていただきたい。
 それにしても、あんなものが恐怖とは何たる怯懦、と思われるかもしれないが、知らぬが仏とはまさにこの事。
 まず、ヤツラは絶対的に自分が可愛いことを知っている。アイドルが自分の一挙手一投足に注目が集まるのを悟っているのと同様、ヤツラも見られていることを意識し、たまにチラ見してこちらの反応を確認しながら、きゅるんと丸い大きな黒いお目目であざといポーズを決めてくる。そうしていると、人間が気付かぬうちに「何してても可愛いねー、存在丸ごと可愛いすぎ罪」とか素でほざく段階にまで訓練が完成すると本能的に分かっているのだ。恐ろしすぎる。ギルティ。
 ハムスターは無表情、などと言われることもあるが、そんなことはない。耳の動きに加え、人間と同様、目つきや口元でけっこう語ってくる。テリトリーであるケージ内のハウスで腹を天に向けて爆睡中、ふん掃除で安眠妨害されたときなど、もんどりうって起きるが早いか目を三角に吊り上げて侵入者ハンドに突進し、かわいいお口をにえええ、と開けて猛抗議する。ただこれは少なからず寝惚けているかららしく、起きている時には鼻先まで手を近づけて作業しようが、せいぜいお鼻をくっつけてくるかペロペロ舐めてくる程度だ。そして、ケージから出て散歩したい時とお腹が空いた時には、とっておきの可愛いお顔で要求を呑ませようとしてくる。お耳をぺたんこに倒し、お目目をきらきら輝かせ、お口はちょっとだけ開けて口角を上げる。食事の際には、人はテーブル、人は椅子、というのが彼らのモットーのようで、自分専用の皿からは食べようとせず、わざわざ人の手にペレットを置かせた上で、その手のひらや膝に足を投げ出して座り、天然床暖房でぬくぬく優雅なディナーを楽しむ。我が家の歴代ズはやったことがないが、中にはラッコスタイルで食事をする猛者もいるらしい。まったく、美人局は違法であるぞ。ギルティ。
 さて、ノロケが続いたが(自覚はあるのだ)、最後は純粋な恐怖で締め括ろうと思う。ハムスターはげっ歯類だから、齧ることイコール生きることである。だから、何かを齧ることに対する抵抗感は皆無らしい。そして、個体差はあるものの、ハムスターはかじり木という、ただただ齧るだけが目的の枝を好む。
 その事件を起こしたのは二代目ジャンソウルである。彼はおチビの頃から甘えて噛むのがコミュニケーションだと思っていた節があるのだが、ある時、寝惚けながらむにゃむにゃ手のひらに乗ってきた。目の前にはかじり木によく似た……。生きながらにして、しかもこんな手のひらサイズの毛玉によって、自分の骨の音を聞く日が来ようとは思ってもみなかった。命の危険という発想をどこか地中に埋めてその場所を忘れてしまったらしい彼は、絶妙な弾力性と中心部の硬さがすっかり気に入ったようで、耳をぺったんこにして目を閉じ、このスペシャルかじり木を楽しんでいる。さて、ここでクエッション。この大福餅を一切傷付けることなく、一刻も早く人間の指を救出するにはどうすればよいか。──正直、このミッションインポッシブルをどうやって切り抜けたのか、まったく覚えていない。拍子抜けするほど出血もなく痛みも残らなかった我が指と、悠然とケージに帰っていく凶暴毛玉の後ろ姿を茫然と見ていたことだけを鮮明に覚えている。
 翌日、二代目はいつもと何ら変わらないテンションで膝に駆け上がってき、ディナーを平らげると、そのまま一時間ほど床暖房つき爆睡を楽しんだのだった……。
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