オウムと鳥飼い

文字数 3,182文字

 3.

 惑星アースフィアを半周してきた若者たちには、旅の疲れをとるための休暇が一日与えられ、その翌日から訓練が開始された。
 真新しい第六演習場は四キロメートル四方の屋内型演習施設で、ナイラノイラ市内のとある区間が青白く立体投影されていた。高さ五十メートルの天井からは、二十四時間降水量二百ミリメートルに設定された雨が降り注いでいた。おまけに強風が吹き荒れていた。
 人工的な台風の中で、敵対分子のホログラムの中を強行突破した二人の少年が、目標の自動車にたどり着く。
 演習プログラムでは、少年たちは自動車に備え付けの偵察ポッドを飛翔させ、自動車を安全な場所まで誘導させなければならない。
 ところが偵察ポッドは壊れている。飛ばそうと思っても、そいつのアクチュエータは沈黙する。少年たちは悪態をつくだろう。
 たとえ自動車に乗り込んで、ホログラムの街なかを闇雲に走り回ったところで、ポッドの不調を特定し、車内のキットを用いて修理、飛翔および自動車の誘導をさせない限り敵分子は無限に湧き出るよう設定されている。少年たちの訓練服は蛍光色の電子ペイントにまみれていた。二人とも自動車にたどり着くまでに少なくとも十回は撃ち殺されたことになる。
 ミレイはモニタリング室の椅子に死んだ目をしてふんぞり返り、ヘッドセットをコンソールに投げ出していた。少年たちの悪態に耳を傾けたところで語彙が増えたりはするまい。それでも、雨の中で分解したポッドの中から細かいプーリーをぶちまけたときの琥珀色の髪の少年の罵倒は聞こえた。
『くたばれカス野郎!』
 ミレイは指を動かして、別のモニターに教育資料を展開した。四人の候補生の一人、あの琥珀色の髪の少年のデータを開く。
「ランゼス・フーケ。十七歳。男性。旧大陸南西部レライヤ国出身。メリアノの成績表によれば機械整備は優秀と判定されているがね」
「旧大陸とこっちじゃ規格が違うんだ、工具も部品も」
 隣のコンソールからラジャンが応じた。
「ガキどもはまだメートル単位で作られた製品に慣れていない。旧大陸じゃいまだに長さの単位にセスタやセリオンを使っているからな。メリアノ校舎もご多分に漏れず、だ」
「そいつは知らなかった」
 ラジャンが顔をしかめる様子をミレイは目の端でとらえた。朝から息が酒臭いとでも文句を言うのだろうと思ったが、彼は言わなかった。代わりに、意外にも、面白い情報をくれた。
「こいつの兄貴を知っているか。ラズレイ・フーケ、二十四歳、男性、協会スレーン支部長秘書。二年前の『スレーンの丘』のただ一人の生き残りだ」
 ミレイは酒がほしくなってきた。
「それも知らなかった」
「ガキどもの家族情報にまで目を通さなかったからだろう。普通に書いてあるぞ」
「そうかい」
 今ここでスキットルを出してぐびぐびやり始めたらラジャンはどうするだろうとミレイは考えた。しないが。
「スレーンの丘の生き残りは旧人種共との人質交換で解放された。その交換相手は知ってるかい?」
 ラジャンは答えず、目で続きを言うよう促した。
「エリク・ラーステミエル、今まさに指名手配中の、新生アースフィア党ナイラノイラ支部の若き指導者。無能力の旧人種だ」
「そいつは因果なことだな」
「もう一人の少年は?」
「特に言及することはないな。ラトル・グレイ。十七歳。同じく旧大陸南西部レライヤ国出身。長距離射撃の成績が最優秀、ぐらいか」
 この大都市で長距離射撃を行ったことはミレイはなかった。戦いになったら、大概は至近距離で、一瞬で命を奪うか奪われるかだ。それも戦いが始まったと認識する前に終わることのほうが多い。二日前、土砂降りの黄昏の中で王を殺したときのように。
「ハンドガンの射撃にも慣れろと言ってやれ」
「それは俺が決めることだ。お前の受け持ちはどうなってる? 女子二人だ」
 ミレイはキャスター付きの椅子に座ったまま別のモニターの前に移動した。少年たちとは別の区画で、少女二人は偵察ポッドの修理に成功していた。
「ほう、優秀優秀。こりゃ私が教えることはないな」
「ミレイ、少しはやる気を出せ」
「やる気ならあるさ。朝食がてらこの二人とミーティングをしたんだがね。マリちゃんは将来有望だ。まだ星獣には触らせてないが輪郭を操るセンスが抜群に高い。それは成績表からもわかる」
「もう一人は?」
「フィフィカ・ユンエレ。凡庸」
「……他に言うことは?」
「マリちゃんと違ってフィフィカは色彩型だね。それくらいかな。おとなしそうなお嬢さんだよ。あとは、そうだな、詩文学の成績が優秀なくらいか」
「詩文学が優秀なら星獣の制御・読み解きに役立てるかもしれん。俺が知りたいのは、おとなしそうなフィフィカお嬢さんが実戦向きの性格かどうかだ」
「私が見定めてやろう」
 イスマリルの主導によって偵察ポッドは修理され、立体投影のビルの群れの中を天井目掛けて舞い上がっていった。まだおろおろしている少女フィフィカに、イスマリルが自動車に乗るよう身振りで指示している映像がモニターに映し出されていた。ほどなくして自動車は走り出した。ミレイは立ち上がった。
「どうした?」
 ラジャンが椅子に座ったまま見上げる。ミレイはいつもの癖で水色の髪を耳にかけた。
「リリファに預けたオウムが捜査部に渡ったらしい。ちょいと様子を見てやろう」
 昼までに戻ると付け加えたものの、守れるかどうかはミレイにもわからなかった。

 ※

 オウムはミレイが友と呼ぶ数少ない人物の一人、アイメル・ヴォーン捜査官の手元にあった。
「鳥飼いの仕事は誤解されてるよぉ、鳥の形をしてるからって星獣は専門外なのに」
 二十七歳にしては顔立ちの幼いアイメル捜査官は、ミレイが個人の事務所に入ってくるなり泣き言で出迎えた。机には七色に輝くオウムが(実際には五十万色ぐらいある)翼をたたんで立っていた。
「そう言わずに何とかしてくれよ。君の豊富な鳥知識で。その星獣だってもとは言語生命体の鳥型個体だろう」
「そう、それなんだけど」
 アイメルは眼鏡の奥の大きな目をきらめかせて壁のディスプレイを指差した。
「この子、すっごく賢いの。生きている鳥だった頃から人に飼われてたと思うんだ。オウムちゃん、オウムちゃーん。こっち見て。この色は何?」
 ディスプレイが緑一面にそまり、オウムが答えた。
「みどり」
「この色は?」
「あか」
「この色は?」
「あお」
「これは何?」
「クルミ!」
「これは何?」
「ヒマワリの種!」
「こりゃ賢い」くるくると映像の切り替わるディスプレイを背にミレイは感心して言った。「オウムというのはオウム返しをするだけの生き物じゃなかったんだな」
「そうなの。反体制勢力の話した内容を覚えていればいいんだけど、どうやってそれを引き出そうかって考えてたところ」
「君は十分仕事をしてくれているよ、アイメル。オウムちゃん? この男を知ってるか?」
 ミレイはアイメルのデスクのコンピュータ端末を操作して市内の指名手配者フォルダを開き、緑色の髪の青年の顔をディスプレイに投射させた。
 やはりオウムは賢かった。
「エリク・ラーステミエル!」
 ミレイは一瞬でこのオウムが気に入った。さらに端末を操作して、次は要注意人物の一人、三十がらみの女を映し出した。
「オウムちゃん、この女は誰だ?」
 オウムは迷わなかった。
「ミス・マーリーン!」こうも言う。「灼舌党の伝道者!」さらにつけ足した。「エリク、マーリーン、トモダチ!」
「トモダチか」ミレイは背筋が寒くなるような乾いた笑い声を上げた。「トモダチ、そりゃ結構」
「ミレイ?」
「オウムにヒマワリの種の輪郭色彩データを食わせてやれ。私はたった今用事ができた。そのオウムが気に入ったよ」
 ミレイはすぐに笑いを引っ込めた。目に残酷な光を宿すと、彼女の顔は不思議と老け込んで見えた。
「そう、気に入ったよ、とても」


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登場人物紹介

◆ミレイ・スターセイル

◆32歳/女性

◆所属:治癒と再生者の協会


〈茜の闇〉。本作の主人公。

◆ラジャン・シンクマール

◆32歳/男性

◆所属:治癒と再生者の協会


〈墜とし得ぬ星〉。ミレイの相棒。

◆イスマリル・ダーシェルナキ

◆17歳/女性

◆所属:治癒と再生者の協会


〈呪つ星の狂照〉。旧大陸からきた特務治安員候補生の一人。

◆フィフィカ・ユンエレ

◆17歳/女性

◆所属:治癒と再生者の協会


特務治安員候補生の一人。

◆ランゼス・フーケ

◆17歳/男性

◆所属:治癒と再生者の協会


特務治安員候補生の一人。

◆ラトル・グレイ

◆17歳/男性

◆所属:治癒と再生者の協会


特務治安員候補生の一人。

◆リリファ・ホーリーバーチ

◆29歳/女性

◆所属:治癒と再生者の協会


協会の戦闘支援部隊員で、ラジャンの婚約者。

◆エリク・ラーステミエル

◆24歳/男性

◆所属:新生アースフィア党


新生アースフィア党ナイラノイラ支部の指導者。ナイラノイラ人民解放戦線の広告塔だった人物の息子。

◆エリエーン・ラーステミエル

◆17歳/女性

◆所属:新生アースフィア党


エリクの妹で、弱火の新人種。イルレーン地区の高等学校に通っている。

◆ニハザ・マーシーン

◆19歳/トランス男性

◆所属:新生アースフィア党


エリクの助手。ナイラノイラ人民解放戦線指導者ラルフ・ヴォレックの甥。

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