第6―1話 研究所本棟へ

文字数 4,494文字

11月18日
ビジター・センター

               ――『第1監視室』




【23:00現在】


「――コレだな。見つけたよ、監視カメラの映像」

 施設のシステムに触れるのは初めてらしく、操作に手間取っていたクォンが、ようやく目的のものを探り当てる。

「まずは『ビジター・センター』の映像を」

 待ちかねたイメルダの要請で、中央の大型画面にいくつものライブカメラ映像が分割画面で展開される。
 基本は“通路の監視映像”と休憩室など“共有スペースの監視映像”の組み合わせ。寝室などのプライベート空間は監視の対象外としてきっちり保護されているようだ。
 
「おい、あんまり動かすな」

 分割画面の切り替えを前後に揺さぶる手荒い操作にイメルダが苛つくと、

「すまないね。でもシステムに慣れる必要があるから、少し我慢してくれ」

 悪びれた様子もなくクォンが受け流す。
 その態度に思わずジュードが視線を向ければ、イメルダのそれとかち合った。
 つい先ほどまで、存在感を霞ませるほどびくつい(・・・・)ていた(・・・)男が、今は横柄な態度をとるほどの自信に溢れている――クォンの意外な変化に女兵士も同様の印象を受けたのだろう。
 確かに酔いが回ることを切っ掛けに、あるいは車を運転することで、笑っちまうほど“キャラ化け”するヤツが世の中には存在する。差し詰めクォンの“鍵”になったのは――

「――パソコンいじりか」
「そのチンケな言い回しは、よした方がいいね。差別的なニオイがするよ」

 口をついて出たジュードの言葉に、真意を知らぬクォンがダメ出しする。その間にも画面の回しがスムーズになってゆき、ピンチアウトの応用で、分割数の増減や映像単体の拡大や縮小まで自在にこなせるようになってくる。
 これならクォンの“キャラ変”も悪くはない。
 画面上ではフロア1階の見覚えある映像から、まだ見ぬ通路の映像へと切り替わっていく。

「2階は警備員と一般従業員の『宿泊エリア』。3階は来客用の『宿泊エリア』。そして屋上だ」

 画面隅に表示されるタイトル通りに、クォンが映像箇所の概要を説明する。
 屋上は雪崩等の対策としてスノーシェッド型の屋根で防護され、空いている空間に貯水タンクらしきものが設置されているようだ。
 監視システムはセンター内のほぼ全空間を網羅しているように見え、結局どこにも人影などは見当たらない。

「とりあえずセンター内は安全だな」

 呟くイメルダに、「寝室のチェックは?」とジュードが指摘する。

「カメラでカバーできない箇所がある。手分けして潰すなら、二人一組の四班編制が妥当だろう」

 だがその案をイメルダは却下する。

「すでにテロリストは岸壁の向こう側で、時間を無駄にする余裕はない。――最悪、奴らの手によって“データの消去”もあり得るからな」
「冗談じゃないっ」

 声を上擦らせたクォンが振り返る。

「奪われるのも、消されるのもダメだっ。それを防ぐために、君たちを雇ったんだからな!」
「落ち着け。弾も跳ね返すくらい頑丈なんだろ?」

 それにプログラム上のガードも堅牢に構築したはずだ。
 そうジュードがなだめれば、「最悪を想定するのは当然だ」と空気を読まないイメルダが煽るような真似をする。

「まったく、そのとおりだ」

 我が意を得たりと、大きく頷き返すクォン。

「防御の構築にどれだけ頑張ったところで、ハードもソフトも決して完璧には作り得ない。必要な道具と時間さえあれば、テロリストだって装置を壊し、記録をコピーすることくらいできるのさ。
 だから余計な回り道をしないで、今すぐ『機密保管室』へ捜しに行くんだ。しつこいようだが、データの確保が最優先――これは依頼人としての至上命令だ。いいね?」

 なぜかジュードに向けて力強く言い切ると、「そうだ、まず安全確認を――」とクォンが慌てて映像を切り替える。そんな彼の姿に唇をかすかに歪めるジュード。

こういう面は(・・・・・・)良くないな」
「何だって?」
「別に。いや、そうだな……だったら、あんたはここに残ってフロアの監視をしてくれるか? できれば、ここに通じるドアをロックして砦化するのがベストだ」

 それなら、テロリストがどこかに潜んでいても容易には近づけず、クォンを孤立させても心配ない。
 さらに通行制限でセンターを独立させれば、ジュード達自身も、背後から襲われる不安を拭え、捜索に専念できると。

「いいね。願ったり叶ったり、だ」

 ひとり安全地帯にいられるとあって、クォンは素直に喜びを露わにする。
 そうこうするうちに、ディスプレイ上の分割画面がセンターから研究所本棟へと移り変わっていく。
 画面隅には、


   『Institute 1F(residence)』
    (研究所 1階 居住区画)


 のタイトルが。
 さらに画面を切り替え続けながら、クォンは『通話』のアイコンをクリックして、『機密保管室』をコールする。

「ここは隔離部屋(セイフティ・ハウス)になってるから、食料や水の蓄えも万全だ。その気になれば一ヶ月の立て籠もりが可能なんだ。当然、外部に情報を与えないため、カメラは設置されていない。できるのは――」

 そうしてクォンは実行中の『通話アイコン』を暗に差す。
 これで籠城しているはずの警備員と連絡がとれれば、事態を把握し、手詰まりとなっていよう状況打破の可能性までが見えてくる。
 ようやく事態が動き出す予感に、クォンの言動は冷静さを取り戻し、ジュードとイメルダの熱い視線が画面上の“呼び出しモーション”に注がれる。だが。

「――おかしいな」

 10秒、20秒経っても先方がコールに応じる気配はない。
 二度コールを切ってやり直すも、結果は同じ。
 三度目にはクォンの表情や物腰から、浮かれた感じがすっかり拭い去られていた。
 
「いない……? いや、そんなはずないっ。移送で最も安全な場所は『機密保管室』しかないんだ」
「テロリスト共に突破されたかもしれん」

 さらりと状況悪化の可能性を口にするのはイメルダ。
 しかしクォンは断固と首を振る。

「ありえないっ。映画風に云えば、核シェルター並の設計だ。そう簡単に突破されるわけがない」
「だが不可能じゃない」 
「だから簡単じゃないって――」
 
 語気を荒げるクォンが、そこで何かに気付いたように、ふと口を閉ざす。

「…………そうだよ、そうだろっ。今まさに、ドアが壊されようとしているから、立て込んでて応答できないんじゃないか?!」

 互いの言い分を両立させる妙案に、薄笑いを浮かべるクォン。
 「だったら――」そう口にしながら、途中でやめていた映像画面の切り替えを勢いよく再開させる。
 フロア指定を『B3』に切り替えて――


   『Institute B3(Sample Park)』
    (研究所 地下3階 試料公園)


 目当てのものを捜し出すと、なぜか大型画面上にはふたつみっつの映像があるだけで、他の階に比べて圧倒的にカメラ数が足りていなかった。

「これだけ? ここは別に、監視対象外になるようなモノなんて……」
「たぶんそうじゃない」

 首を傾げるクォンにジュードが、いくつかの映像フレームを指差し慎重に訂正する。

「例えばココやココ――飛び石で(・・・・)、ぼんやりと明かりが映り込んでいる映像がある。つまり、空きフレームにもカメラの(・・・・)割り当てがあると(・・・・・・・・)いうことだ」
「それじゃ――」

 咽を詰まらせるクォンの代わりにイメルダが答えを口にする。

「テロリストに照明を壊されたな」
「俺たちのような“覗き魔”を気にしてか?」

 ジュードの揶揄するような口ぶりに取り合わず、「理由はともかく」とイメルダが続ける。

「“連中の勝利”が目前なのは間違いなさそうだ」
「なら、早く何とかしないとっ」

 淡々と構えるイメルダの態度に苛立ちを隠せぬクォン。
 もっと詳細な状況が掴めないかと、映像補正の設定をいじり倒すも、無駄な足掻きだ。生きているカメラも絶対的な光量が足りておらず、一部をのぞいて映像の大半がブラックアウトしたまま改善は見られない。
 見かねたイメルダが、もういいと制止する。

「直接見に行った方が早い。クォン、目的地までの監視映像をすべて見せろ。ルート上だけでもチェックする。ジュードは他のメンバーに出発準備をさせてくれ」
「だったら――」

 クォンが提案する。

「地中の『研究所』じゃ電波の通りが悪い。警備員専用のネット回線が構築されているから、チームの携帯無線で使えるようにリンクさせよう。それと、とりあえず君たち二人分だけでもパスカードを準備する。そうすれば別行動も可能になるからね」
「頼む」

 頷くイメルダを横目に、ジュードは早速皆の元へ急ぎ、装備の再チェックを命じた。 

「テロリストの仕業と思われるが、目指す『B3』の屋内ライトが消えている。各自ライトの備えを忘れるな」
「まさか、あちらさんは暗視装置(ノクト・ビジョン)なんて持ってないよな?」

 当然の不安を口にするメジャーに、「それならM84を喰らわせればいい」とジュードはぶっきらぼうに返す。
 タイプが赤外線にせよ光源増幅にせよ、閃光グレネードで目つぶしすれば形勢をひっくり返せると。
 
「まあ何でもいいから、俺達の援護が間に合うまでに全滅しなけりゃいいってことだ」

 そう他人事のようにベイルが笑い、

「おい、少しは活躍の場を持たせてやろうぜ」
「まだカラーレスの腕前を拝んでいないからな」

 後衛のお気楽さか、バックスとメジャーまでが悪ノリする。
 当然、真っ先にダリオが反発し、

「はん、お前らの手なんかいるもんかよ」
「いいや――必要なら手は借りる」

 逆に意地でも手伝わせると、嫌だと言わせない迫力でベイルを睨むジュード。

「……あ、ああ……構わねえぜ」

 想定外の反撃にちょいと鼻白むベイル。
 それに溜飲を下げたようにジュードはからりと雰囲気を変え、締めくくるように手を打ち鳴らす。

「さあ、無駄口はここまでだ。とっとと任務に取りかかろう。――手遅れになる前に」

 事案発生から時間が経ち過ぎているせいで、どうしてもこちらの推測より、事態は一歩先に進んでいる。
 今度も間に合わず、より事態が深刻化するのか?
 結果、装置を守れず任務失敗に終わるのか。
 さすがに不安を滲ませるジュードの表情が、他のメンバーに伝わり、やがて警備室の空気を重苦しくさせていった――。 


********* 業務メモ ********


●確定事項
 ・『ビジター・センター』に人影なし。
 ・『B3』の監視カメラは大半が故障。
 ・『機密保管室』からの応答なし。

●行動方針
 ・『機密保管室』へ向かう。
 ・携帯無線機を施設内回線とリンクさせる。
 ・各班長にIDカードを作成。

●無線機の通話システム
 ボタンを押せば発信し、離せば聞き役に徹する方式。グループ内なら他者のやりとりも聞けるが、グループ外は周波数が違うので傍受不可。
 ただし切り替えスイッチの付いているジュードとイメルダの班長だけは、スイッチ操作で通信グループを選択できる。これは指示の混線を防ぐためである。
 なお監視室で無線統括しているクォンだけは、常時、スイッチも使わずに全員への同時発信と傍受ができるようになっている。
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