第8話 戦場
文字数 7,967文字
11月18日
研究所本棟 B3
――『Room 03』
【23:23現在】
「襲撃? ――すぐに行くっ」
詳しい話しはあと。
だが即答したはずのジュードは、すぐには動けなかった。
現状の異常事態について、答えられるかもしれない者が目の前にいる。ならば支援要請の対応をダリオ達に任せ、自分は残るべきではないか――そう躊躇する背中をクリスの声に押される。
「ここは大丈夫」
力強い言葉にジュードは目を向けた。
しっかり頷くクリス。
拗ねた目付きのシマリス顔が、良い意味で太々しく見えるから実に頼もしい。
それで決心が付いた。
「頼む」
短く告げてジュードは室外へ飛び出した。
「エンゲル、チームAが襲撃を受けた。エレベータの準備をっ」
走りながら無線で命じれば、「箱は呼んである」との冷静な応答が。ならばとチーム全体に向け、ジュードは行動方針を発する。
「全員に通達。こっちも収穫があったから、クリスを残すことにする。支援要請に応じるのは、他の三人だ」
≪了解≫
≪……了解だ≫
そこで返事がワンテンポ遅れたダリオは、やはりクリスを単独行動させることに不満があったらしい。ポイントで合流するなり、方針の見直しをそれとなく促してくる。
「いいのか? バックアップなら、俺とエンゲルに任せるのも手だぞ」
「いや、これでいい」
ジュードはきっぱりはねつける。
クリスをみくびるなと。
それに“部屋で籠城する”と戦術的に捉えれば、何とかなるとの打算があった。しかし、あっち の状況は深刻だ。ジュードには厭な予感がしてならなかった。
急いでエンゲルの下まで駆け戻り、『第二エレベータ』に乗り込んだところで再び無線が入る。
≪こちら――ダ。まだ――ないの、か?≫
「ダメだ、聞こえない。もう一度!」
≪――――!! ――、――?!≫
通信障害じゃない。
女兵士の焦れた声に“銃声”や“怒鳴り声”がノイズのごとく混じり込み、聴き取りにくくなっているだけだ。特に興奮しきったベイル達の罵声と荒い息づかいは、異様な切迫感に満ちていた。
あいつら、何やってる?!
ゼェハァ、ゼェハァッ
くそっ、エレベータがねえぞ!!
戻れ、バックス
バァ――ックス!!
ダメだ、とても間に合わねえっ
いいから持ちこたえろ、
撃て撃て撃て撃て撃て――――っ
TATATA、TATATA……
TATAN、TATAN
Pyu、Pyun
TATATATA!!!!
激しく刻まれる銃声に弾丸が空気を切り裂く音。
器物が割れて砕けて粉となり、電気がショートして火花が飛び散る音が入り乱れる。その凶悪な暴力の嵐に、誰かの悲痛な叫びや何者かの断末魔の声が呑まれて消えた。
「……ちっ」
ジュードが眉間に深い皺を刻みながら『B4』パネルを強く連打する。
それで降下速度が上がるわけでもない。
だが何もせずにはいられない。
無線越しに硝煙を嗅ぎ、血風を目にするような臨場感に、ジュードの焦りは高まるばかり。
≪まだか、ジュード!!≫
再度の無線要請。
ジュードはもどかしげに言葉を返すのみ。
「もう少しでエレベータが到着するっ」
≪さっさとしろ。バックスが――≫
そこで鼓膜を直接平手打ちされたような衝撃がジュードを襲った。
「――!!」
弾かれたように無線機を突き放し、顔をしかめるジュード。
耳の奥を突き抜け脳髄の芯までキーンという高周波で貫かれ、一瞬、思考がフリーズする。間違いない。誰かが虎の子の閃光音響手榴弾 を使ったのだ。
「どうした?!」
「――っでも、ない」
声を掛けてくるダリオに大丈夫だと手を振って応じるも、苦悶の表情は隠しきれない。当然、グループA無線を傍受できないダリオは、状況が掴めぬもどかしさにジュードを睨む。
「ジュード、あっちで何かあったんだな?」
「……」
「おい、ジュードっ」
ダリオに腕を鷲掴みにされて強引に振り向かされる。だがジュードは答えず彼の身体を押し退ける。
「……できるだけ脇に寄れ。ドアの先は地獄だぞ」
それだけ指示したところで、エレベータの下降が音もなく止まる。目的のフロアに着いたのだ。
「今、『B4』だ。注意して――」
ジュードが無線で連絡すれば、
≪違う 、そこじゃない ≫
思わぬ指摘が返されたところで、ドアが開いた。
前方へ神経を尖らせるジュードの耳に、さらなる想定外の発言が届けられる。
≪オレ達は『B7 』にいる ≫
「――は? 『B7』?」
確かにドアの先は、敵も味方もいない無人の通路だった。
不気味なほど静まり返った通路は、無線から想像するそれとは真逆の世界。
いや、別の新たな問題が。
床には薬莢ひとつ落ちておらず、照明を跳ね返すほど磨かれてキレイなのに、壁には少量とは言えない血のシミが付着していた。それも勢いよく弾かれたような派手な血飛沫が 。
(どこもかしこもイカレてやがる――っ)
「――ジュード?」
想定外の状況に戸惑うダリオが、それでも油断なくUMP9を構えながら足を踏み出す。そして『B7』のワードを聞き咎めたエンゲルは、射抜くような視線をジュードに向けていた。
「降りるなっ。目標はここじゃない。もっと階下 の『B7』だ」
あらためて制するジュードに、エンゲルが眉をしかめて不信感を露わにする。当然、頓狂な声で抗議するのはダリオだ。
「『B7』? どういうこった?」
その疑念は『研究所本棟』が“地下6階構造”であると事前レクチャーを受けていたことにある。それが7階まであったと聞かされれば、困惑するのも当然だ。
「“機密事案”は『B4』だって話しだろ? 政府も絡んでる秘中の秘だ。なら、それより地階 ってことは……」
「さらに上位の“最高機密事案”――未来人か宇宙人でも商売相手にしているんだろう」
ジュードにだって分かるわけがない。
ふて腐れたように返した後、よく見れば表示されていた、行き先指定パネルの『B7』を掌でぶっ叩く。
おそらく本来ならば、セキュリティ・チェックの関係で表示されない“隠しフロア”のはずだ。しかし、テロリストの手でセキュリティがリセットされたことにより、今や秘密が秘密でなくなった。
だからこそ疑念は強まる。
相手は本当に、ただのテロリストなのか?
「マジで厭な予感しかしねえぞ、ジュード」
硬い声のダリオも同じ想像を抱いたのか。
それを脳裏から追い払うようにジュードは強く首を振る。
「今は余計な雑念を捨てろ。すぐに『B7』に到着するぞ」
「けどよ――」
「――“想定外”にすぎる。予測を裏切るのが現場の常、でもな」
エンゲルまでが不満を口にして、より事態の深刻さを浮き彫りにする。それでも。
「集中しろと云ったはずだ。間違って味方の背中を撃たれちゃかなわん」
ジュードが強引に話しを打ち切ったところで、エレベータが停止した。
全員の表情が引き締められ、今度こそはと身構える三人。
睨み付けるスチール扉越しに、くぐもって聞こえるのは断続的な銃声と金切り声。
いやでも伝わる。
扉の向こうは、正しく“戦場”だ――。
「開くぞっ」
ジュードが無線で呼びかけたところで、スライドするドアの隙間から激しい戦闘音が迸ってきた。
ほぼ同時に躍り込んできたのは、機材を荷台から溢れそうなほど積み上げた一台のカート。
「「「?!」」」
反射的に引き絞ったトリガーを、三人ともが限界間際で押し留められたのは、奇蹟に近い。その眼前を、カートは制動も掛けずに突っ切り、勢いよく奥壁に激突して止まる。そこで力尽きたようにカートの手摺りにもたれかかるのは、髪振り乱すクォンであった。続けて、
「どけぇ――――!!」
UMP9を片手撃ちで操るベイルが、脂汗を滲ませながら後退りしてきた。その顔面が蒼白となっているのは、激闘による疲労のせいばかりではない。もう一方の手で押さえる首筋から、ぽたぽたと鮮血を滴らせているためだ。
「くたばれ、この、化け物が !!」
何に恐怖しているのか、ベイルは血走った双眸で前を睨み据え、何度も何度もトリガーを引き絞り、弾倉が空になるまで撃ち続ける。
「うぉらあああああああ!!!!」
GBRRRYA!!
BRAGRYYYY!!
血混じりの唾を飛ばし、絶叫するベイルの声にだみ声のような獣声が混じる。それも何匹分もの奇怪なる獣声が。
GYURRRR――
BRRRGR!!
GYABABA!!
ばらまかれた銃弾に指や耳を飛ばされ、肩や脇腹を抉られてもなお、そいつら の勢いは止まらない。その程度の損傷であれば、着弾の衝撃で転がり倒れても、まるで痛みなど感じていないかのように、すぐさま跳ね起き再び走り始める。
機敏さをウリにする“新世代ゾンビ”のように。
床を跳ね、倒れた仲間を足蹴にし、時に四つ足を思わせる動きでイメルダ達に猛然と追いすがる。
決して逃がさぬ、逃がしてなるものかと。
おまえらの肉も骨も食らい、啜り、しゃぶりつくすまで――。
そう。
ジュード達もはっきりと、それ を見た。
“老け顔の小人”にしか見えない不気味な生き物が、奇声を発し、殺意に歪めた凶相で、わらわらと通路を走り込んでくるその狂乱ぶりを。
おお、その醜さよ。
肌は濃緑色で顔は鬼相持ち。
振り上げた両手の爪は鋭く尖り、涎を溢れさせる唇の端から犬歯を覗かせる様相は、人を嬲り、喰らう悪鬼のそれ。
あるいは幻想小説に出てくる邪鬼そのものだ。
事実、何匹かの両手と胸元に口回りは、粘液質の赤黒い液体で汚れきっていた。
「なんだ、これ――」
半ば呆けた顔のダリオが言葉を途ぎらせ、ジュードとエンゲルは口もきけずに悪夢のごとき光景を食い入るように見る。
飛び散る体液と肉片。
興奮しきった怒声と嬌声。
銃弾の猛威にも怯まず、狂喜をその表情に貼り付かせて襲い掛かってくる醜悪なる生物。
これが現実か?!
歴戦の強者でさえ、覇気を失い、たじろがされる狂気にジュード達が発砲を忘れて立ち尽くすのも当然のことであった。
だが狂乱の最前線でただひとり、敢然と邪鬼の侵攻を食い止めていた鉄面の女兵士が、SMGを乱射しながら最後に乗り込もうとする。
「イメルダ……」
我に返ったジュードが感嘆に呻き、寝ぼけるなと云わんばかりにイメルダが叫ぶ。
「ドアを閉じろ!!!!」
「おい、他の連中は――」
驚くダリオを片手で制するのはエンゲル。
姿が見えない事実を察しろ、と。
だがその一悶着が余計なロスとなり、ドア前で踏ん張るイメルダを危地に晒す。
「閉めろと云った――」
左腕に食らい付いた邪鬼を、イメルダはSMGからナイフに持ち替えるや刺し殺し、足下にすり寄ってきた別の一匹を蹴り飛ばす。
だが横から躍りかかる邪鬼に、
「くっ……」
ガードが間に合わないイメルダを、間一髪、踏み込んだジュードがSMGのストックで殴り倒して、「ダリオ!」と叫ぶ。
歯噛みしながらパネルを操作するダリオ。
ジュードと共にようやくイメルダがエレベータ内へ踏み込んだ瞬間、
BHOOOO――――!!
無情にも重量オーバーのブザーが冷徹に響く。
こんな時に?
誰もが絶望的な表情を浮かべ、イメルダさえもがびくりと身体を硬直させる中、ジュードが咄嗟にクォンを押し退けた。
「ちょ、なんだよ?!」
「どいてくれ、イメルダ」
ジュードの意図を察したイメルダが素早く脇に避ける。
「手伝え、ダリオ」
「りょーかい、ボス」
「――待て。やめろ!」
遅れて気付いたクォンが制するも、ジュードは構わずカートを外へ引っ張り出そうとする。
両腕に全体重を乗せていくジュードに後ろから押し込むダリオ。
横からエンゲルも手助けに入り、三人でボブスレーばりの強烈な押し掛けを敢行するっ。
「「「ンのらああ!!」」」
一度動き出せば、勢いづいて慣性力が働く。
すぐにエンゲルが離脱し、ジュードとダリオの二人で力強く床を蹴り、邪鬼の群れに重量物のカートを突っ込ませた。その両脇を心得たような支援射撃で蹴散らすのはイメルダとエンゲル。
「押せ押せ――――!!」
「がああああああああっ」
重量カートが通路を激走し、一時的な逆襲がはじまった。これには体重の軽い邪鬼では抗えるはずもない。
GYABI?!
GBU、
GYEE!!
激しい衝突に数体の邪鬼が巻き込まれ、轢き倒され、その倒れた邪鬼の上にカートが乗り上げる。
「うお?!」
「ヤベ――」
咄嗟に危険を察知して手を放した二人の前で、カートはあっけなくバランスを崩して派手に横倒しとなった。
たかだか数メートルの大反攻。
それでも邪鬼共の勢いは明らかに落ち込み、逃走への転機とするには十分だった。
仕上げにジュードは閃光音響手榴弾 を放り込む。
「退くぞっ」
「当然!」
ジュードはエレベータに向かってダッシュした。
ダリオも態勢を崩しつつ、懸命に反転ダッシュする。
「早くっ」
手招くイメルダ。
「ボス!」
叫ぶエンゲル。
エレベータまでの、たったの数メートルがひどく遠くに感じられて。
すぐ背後で炸裂音。
閃光で周囲のすべてが一瞬白く輝いて、ほぼ同時に強烈な音圧にジュードは背中を叩かれた。
「……っ」
幸か不幸かジュードの耳はすっかり馬鹿になっていた。おかげで足をもつれさせることもなく、エレベータ内へ滑り込めたのは、やはり幸運だったと思うべきか。
逃げ足の速いダリオが先に跳び込み、一瞬遅れでジュードがエンゲルに抱き留められるや、狙っていたようにエレベータのドアが閉まる。
「……ハァハァハァハァ……」
まるで百メートルの全力疾走後だ。
固くめをつむり、ただひたすら酸素を求めて肺が痛くなるまで激しく呼吸を繰り返す。その背に、
「悪くない機転だ」
冷静に声かけしてくるイメルダ。だが弾かれたように顔を上げ、ダリオが胸ぐらに掴みかかる。
「てめ誰のせいで――」
「よせっ」
咄嗟に身体ごと戦友にぶつかるジュード。
呼吸を荒げたまま、渾身の力で壁へと押しやり、
「あとで事情を聞かせてもらうぞ――」
拒否を許さぬ強い口調でイメルダに要求する。
同時に「我慢しろ」とダリオに目顔で訴える。
なぜなら今は、この“ふざけた状況”への詰問を後回しにして、目下の緊急事案に注意を向けねばならないからだ。
「ベイル、しっかりしろっ」
切迫したエンゲルの呼びかけがジュードを始め三人の耳朶を打つ。
正に今、すぐ足下で、ぐったりと腰を下ろした中年戦闘員が、力のない虚ろな眼差しを宙にさまよわせていた。
特に肌の血色が悪すぎる。
失血のせいだとすれば危険な状態だ。
「こいつはマズい……」
ベイルの傷口を押さえるクォンが、指の間から滲み出てくる血流に悲愴な声を洩らす。
「……とにかく、血を止めるんだっ」
ダリオから身を離したジュードが班長にだけ支給された医療キットから、止血帯 を取り出し手渡す。
「強く押せっ。圧迫止血で止めるしかない」
「医務室は?」
「ある。1階フロアの東端だ。けど医者がいない」
「その問題は後だ」
焦りや苛立ちの混じる言葉が、狭いエレベータ内に飛び交う。
動脈まですっぱり破れているとは思えないが、放置できる流血の量ではない。なのに、医療キット程度の道具では対応できないのが明らかであった。
「とにかく、医務室に連れて行こう。医療器具がそろっていれば、どうとでもなる」
ジュードの判断にイメルダからも異論は無い。
どのみちエレベータは上昇をはじめており、後戻りしたくてもできないのだ。
もちろんこの状況で、探索の続行を主張する者などいるはずもなかったが。
「これ、二人で運ぶのはマズくないか?」
冷静さを取り戻したからこそか、そばで見守っていたダリオの気づきにジュードも頷く。
「ああ、首に負荷はかけられない。エンゲル、ベイルを負ぶえるか?」
「やるしかない」
承諾するエンゲルがクォンに武器を預け跪く。
「先に頭部を固定するぞ」
エンゲルがベイルのSMGを彼の背中に差し込んで、外したSMGのストラップを使って、銃身と頭部を縛り付ける。
次にベイルを何とか持ち上げ、エンゲルに背負わせた。その際、ベイルの頭部を固定した背中のSMGをクォンが背後から支え続けたのは言うまでもない。
当然、移動する際もクォンの役目は外せない。
かなり苦しい形だが、これでいくしかなかった。
「オレがケツを持つ」
イメルダが後方警戒を申し出て、「頼む」と任せるジュード。さらに全員の役割分担が決まったところで、
「――クリス、聞こえるか?」
階上に孤立させたクリスを無線で呼び出した。
≪こちらクリス。首尾はどうです?≫
「重傷者一名。マズい状況だ。撤退するから、『第1エレベータ』で合流しろ」
命令を伝えた上でジュードは確認する。
「例の“荷物”はどうだ? 運べるか?」
≪問題ないです≫
さすがに彼女ひとりで運べるはずもない。つまりは相手が自力で動けるということだ。
安心したジュードに、班長特権で無線を傍受していたイメルダが当然の質問を投げ掛けてくる。
「何の話しだ? “荷物”とは?」
「“生存者”だ」
その一言でイメルダの表情が厳しくなる。
別にわざと秘密にしていたわけではない。
「物音がしたんでチェックしたのさ。気のせいかと思ったが、念のため、調べた部屋に“死体の山”があってな」
そこで生存者を発見したのだと。
ジュードは“最初の嘘”に“興味深い事実”をさりげなく積み重ねてイメルダに伝える。
「ほとんどが銃弾でやられたものじゃなかった。おそらく、あれも化け物の仕業なんだろう」
「おい、だったら――」
急に切迫したイメルダの声音にジュードも同じく気がついた。
今語った事実から、階下にいた奴らの同種が『B3』にいる可能性が生まれると。
タイミング良く、エレベータが到着する。
「クリス応答しろっ」
ドアが開き、無線に呼びかけるジュードの声が通路に響く。
「返事しろ、クリス!」
繰り返しジュードが呼びかける中、状況を見守る愚を犯さずにダリオが真っ先に飛び出し、遅れてジュード、そしてエンゲル達が続く。
最後方はイメルダだ。
「クリス!!」
≪静かにして≫
ようやく、かすれて聞こえたクリスの囁き。それに違和感を感じれば、
≪……奥に気配を感じる。厭な感じがする≫
やはりそうか。
ジュードの緊張感が一気に高められる。
「奴らだ。奴らがこのフロアにいる可能性がある」
≪奴ら?≫
だがジュードの焦りはクリスに伝わらない。
いや、彼女は彼女で危機を察知している。
ならば無駄話せずに早く合流することが先決だ。
「とにかく俺達が合流するまでエレベータを死守しろ。すぐに行く」
≪……了解≫
交信アウトした途端、先頭のダリオが喚き出す。
チーム内の通信は自動傍受するからだ。
「ちくしょうっ、こっちにもいやがるのか?!」
「騒ぐな。奴らに気付かれる」
それでもダリオは小声でわめく 。
「ああ、くそっ。こうなったら、ベイルをエレベータに乗せるまで、俺達三人で “壁”になるしかねえぞ」
動揺する割には、女兵士にだけ“ケツ持ち”させるつもりはないらしい。意外な気概を見せるダリオにジュードは笑みを零す。
「わかってるようで、安心だ」
「あ、何がだ?」
「いい加減にしろっ」
イメルダの叱責がクォンとエンゲルの苦笑を誘うのだった。
********* 業務メモ ********
●負傷者リスト
【死亡】YDS2名(メジャー、バックス)
【重傷】YDS1名(ベイル)
●発見者リスト
研究員(?)1名
●現在位置
クリスと生存者……『B3』の『第1エレベータ』付近
ジュード達…………『B3』の『第1エレベータ』へ向かう途中。
研究所本棟 B3
――『Room 03』
【23:23現在】
「襲撃? ――すぐに行くっ」
詳しい話しはあと。
だが即答したはずのジュードは、すぐには動けなかった。
現状の異常事態について、答えられるかもしれない者が目の前にいる。ならば支援要請の対応をダリオ達に任せ、自分は残るべきではないか――そう躊躇する背中をクリスの声に押される。
「ここは大丈夫」
力強い言葉にジュードは目を向けた。
しっかり頷くクリス。
拗ねた目付きのシマリス顔が、良い意味で太々しく見えるから実に頼もしい。
それで決心が付いた。
「頼む」
短く告げてジュードは室外へ飛び出した。
「エンゲル、チームAが襲撃を受けた。エレベータの準備をっ」
走りながら無線で命じれば、「箱は呼んである」との冷静な応答が。ならばとチーム全体に向け、ジュードは行動方針を発する。
「全員に通達。こっちも収穫があったから、クリスを残すことにする。支援要請に応じるのは、他の三人だ」
≪了解≫
≪……了解だ≫
そこで返事がワンテンポ遅れたダリオは、やはりクリスを単独行動させることに不満があったらしい。ポイントで合流するなり、方針の見直しをそれとなく促してくる。
「いいのか? バックアップなら、俺とエンゲルに任せるのも手だぞ」
「いや、これでいい」
ジュードはきっぱりはねつける。
クリスをみくびるなと。
それに“部屋で籠城する”と戦術的に捉えれば、何とかなるとの打算があった。しかし、
急いでエンゲルの下まで駆け戻り、『第二エレベータ』に乗り込んだところで再び無線が入る。
≪こちら――ダ。まだ――ないの、か?≫
「ダメだ、聞こえない。もう一度!」
≪――――!! ――、――?!≫
通信障害じゃない。
女兵士の焦れた声に“銃声”や“怒鳴り声”がノイズのごとく混じり込み、聴き取りにくくなっているだけだ。特に興奮しきったベイル達の罵声と荒い息づかいは、異様な切迫感に満ちていた。
あいつら、何やってる?!
ゼェハァ、ゼェハァッ
くそっ、エレベータがねえぞ!!
戻れ、バックス
バァ――ックス!!
ダメだ、とても間に合わねえっ
いいから持ちこたえろ、
撃て撃て撃て撃て撃て――――っ
TATATA、TATATA……
TATAN、TATAN
Pyu、Pyun
TATATATA!!!!
激しく刻まれる銃声に弾丸が空気を切り裂く音。
器物が割れて砕けて粉となり、電気がショートして火花が飛び散る音が入り乱れる。その凶悪な暴力の嵐に、誰かの悲痛な叫びや何者かの断末魔の声が呑まれて消えた。
「……ちっ」
ジュードが眉間に深い皺を刻みながら『B4』パネルを強く連打する。
それで降下速度が上がるわけでもない。
だが何もせずにはいられない。
無線越しに硝煙を嗅ぎ、血風を目にするような臨場感に、ジュードの焦りは高まるばかり。
≪まだか、ジュード!!≫
再度の無線要請。
ジュードはもどかしげに言葉を返すのみ。
「もう少しでエレベータが到着するっ」
≪さっさとしろ。バックスが――≫
そこで鼓膜を直接平手打ちされたような衝撃がジュードを襲った。
「――!!」
弾かれたように無線機を突き放し、顔をしかめるジュード。
耳の奥を突き抜け脳髄の芯までキーンという高周波で貫かれ、一瞬、思考がフリーズする。間違いない。誰かが虎の子の
「どうした?!」
「――っでも、ない」
声を掛けてくるダリオに大丈夫だと手を振って応じるも、苦悶の表情は隠しきれない。当然、グループA無線を傍受できないダリオは、状況が掴めぬもどかしさにジュードを睨む。
「ジュード、あっちで何かあったんだな?」
「……」
「おい、ジュードっ」
ダリオに腕を鷲掴みにされて強引に振り向かされる。だがジュードは答えず彼の身体を押し退ける。
「……できるだけ脇に寄れ。ドアの先は地獄だぞ」
それだけ指示したところで、エレベータの下降が音もなく止まる。目的のフロアに着いたのだ。
「今、『B4』だ。注意して――」
ジュードが無線で連絡すれば、
≪
思わぬ指摘が返されたところで、ドアが開いた。
前方へ神経を尖らせるジュードの耳に、さらなる想定外の発言が届けられる。
≪オレ達は『
「――は? 『B7』?」
確かにドアの先は、敵も味方もいない無人の通路だった。
不気味なほど静まり返った通路は、無線から想像するそれとは真逆の世界。
いや、別の新たな問題が。
床には薬莢ひとつ落ちておらず、照明を跳ね返すほど磨かれてキレイなのに、壁には少量とは言えない血のシミが付着していた。それも勢いよく弾かれたような
(どこもかしこもイカレてやがる――っ)
「――ジュード?」
想定外の状況に戸惑うダリオが、それでも油断なくUMP9を構えながら足を踏み出す。そして『B7』のワードを聞き咎めたエンゲルは、射抜くような視線をジュードに向けていた。
「降りるなっ。目標はここじゃない。もっと
あらためて制するジュードに、エンゲルが眉をしかめて不信感を露わにする。当然、頓狂な声で抗議するのはダリオだ。
「『B7』? どういうこった?」
その疑念は『研究所本棟』が“地下6階構造”であると事前レクチャーを受けていたことにある。それが7階まであったと聞かされれば、困惑するのも当然だ。
「“機密事案”は『B4』だって話しだろ? 政府も絡んでる秘中の秘だ。なら、それより
「さらに上位の“最高機密事案”――未来人か宇宙人でも商売相手にしているんだろう」
ジュードにだって分かるわけがない。
ふて腐れたように返した後、よく見れば表示されていた、行き先指定パネルの『B7』を掌でぶっ叩く。
おそらく本来ならば、セキュリティ・チェックの関係で表示されない“隠しフロア”のはずだ。しかし、テロリストの手でセキュリティがリセットされたことにより、今や秘密が秘密でなくなった。
だからこそ疑念は強まる。
相手は本当に、ただのテロリストなのか?
「マジで厭な予感しかしねえぞ、ジュード」
硬い声のダリオも同じ想像を抱いたのか。
それを脳裏から追い払うようにジュードは強く首を振る。
「今は余計な雑念を捨てろ。すぐに『B7』に到着するぞ」
「けどよ――」
「――“想定外”にすぎる。予測を裏切るのが現場の常、でもな」
エンゲルまでが不満を口にして、より事態の深刻さを浮き彫りにする。それでも。
「集中しろと云ったはずだ。間違って味方の背中を撃たれちゃかなわん」
ジュードが強引に話しを打ち切ったところで、エレベータが停止した。
全員の表情が引き締められ、今度こそはと身構える三人。
睨み付けるスチール扉越しに、くぐもって聞こえるのは断続的な銃声と金切り声。
いやでも伝わる。
扉の向こうは、正しく“戦場”だ――。
「開くぞっ」
ジュードが無線で呼びかけたところで、スライドするドアの隙間から激しい戦闘音が迸ってきた。
ほぼ同時に躍り込んできたのは、機材を荷台から溢れそうなほど積み上げた一台のカート。
「「「?!」」」
反射的に引き絞ったトリガーを、三人ともが限界間際で押し留められたのは、奇蹟に近い。その眼前を、カートは制動も掛けずに突っ切り、勢いよく奥壁に激突して止まる。そこで力尽きたようにカートの手摺りにもたれかかるのは、髪振り乱すクォンであった。続けて、
「どけぇ――――!!」
UMP9を片手撃ちで操るベイルが、脂汗を滲ませながら後退りしてきた。その顔面が蒼白となっているのは、激闘による疲労のせいばかりではない。もう一方の手で押さえる首筋から、ぽたぽたと鮮血を滴らせているためだ。
「くたばれ、この、
何に恐怖しているのか、ベイルは血走った双眸で前を睨み据え、何度も何度もトリガーを引き絞り、弾倉が空になるまで撃ち続ける。
「うぉらあああああああ!!!!」
GBRRRYA!!
BRAGRYYYY!!
血混じりの唾を飛ばし、絶叫するベイルの声にだみ声のような獣声が混じる。それも何匹分もの奇怪なる獣声が。
GYURRRR――
BRRRGR!!
GYABABA!!
ばらまかれた銃弾に指や耳を飛ばされ、肩や脇腹を抉られてもなお、
機敏さをウリにする“新世代ゾンビ”のように。
床を跳ね、倒れた仲間を足蹴にし、時に四つ足を思わせる動きでイメルダ達に猛然と追いすがる。
決して逃がさぬ、逃がしてなるものかと。
おまえらの肉も骨も食らい、啜り、しゃぶりつくすまで――。
そう。
ジュード達もはっきりと、
“老け顔の小人”にしか見えない不気味な生き物が、奇声を発し、殺意に歪めた凶相で、わらわらと通路を走り込んでくるその狂乱ぶりを。
おお、その醜さよ。
肌は濃緑色で顔は鬼相持ち。
振り上げた両手の爪は鋭く尖り、涎を溢れさせる唇の端から犬歯を覗かせる様相は、人を嬲り、喰らう悪鬼のそれ。
あるいは幻想小説に出てくる邪鬼そのものだ。
事実、何匹かの両手と胸元に口回りは、粘液質の赤黒い液体で汚れきっていた。
「なんだ、これ――」
半ば呆けた顔のダリオが言葉を途ぎらせ、ジュードとエンゲルは口もきけずに悪夢のごとき光景を食い入るように見る。
飛び散る体液と肉片。
興奮しきった怒声と嬌声。
銃弾の猛威にも怯まず、狂喜をその表情に貼り付かせて襲い掛かってくる醜悪なる生物。
これが現実か?!
歴戦の強者でさえ、覇気を失い、たじろがされる狂気にジュード達が発砲を忘れて立ち尽くすのも当然のことであった。
だが狂乱の最前線でただひとり、敢然と邪鬼の侵攻を食い止めていた鉄面の女兵士が、SMGを乱射しながら最後に乗り込もうとする。
「イメルダ……」
我に返ったジュードが感嘆に呻き、寝ぼけるなと云わんばかりにイメルダが叫ぶ。
「ドアを閉じろ!!!!」
「おい、他の連中は――」
驚くダリオを片手で制するのはエンゲル。
姿が見えない事実を察しろ、と。
だがその一悶着が余計なロスとなり、ドア前で踏ん張るイメルダを危地に晒す。
「閉めろと云った――」
左腕に食らい付いた邪鬼を、イメルダはSMGからナイフに持ち替えるや刺し殺し、足下にすり寄ってきた別の一匹を蹴り飛ばす。
だが横から躍りかかる邪鬼に、
「くっ……」
ガードが間に合わないイメルダを、間一髪、踏み込んだジュードがSMGのストックで殴り倒して、「ダリオ!」と叫ぶ。
歯噛みしながらパネルを操作するダリオ。
ジュードと共にようやくイメルダがエレベータ内へ踏み込んだ瞬間、
BHOOOO――――!!
無情にも重量オーバーのブザーが冷徹に響く。
こんな時に?
誰もが絶望的な表情を浮かべ、イメルダさえもがびくりと身体を硬直させる中、ジュードが咄嗟にクォンを押し退けた。
「ちょ、なんだよ?!」
「どいてくれ、イメルダ」
ジュードの意図を察したイメルダが素早く脇に避ける。
「手伝え、ダリオ」
「りょーかい、ボス」
「――待て。やめろ!」
遅れて気付いたクォンが制するも、ジュードは構わずカートを外へ引っ張り出そうとする。
両腕に全体重を乗せていくジュードに後ろから押し込むダリオ。
横からエンゲルも手助けに入り、三人でボブスレーばりの強烈な押し掛けを敢行するっ。
「「「ンのらああ!!」」」
一度動き出せば、勢いづいて慣性力が働く。
すぐにエンゲルが離脱し、ジュードとダリオの二人で力強く床を蹴り、邪鬼の群れに重量物のカートを突っ込ませた。その両脇を心得たような支援射撃で蹴散らすのはイメルダとエンゲル。
「押せ押せ――――!!」
「がああああああああっ」
重量カートが通路を激走し、一時的な逆襲がはじまった。これには体重の軽い邪鬼では抗えるはずもない。
GYABI?!
GBU、
GYEE!!
激しい衝突に数体の邪鬼が巻き込まれ、轢き倒され、その倒れた邪鬼の上にカートが乗り上げる。
「うお?!」
「ヤベ――」
咄嗟に危険を察知して手を放した二人の前で、カートはあっけなくバランスを崩して派手に横倒しとなった。
たかだか数メートルの大反攻。
それでも邪鬼共の勢いは明らかに落ち込み、逃走への転機とするには十分だった。
仕上げにジュードは
「退くぞっ」
「当然!」
ジュードはエレベータに向かってダッシュした。
ダリオも態勢を崩しつつ、懸命に反転ダッシュする。
「早くっ」
手招くイメルダ。
「ボス!」
叫ぶエンゲル。
エレベータまでの、たったの数メートルがひどく遠くに感じられて。
すぐ背後で炸裂音。
閃光で周囲のすべてが一瞬白く輝いて、ほぼ同時に強烈な音圧にジュードは背中を叩かれた。
「……っ」
幸か不幸かジュードの耳はすっかり馬鹿になっていた。おかげで足をもつれさせることもなく、エレベータ内へ滑り込めたのは、やはり幸運だったと思うべきか。
逃げ足の速いダリオが先に跳び込み、一瞬遅れでジュードがエンゲルに抱き留められるや、狙っていたようにエレベータのドアが閉まる。
「……ハァハァハァハァ……」
まるで百メートルの全力疾走後だ。
固くめをつむり、ただひたすら酸素を求めて肺が痛くなるまで激しく呼吸を繰り返す。その背に、
「悪くない機転だ」
冷静に声かけしてくるイメルダ。だが弾かれたように顔を上げ、ダリオが胸ぐらに掴みかかる。
「てめ誰のせいで――」
「よせっ」
咄嗟に身体ごと戦友にぶつかるジュード。
呼吸を荒げたまま、渾身の力で壁へと押しやり、
「あとで事情を聞かせてもらうぞ――」
拒否を許さぬ強い口調でイメルダに要求する。
同時に「我慢しろ」とダリオに目顔で訴える。
なぜなら今は、この“ふざけた状況”への詰問を後回しにして、目下の緊急事案に注意を向けねばならないからだ。
「ベイル、しっかりしろっ」
切迫したエンゲルの呼びかけがジュードを始め三人の耳朶を打つ。
正に今、すぐ足下で、ぐったりと腰を下ろした中年戦闘員が、力のない虚ろな眼差しを宙にさまよわせていた。
特に肌の血色が悪すぎる。
失血のせいだとすれば危険な状態だ。
「こいつはマズい……」
ベイルの傷口を押さえるクォンが、指の間から滲み出てくる血流に悲愴な声を洩らす。
「……とにかく、血を止めるんだっ」
ダリオから身を離したジュードが班長にだけ支給された医療キットから、
「強く押せっ。圧迫止血で止めるしかない」
「医務室は?」
「ある。1階フロアの東端だ。けど医者がいない」
「その問題は後だ」
焦りや苛立ちの混じる言葉が、狭いエレベータ内に飛び交う。
動脈まですっぱり破れているとは思えないが、放置できる流血の量ではない。なのに、医療キット程度の道具では対応できないのが明らかであった。
「とにかく、医務室に連れて行こう。医療器具がそろっていれば、どうとでもなる」
ジュードの判断にイメルダからも異論は無い。
どのみちエレベータは上昇をはじめており、後戻りしたくてもできないのだ。
もちろんこの状況で、探索の続行を主張する者などいるはずもなかったが。
「これ、二人で運ぶのはマズくないか?」
冷静さを取り戻したからこそか、そばで見守っていたダリオの気づきにジュードも頷く。
「ああ、首に負荷はかけられない。エンゲル、ベイルを負ぶえるか?」
「やるしかない」
承諾するエンゲルがクォンに武器を預け跪く。
「先に頭部を固定するぞ」
エンゲルがベイルのSMGを彼の背中に差し込んで、外したSMGのストラップを使って、銃身と頭部を縛り付ける。
次にベイルを何とか持ち上げ、エンゲルに背負わせた。その際、ベイルの頭部を固定した背中のSMGをクォンが背後から支え続けたのは言うまでもない。
当然、移動する際もクォンの役目は外せない。
かなり苦しい形だが、これでいくしかなかった。
「オレがケツを持つ」
イメルダが後方警戒を申し出て、「頼む」と任せるジュード。さらに全員の役割分担が決まったところで、
「――クリス、聞こえるか?」
階上に孤立させたクリスを無線で呼び出した。
≪こちらクリス。首尾はどうです?≫
「重傷者一名。マズい状況だ。撤退するから、『第1エレベータ』で合流しろ」
命令を伝えた上でジュードは確認する。
「例の“荷物”はどうだ? 運べるか?」
≪問題ないです≫
さすがに彼女ひとりで運べるはずもない。つまりは相手が自力で動けるということだ。
安心したジュードに、班長特権で無線を傍受していたイメルダが当然の質問を投げ掛けてくる。
「何の話しだ? “荷物”とは?」
「“生存者”だ」
その一言でイメルダの表情が厳しくなる。
別にわざと秘密にしていたわけではない。
「物音がしたんでチェックしたのさ。気のせいかと思ったが、念のため、調べた部屋に“死体の山”があってな」
そこで生存者を発見したのだと。
ジュードは“最初の嘘”に“興味深い事実”をさりげなく積み重ねてイメルダに伝える。
「ほとんどが銃弾でやられたものじゃなかった。おそらく、あれも化け物の仕業なんだろう」
「おい、だったら――」
急に切迫したイメルダの声音にジュードも同じく気がついた。
今語った事実から、階下にいた奴らの同種が『B3』にいる可能性が生まれると。
タイミング良く、エレベータが到着する。
「クリス応答しろっ」
ドアが開き、無線に呼びかけるジュードの声が通路に響く。
「返事しろ、クリス!」
繰り返しジュードが呼びかける中、状況を見守る愚を犯さずにダリオが真っ先に飛び出し、遅れてジュード、そしてエンゲル達が続く。
最後方はイメルダだ。
「クリス!!」
≪静かにして≫
ようやく、かすれて聞こえたクリスの囁き。それに違和感を感じれば、
≪……奥に気配を感じる。厭な感じがする≫
やはりそうか。
ジュードの緊張感が一気に高められる。
「奴らだ。奴らがこのフロアにいる可能性がある」
≪奴ら?≫
だがジュードの焦りはクリスに伝わらない。
いや、彼女は彼女で危機を察知している。
ならば無駄話せずに早く合流することが先決だ。
「とにかく俺達が合流するまでエレベータを死守しろ。すぐに行く」
≪……了解≫
交信アウトした途端、先頭のダリオが喚き出す。
チーム内の通信は自動傍受するからだ。
「ちくしょうっ、こっちにもいやがるのか?!」
「騒ぐな。奴らに気付かれる」
それでもダリオは
「ああ、くそっ。こうなったら、ベイルをエレベータに乗せるまで、
動揺する割には、女兵士にだけ“ケツ持ち”させるつもりはないらしい。意外な気概を見せるダリオにジュードは笑みを零す。
「わかってるようで、安心だ」
「あ、何がだ?」
「いい加減にしろっ」
イメルダの叱責がクォンとエンゲルの苦笑を誘うのだった。
********* 業務メモ ********
●負傷者リスト
【死亡】YDS2名(メジャー、バックス)
【重傷】YDS1名(ベイル)
●発見者リスト
研究員(?)1名
●現在位置
クリスと生存者……『B3』の『第1エレベータ』付近
ジュード達…………『B3』の『第1エレベータ』へ向かう途中。