第4話 ブリーフィング

文字数 4,982文字


11月18日
コロラド州 デンバー以北

              ――EC145機内




【22:12現在】


 離陸してすぐ、通信で呼び出しを受けたイメルダを待つ間、ジュード達は他のYDSメンバーと手短に顔合わせを済ませた。
 野球帽を逆向きに被るアフリカ系の通称“メジャー”に白人の髭もじゃ“バックス”。そして噛み煙草をマズそうに味わう年配者は“ベイル”と名乗った。
 いずれも業界人らしく、“軍人崩れ”か司法機関からの転向組を匂わすものの、ベイルだけは望んだ境遇ではなかったのか、落ちぶれたような“やさぐれ感”をひとり漂わせていた。
 その心象がジュード達の表情に出てしまっていたらしい。

「なんだ、五十の親父(ロートル)がいちゃ迷惑か?」

 話しが“経歴”に触れた途端、話しを三段跳びに飛躍させたベイルが、不機嫌な顔で絡んできた。
 「別に」と応じるのはエンゲルだ。

「あんたが“やれる”と思い、あんたの仲間が“信じる”というのなら、それでいい」
「テキトーにいうなよ」

 あしらわれてたまるかと、ベイルが上目遣いに睨めつけてくる。
 これでは悪酔いしたおっさんだ。
 エンゲルは黙って右足の裾をまくり上げた。

 現れたのは血の通う肉でなく、暗がりに光る無機質な“鋼鉄の足”。

 視線を貼り付かせるベイルの耳に「普通なら、二度と現場には戻れない」哀しみも憤りも感じられないエンゲルの淡々と発する言葉が届けられる。
 諦めたというよりは、事実を告げるだけの声。
 そこに熱が入れられる。

「だが、この業界は違う。案件の数だけ会社の求める人材は様変わりし、それに適合する能力さえ示せれば、手足の数さえ(・・・・・・)不問にできる(・・・・・・)。――俺のように」

 そうしてエンゲルが「あんたもそうだろう」と五十歳を迎えた熟練者を静かに見る。

「会社に認められたから、ここにいる。そのことに他人が口を挟む余地はない。一ミリもな」
「その通りだ」

 毅然と相づちを打ったのは、いつの間にか通信を終えていたイメルダだ。

「付け加えれば、ここにいるメンバーは、与えられた状況の中でベストの人選をした結果だ。替えなどきかない。全員がだ――なのに勝手に卑下して、無用の諍いを起こすのは、やめにしろ。いいな?」

 凄みのある碧眼に見据えられ、ベイルが肩をすくませる。ジョークだろうと云いたげに。
 イメルダが仕切り直しのつもりか、あらためて宣言する。

「では待たせたな。作戦概説(ブリーフィング)を始めるぞ」

 そこで過度に場の空気が引き締まらないのは、軍隊と民間との違いなのだろうか。
 あくまでほどよい緊張感を保ちながら、各人各様の態度で思考だけは研ぎ澄ませ、美しき女兵士の言葉に耳を傾ける。

「我々が向かう先は、ロッキー山脈の中腹に建設された『セオドラ疾病対策研究所』だ――」

 情報開示について詳細を詰めたのだろう。
 まずはジュードが識るのとほぼ同じ内容の説明が繰り返され、明朝の(・・・)事件発覚までに――当局が介入する前に撤退することを求められる。
 そう、これはあくまで極秘任務なのだ。
 そして何より肝心なのは、人命よりも“機密情報の確保”が優先されること、加えて全員に『機密保持規定の遵守』が課せられることなどをイメルダは冷厳と言い放つ。

「もう一度云う。“機密情報の確保”が任務達成の条件だ。プロとして、優先順位を忘れるな」

 ダリオが気遣うようにジュードへ視線を向けるだけで、機内に異論の声は上がらない。問題はその後だ。

「先ほど、先発していた偵察ヘリから新しい情報が入った。ヘリポートすぐの屋外に、銃殺された警備員の遺体を発見した」
「決まりだな」

 ダリオの呟きにイメルダが頷く。

「今も施設とは連絡が取れていない。我々は、“戦闘行為も辞さない過激な環境テロ”が起きていることを前提に、現地行動することになる。
 その目標となる重要機密『ブラック・データ』だが――」
「筐体型のパソコンと同じくらいの大きさです」

 クォンが手で膝上くらいの高さを示しながら補足を入れる。

「要するに大容量の『記録装置』でして、ここに研究室専用で利用されているパソコンのデータをバックアップする仕組みになっています。
 つまり、我が社で三億ドル以上を投資する、研究所成果のすべてが、旅行カバンほどの装置に集約されるわけです。
 当然ながら、いざという時の持ち出し搬送を想定し、対衝撃・対破壊仕様の特殊ケースで保護され、銃弾だって跳ね返す万全の対策を図っています。
 そして有事の際には『緊急移送プロコトル』に従い、優先的に装置を脱出させるわけです」
「その“有事の際”とは――」

 口にしかけたジュードへ「“環境テロ”もあてはまる」とイメルダが先回りする。

「必然、『緊急移送プロトコル』の発動も視野に入れて、現地行動の指針を決めることになる」
「それで、実際にはどうするんだ?」

 説明を求めるダリオに、応じるのはクォンだ。

「プロトコルのポイントはふたつです。原則、地下にある記録装置は担当研究員の手によって持ち出され、同じく地下に設けられた『第2監視室』の警備員に守られながら、地下3階の『機密保管室』へ運び込まれます。
 その後、地上から援護の警備員が来るのに併せ、安全であれば、記録装置を地上階にある『第1監視室』へ。状況によっては、護送ヘリの到着を待ってから、直接ヘリポートへと運び出すことになるわけです」
「そうなると――」

 理解したと頷くジュード。

「俺たちは現地到着後、テロリストを警戒あるいは排除しつつ、まずは『第1監視室』に向かい、そこに記録装置がなければ『機密保管室』を目指すことになるわけか」
「なんかヤバくなりそうですね」

 ぽつりと洩らす拗ねた目付きの娘に全員の視線が集中する。 

「テロリストが外の巡視員を速やかに倒したところで、さすがに侵入はバレたはずです。なら、警備側のとる行動は記録装置の施設外搬送を中止して、保管室に立て籠もるのが道理でしょう」
「あー、確かに」

 クリスの云わんとすることをダリオも理解したらしい。

「警備員が奥に立て籠もり、テロリストがエントランスホールを占拠して封じる形だな。当然、監視室も抑えておき、外部からの新手にも対応したいところだ。施設からの応答がないのも、そういうことだろうよ」

 こうして事態が硬直する。
 そこにジュード達まで加われば、“警備員VSテロリストVS実行部隊”の三つ巴戦の完成だ。クリスが危惧するとおり、状況の複雑化は明朝4時までの任務達成を困難にさせるため、歓迎できない展開だ。
 ただその前に、確かめるべき点がある。

「今のはテロリストが、監視室を手中に収め、さらに防衛拠点を築けるかどうかが鍵になる。実際どうなんだ? 施設の構造を知りたいな」

 ジュードに話を振られてクォンが慌てたようにタブレットを引っ張り出す。

「えー……そうですね。こんな風に施設は『ビジター・センター』と連絡路で繋がる『研究所』のふたつに分けて構成されています」

 そうして掲げるタブレット画面に描かれているのは、岸壁中腹の岩棚らしき地形に建築された“3階建ての構造物”と岸壁奥に内包された“地中型構造物”の二種類だ。
 さらにクォンが画面をタップして、『ビジター・センター』1階部分の見取図を展開させ、よく見えるようにクローズアップさせる。

「正面玄関奥を中心に、右サイドが『休憩エリア』で左サイドが『警備員エリア』になってます。『第一監視室』は『警備員エリア』の奥ですね」
「シンプルで守りやすいな」

 苦い顔になるダリオ。

「このエリアを占拠すればテロリストの天下だ」
「そう簡単か?」

 疑問を呈したのはエンゲル。

「警備員エリアということは、警備の戦力が集中する場所だ。簡単に落ちるとは思えんが」
「プロトコルの手順を思い出せ」

 そう諭すのはイメルダ。

「援護の警備員が『機密保管室』に向かう手順があったろう」
「ああ、“戦力の分散”か」

 記録装置でなく、監視室を中心に“戦力の動き”を考えれば、そういう話になる。

「そうだ。施設に常駐している警備員は全部で9名と聞いている。外の巡視で二人が殺られて残るは7名。しかし『機密保管室』に装置を運び込んだ者と援護に向かう者を除けば、半分削っても残り4名がいいところ」

 その少数で警備員エリアの防御を堅め、それ相応の準備をしてきたであろうテロリスト相手にどこまで持ち堪えられるか。
 エンゲルが深刻げに云う。

「都合良く考えても、テロリストの戦力に押し込まれて脱出もままならず、『機密保管室』に立て籠もるのが精々か」

 そこで抱える短機関銃を心細く感じたのはジュードだけではなかったろう。警備員と同じ武装レベルの自分達にとっても、他人事ではないのだから。

(仮に――)

 ジュードは夢想する。
 仮にテロリストが強力な突撃自動小銃(アサルト・ライフル)対人手榴弾(ハンド・グレネード)など軍隊並のレベルで武装していたら。
 あるいは一人でも優秀な作戦指揮官を雇っていたら、彼らとの戦闘は、予想を遙かに越える激戦になるのは想像に難くない。 
 その思いもまた、誰もが同じ。
 息苦しい沈黙に、ヘリのローター音がやけに大きく聞こえる。しかし。

「こっちの戦闘員は8人だ」

 低く揺るぎない、女兵士の声。
 歴戦の強者を思わすその声に、はっとしたような顔で皆の視線が向けられる。

「そしてこの施設は、軍事施設だった場所を買い取り、大規模改装した施設だと聞いている。基本、壁は特殊な高強度コンクリート仕様――ライフル弾でも貫通はしない。
 分かるな? テクニカルな戦場で物を言うのは、“兵器の差”じゃない。“兵士の差”だ。腕前で上回る我々こそが、奴らを圧倒できるっ」
「そうともっ」
「ビビる理由はねえ」

 低く吼えたのはメジャーとバックス。

「高額のST(シルバー・チップ)をテロリストのケツに叩き込んでやる」

 そう昂ぶるのはベイル。そんなYDSの気迫に煽られたのか、珍しくクリスが意気込みを覗かせる。

「先に当てるから問題ない」
「感覚派のおまえはいーだろうが、繊細で緻密な俺はそうもいかん」

 ここで平然と水を差すのはダリオだ。

「そういうわけで、テロリストのケツを掘るのは任せるから、仲間のケツは俺に守らせろ。――突撃の際は最後尾だ(・・・・)

 キメ顔で後方配備を宣言するダリオのケツを「そうはいかん」と女兵士の剛直な声が蹴り飛ばす。

「おい――」
「現地ではYDSをチームA、カラーレスをチームBで分けることになる。役割分担は、チームAがクォンと発見した装置の護衛、チームBには斥候兼強行班として前衛に出てもらう。これは決定事項だ」

 反論を許さぬイメルダの宣言に、ダリオが救いを求めて社長(ジュード)を見るが、無情にも首を横に振られるだけだ。加えて、

「危険手当も報酬の内だ」
「……っ」

 身も蓋もない。
 すでに達観したジュードの目は先の戦場を見つめており、これではダリオも黙るしかない。

防弾盾(シールド)も貸してやるから、安心して突撃しろ」

 他人事のように告げるイメルダに「いらねーよ」とダリオは撥ね付ける。無論、自暴自棄になったわけではない。

「代わりに連中を片付けたら、ふたりで(・・・・)祝勝会だ」
「?」

 眉をひそめるイメルダに「女がその気にさせるだけで、男は頑張れるものなんだよ」とダリオが真顔で語る。どうやらアプローチのつもりらしい。

「オレに期待するな」

 だが返されたのは、冷め切った声音にただ美しいだけの無表情。
 フラれた親友の肩をジュードが無言で叩き、ベイルまでが彼らしくない真面目な顔つきで囁いた。

「いいガッツだ」

 気まずいどころか、妙な連帯感が機内を満たす。
 まあヘタな緊張感は、いたずらに兵士の心を消耗させるだけで、百害あって一利無しだ。
 ほどよく打ち解け合えたのはダリオの功だろう。
 だが、今の危機的状況を正確に理解しているイメルダと当事者であるクォンの表情は、強張りをほぐせないまま。

 時刻は午後10時42分。

 事案発生の8時45分から、もうすぐ二時間が経過しようとしていた――。


********* 業務メモ ********


●実行部隊の構成
 チームA(YDS)
 【班長(リーダー)】イメルダ、バックス、メジャー、ベイル
 チームB(カラーレス)
 【班長(リーダー)】ジュード、ダリオ、クリス、エンゲル
 ※基本、クォンはチームAに帯同
  基本、チームBを単独前衛として展開
  (即席チームのYDSに比べて総合的な戦闘力が上であるため)
  
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