暴動
文字数 2,677文字
4.
すっ飛んできた装甲車に一人二人三人四人と乗り込んで、リリファに見送られながら、ミレイたちはイルレーン地区へと繰り出した。
「暴動の規模は?」
金属の仕切りの向こうにいる協会治安部隊員が助手席から答える声がスピーカーから流れてきた。
『暴動発生地はイルレーン十四番街イルレーン証券会社前、現在は十三番街、十五番街まで波及、路上での乱闘、放火、レストラン〈カフェ・チャタルヒュユク〉及び隣接する宝石店で略奪が起きていると報告あり。消防・救急・警察治安部隊出動済み。死傷者数不明。乱闘に巻き込まれた治安部隊員三名が沈黙しています』
「アンナフェルナの愛鳥園が近いな」ミレイは星獣を納めた金庫を網膜認証で解錠しながら言った。「ラジャン、奴らを愛鳥園の手前で食い止めるぞ。私はあの場所が好きなんだ」
ラジャンは多少は思いやりがある声で応じた。
「知っている」
金庫が開いた。
星獣はあまりかわいくはなかった。新人種たちの自治区に浮かぶ無数のクリスタルボールと大差ない、サッカーボールほどの大きさの多面体で、その数え切れない面が、強火の能力者たちの意思と視線を浴びていっせいにきらめきはじめた。多面体の中では目玉のような二つの小花模様の塊が浮遊していた。
「……ま、使えればなんでもいいか」ミレイは多面体を宙に浮かせて助手席に呼びかけた。「協会及び警察治安部隊の配置を確認し、可能であれば十五番街の東の端で降ろしてくれ。アンナフェルナ地区の手前で暴徒を始末したい」
『了解しました』
了解した端から車両が急停車し、フィフィカが固い座席からずり落ちた。
『助けがきたぞ!』
スピーカーが外の声を拾った。荒い息遣いまでわかった。
『道を開けなさい。協会治安部隊車両が通る。今すぐ道を開けなさい』
ずるずると引きずられるように車両が前進を再開する。
『ミレイ、ラジャン』
通信機からババアの声がした。
『ミレイ、ミレイ、ラジャンでも構いません。まさか私の声が聞こえないと言うのではないでしょうね? この酒浸りあばずれ不潔ハウス』
ミレイはヘルメットのバイザーを顔に下ろした。センター長ルイージア・ナジのしかめ面が見えた。
「こちらミレイ、〈茜の闇〉。一生モテずにくたばるピンクババアと違って耳はまだ遠くなっておりません、どうぞ」
『緊急のセンター長命令です。あなた方四名はただちに能力開発センターに戻り、訓練を再開しなさい。どうぞ』
「待ってください、この場所には暴力に晒されている市民がいるんです!」
と、フィフィカ。
『お黙りなさい、小娘。大ルベル塩鉱の戦いでゴミからお人形に格上げしてやりましたが、反抗するならゴミに逆戻りですよ』と一息に言い、『これはセンター長命令です』
「センター長命令なのはさっきも聞きましたが? そろそろ認知症検査が必要ですかね、プリムローズの処女」
「ミレイ黙れ」とラジャン。「センター長、我々は特務治安員に対する緊急出動要請に従って行動しています。要請を却下する権限はセンター長にはございませんが。どうぞ」
『緊急出動要請は誤報でした。特務治安員を投入するほどの騒動ではないというのが最新の現場の判断です。運転手、車を返しなさい。どうぞ』
『……了解しました』
不承不承というように、車はゆっくり停車した。それから頭を返すと、またずるずると、やる気がなさそうに来た道を引き返す。
『ミレイ、ラジャン、ならびに立ってるだけのお人形二名。あなた方には色覚輪郭資料館警護の重要性をもう一度説明しなければなりませんか? 平均的な知能があれば一度で理解できる話なのですが』
「結構。笛でも吹いててください」
『愛鳥園に行けなくて残念でしたね』
「屁でハーモニカを吹いてろ」
通信が切れた。
ランゼスがヘルメットを座席に放り投げる。
「あのババア本気で腹立ちますね。なんとか思い知らせてやれませんか?」
ミレイは真顔で首を振った。
「奴を侮るな。ピンク系統しか使えないままセンター長にまで上り詰めた女だ。君一人の首を切り落とすのに躊躇などしない」
『待って! 行かないで!』
去っていく車両に、外の声が次々と叫んだ。
『応援部隊が引き揚げるぞ!』『どうして』『現場はそっちじゃない、あっちよ!』
「……というわけだ」
ミレイは星獣を金庫に戻した。フィフィカは肩を怒らせて、下唇を噛んでいた。
『待ってくれ! お願いだ!』
再びの停車。喚く市民に治安部隊員が呼びかける。
『道をあけなさい! 我々は同胞であるあなた方を排除したくはない!』
『イルレーンの銀行が襲撃されている! あそこで娘が働いているんだ! お願いだ! 助けてくれ!』
ミレイもまたヘルメットを外し、それをほとんど捨てるように座席に投げると、後部ドアを開けた。光と風が入ってきた。
路上に降りる。
ひざまずいて哀願しているのは五十がらみの男だった。ミレイは言った。
「暴動に対しては協会の治安員だけでなく、警察隊も動いている。じきに収拾がつくだろう」
「あいつらは新人種を憎んでるんだ」市民はなおも言った。「特に新人種の女を。連れ去られたらどういう目にあうか、あんた、いやあなた、わかるだろう!」
「協会の戦力を必要以上に一カ所に集中させるわけにはいかないんでね」
「……出すもの出せばいいんだろう?」
なに? とミレイは目で問いかける。
「それで、いくら出せばいいんだ! いくら払えば娘を暴徒の手から救い出してくれるんだ! えっ!?」
「我々は銀行へは向かわない」ミレイは事実だけを告げた。「すまないね」
開け放たれた車両のドアから、ランゼスとフィフィカが固唾をのんで見守っていた。
「くそっ! あんたら強火の連中はいつだって弱火の市民を見捨てるんだ! いつか奴らが本気で牙をむくときには俺たちを肉の壁にでもするつもりなんだろう!」
ミレイはくるりと背を向けた。
「あっ、いや……待て、待ってくれ、待ってください。すみませんでした。お願いです――」
市民が足首を掴むので、ミレイは振り返り、その男のはげた後頭部を見下ろした。
「では聞こう」
「……何でしょうか」
「君が目撃した暴徒の中に、新暦二百七十五年七月六日、エラ地区アリーニー医院前のデモ集会に参加した者はいたか」
市民は両目をぱっちり開けて呆然としていた。ミレイは左足から手を振りほどいた。
「わからないなら用はない」
タラップを踏んで車内に戻る。
「い、行かないでくれ……」
男の両目に浮かぶ涙をミレイは見た。
ドアを閉じる。
ひざまずいたままの市民を迂回して、装甲車は協会に向けて引き返していった。
すっ飛んできた装甲車に一人二人三人四人と乗り込んで、リリファに見送られながら、ミレイたちはイルレーン地区へと繰り出した。
「暴動の規模は?」
金属の仕切りの向こうにいる協会治安部隊員が助手席から答える声がスピーカーから流れてきた。
『暴動発生地はイルレーン十四番街イルレーン証券会社前、現在は十三番街、十五番街まで波及、路上での乱闘、放火、レストラン〈カフェ・チャタルヒュユク〉及び隣接する宝石店で略奪が起きていると報告あり。消防・救急・警察治安部隊出動済み。死傷者数不明。乱闘に巻き込まれた治安部隊員三名が沈黙しています』
「アンナフェルナの愛鳥園が近いな」ミレイは星獣を納めた金庫を網膜認証で解錠しながら言った。「ラジャン、奴らを愛鳥園の手前で食い止めるぞ。私はあの場所が好きなんだ」
ラジャンは多少は思いやりがある声で応じた。
「知っている」
金庫が開いた。
星獣はあまりかわいくはなかった。新人種たちの自治区に浮かぶ無数のクリスタルボールと大差ない、サッカーボールほどの大きさの多面体で、その数え切れない面が、強火の能力者たちの意思と視線を浴びていっせいにきらめきはじめた。多面体の中では目玉のような二つの小花模様の塊が浮遊していた。
「……ま、使えればなんでもいいか」ミレイは多面体を宙に浮かせて助手席に呼びかけた。「協会及び警察治安部隊の配置を確認し、可能であれば十五番街の東の端で降ろしてくれ。アンナフェルナ地区の手前で暴徒を始末したい」
『了解しました』
了解した端から車両が急停車し、フィフィカが固い座席からずり落ちた。
『助けがきたぞ!』
スピーカーが外の声を拾った。荒い息遣いまでわかった。
『道を開けなさい。協会治安部隊車両が通る。今すぐ道を開けなさい』
ずるずると引きずられるように車両が前進を再開する。
『ミレイ、ラジャン』
通信機からババアの声がした。
『ミレイ、ミレイ、ラジャンでも構いません。まさか私の声が聞こえないと言うのではないでしょうね? この酒浸りあばずれ不潔ハウス』
ミレイはヘルメットのバイザーを顔に下ろした。センター長ルイージア・ナジのしかめ面が見えた。
「こちらミレイ、〈茜の闇〉。一生モテずにくたばるピンクババアと違って耳はまだ遠くなっておりません、どうぞ」
『緊急のセンター長命令です。あなた方四名はただちに能力開発センターに戻り、訓練を再開しなさい。どうぞ』
「待ってください、この場所には暴力に晒されている市民がいるんです!」
と、フィフィカ。
『お黙りなさい、小娘。大ルベル塩鉱の戦いでゴミからお人形に格上げしてやりましたが、反抗するならゴミに逆戻りですよ』と一息に言い、『これはセンター長命令です』
「センター長命令なのはさっきも聞きましたが? そろそろ認知症検査が必要ですかね、プリムローズの処女」
「ミレイ黙れ」とラジャン。「センター長、我々は特務治安員に対する緊急出動要請に従って行動しています。要請を却下する権限はセンター長にはございませんが。どうぞ」
『緊急出動要請は誤報でした。特務治安員を投入するほどの騒動ではないというのが最新の現場の判断です。運転手、車を返しなさい。どうぞ』
『……了解しました』
不承不承というように、車はゆっくり停車した。それから頭を返すと、またずるずると、やる気がなさそうに来た道を引き返す。
『ミレイ、ラジャン、ならびに立ってるだけのお人形二名。あなた方には色覚輪郭資料館警護の重要性をもう一度説明しなければなりませんか? 平均的な知能があれば一度で理解できる話なのですが』
「結構。笛でも吹いててください」
『愛鳥園に行けなくて残念でしたね』
「屁でハーモニカを吹いてろ」
通信が切れた。
ランゼスがヘルメットを座席に放り投げる。
「あのババア本気で腹立ちますね。なんとか思い知らせてやれませんか?」
ミレイは真顔で首を振った。
「奴を侮るな。ピンク系統しか使えないままセンター長にまで上り詰めた女だ。君一人の首を切り落とすのに躊躇などしない」
『待って! 行かないで!』
去っていく車両に、外の声が次々と叫んだ。
『応援部隊が引き揚げるぞ!』『どうして』『現場はそっちじゃない、あっちよ!』
「……というわけだ」
ミレイは星獣を金庫に戻した。フィフィカは肩を怒らせて、下唇を噛んでいた。
『待ってくれ! お願いだ!』
再びの停車。喚く市民に治安部隊員が呼びかける。
『道をあけなさい! 我々は同胞であるあなた方を排除したくはない!』
『イルレーンの銀行が襲撃されている! あそこで娘が働いているんだ! お願いだ! 助けてくれ!』
ミレイもまたヘルメットを外し、それをほとんど捨てるように座席に投げると、後部ドアを開けた。光と風が入ってきた。
路上に降りる。
ひざまずいて哀願しているのは五十がらみの男だった。ミレイは言った。
「暴動に対しては協会の治安員だけでなく、警察隊も動いている。じきに収拾がつくだろう」
「あいつらは新人種を憎んでるんだ」市民はなおも言った。「特に新人種の女を。連れ去られたらどういう目にあうか、あんた、いやあなた、わかるだろう!」
「協会の戦力を必要以上に一カ所に集中させるわけにはいかないんでね」
「……出すもの出せばいいんだろう?」
なに? とミレイは目で問いかける。
「それで、いくら出せばいいんだ! いくら払えば娘を暴徒の手から救い出してくれるんだ! えっ!?」
「我々は銀行へは向かわない」ミレイは事実だけを告げた。「すまないね」
開け放たれた車両のドアから、ランゼスとフィフィカが固唾をのんで見守っていた。
「くそっ! あんたら強火の連中はいつだって弱火の市民を見捨てるんだ! いつか奴らが本気で牙をむくときには俺たちを肉の壁にでもするつもりなんだろう!」
ミレイはくるりと背を向けた。
「あっ、いや……待て、待ってくれ、待ってください。すみませんでした。お願いです――」
市民が足首を掴むので、ミレイは振り返り、その男のはげた後頭部を見下ろした。
「では聞こう」
「……何でしょうか」
「君が目撃した暴徒の中に、新暦二百七十五年七月六日、エラ地区アリーニー医院前のデモ集会に参加した者はいたか」
市民は両目をぱっちり開けて呆然としていた。ミレイは左足から手を振りほどいた。
「わからないなら用はない」
タラップを踏んで車内に戻る。
「い、行かないでくれ……」
男の両目に浮かぶ涙をミレイは見た。
ドアを閉じる。
ひざまずいたままの市民を迂回して、装甲車は協会に向けて引き返していった。