分断は進む
文字数 3,955文字
3.
晴れ渡る正午、春風がそよぎ、イルレーン地区の金融街のあらゆる建物が人を吐き出しはじめた。マジード氏もまたいつものレストランにランチをとりに行くべく、勤務先の証券会社の玄関から表に出た。そこへ、撮影機材を担いだ四人の若者たちが大股で近づいてきた。
「失礼ですが、あなたは十四番街のカフェ・チャタルヒュユクの常連のマジードさんですね」
先頭の男がマイクを向けてきた。マジード氏はどぎまぎしながら聞き返した。
「あなた方は?」
「僕たちはナイラノイラ民間報道学校の学生で、学内の市民向けスフィアリンクチャンネル『架け橋』を運営しています。今月三日にイルレーン地区で発生したハリーデさん事件、および事件に関する十日の協会の生放送に関してお伺いしたいことがございます」
「学生の報道ごっこになど付き合ってられん。どいてくれんか」
「現在の様子は我々のチャンネルで生放送中です、マジードさん」
マジード氏は目を白黒させて動きを止めた。遠巻きに様子を見守る人々が現れはじめた。
「四月十日の協会の生放送で、ハリーデさんが自ら体に火をつけたと証言したのはあなたで間違いないですね?」
「いかにもそうですが」憤懣やるかたない思いで氏は答えた。誰が洩らしやがった。「事件に関して私が見聞きしたことはあの放送で話したことが全てです。今さら新たにお話しすることなどありませんが?」
「我々の姉妹ハリーデさんは三度の手術を必要とし、心にも深い傷を負って床に臥せています」
「おかわいそうなことだ」
「あの日確かにあなたのスーツにコーヒーをこぼしたことを、僕たちはハリーデさんから直接伺いました」
「ウェイトレスなら誰でもやらかし得ることだよ」
「そしてあなたは謝罪するハリーデさんの態度がふてぶてしいと言いがかりをつけ、旧人種全体を侮辱した」
「ありえんね、私の弟も旧人種なんだから。これ以上私を煩わせないでくれ」
「それに対して怒ったハリーデさんを同僚と二人がかりで表に引きずり出し、あなたは彼女に火をつけた!」
「何を言っとるかわからん!」
マジード氏は顔を真っ赤にして怒り、周囲の同胞に呼びかけた。
「誰か警察を呼んでくれ! 迷惑系リンカーに因縁をつけられている!」
「もう呼びましたよ」
誰かが言った。いまや氏の周囲には野次馬が人垣をなしていた。
「君たちは旧人種かね?」
マジード氏は警察が来るまで時間稼ぎをすることにした。インタビュアーの青年が答える。
「それが事の真相に関係ありますか?」彼は怯まなかった。「ハリーデさんは、自らの体の
「それは……よく見ていなかった……」
「あなたは一部始終を見ていたと協会の放送ではっきりおっしゃった。ハリーデさんが
ホイッスルがけたたましく鳴り、制服の一団が人垣を割って現れた。警察ではなかった。協会の、四人一組の治安部隊員だった。
「あなたが無抵抗の少女にしたことは本当にひどかった!」
「さあ、その人から離れて」
部隊員は撮影機材の前に手をかざし、別の者はインタビュアーの左手を掴んだ。インタビュアーは、やれやれとばかりに立ち去ろうとするマジード氏に右手を伸ばした。
「あなたに人の心はあるのか!」
だが、足早に立ち去ろうとしたマジード氏の前に旧人種の一団が立ちはだかった。イルレーンに出稼ぎに来ている労働者で、清掃用のエプロンを身につけた、小汚い初老の男女だった。
「ハリーデっちゅう女の子に火ぃつけよったのはあんたか」
遅れてやってきた警察が、その人々とマジード氏の間に割り込んだ。が、旧人種の老婆はそれに構わなかった。
「あんたか! 旧人種だいう理由で人間に火ぃをつけよるんは! あんたか!」
「あなたは謝罪をすべきだ!」インタビュアーも叫ぶ。「ハリーデさんの病床を訪れて謝るべきだ! そして法の裁きを――」
治安部隊員の警棒がインタビュアーの脳天に振り下ろされた。インタビュアーは白目をむいて膝から崩れ落ちた。未来ある青年が白い路上に伸び、痙攣して手足をひくつかせる姿を見せると、同胞の労働者たちの怒りに火がついた。
大混乱がおきた。
※
正午になると、ミレイたちは訓練にきりをつけてアイスグレネードを置き、耐寒防護服を脱いで、シャワーで汗を流した。たわむれにフィフィカと互いの髪を乾かしあってからテラスに出向くと、ちょうどリリファがバスケットいっぱいのランチを差し入れにきたところだった。
「わあ、ローストチキン!」
朝はぼんやりしていた二人の候補生も、訓練開始をきっかけに、なんとか気持ちを切り替えていくことにしたらしい。
「たくさん食べてね。デザートはコーヒーゼリーよ」
生ハムのサラダとローストチキン、三種類のパン、使い捨て容器に入ったシチューをたちまちたいらげると、四人とリリファはいよいよデザートに手をつけた。
コーヒーゼリーの蓋を開けながらランゼスが真顔で言った。
「俺たちは色覚輪郭資料館の星獣を厳守しなきゃいけないんですよね。非殺傷兵器の訓練で足りるんですか?」
ラジャンが鼻で笑う。
「アイスグレネードが非殺傷兵器だと?」
「恐らく、当日にはアイスグレネードの出番はないだろうね」ミレイはコーヒーゼリーをさして味わうことなく平らげた。「非殺傷兵器など飾りだ。星獣を奪う者は殺せ。他に質問は?」
「あの、ナイラノイラに帰ってからランゼス君と話しあったんですけど」
覚悟を決めたようにフィフィカが切り出した。
「私たちはいつ言語生命体の社会の『治癒と再生』に乗り出せるんですか?」
三人の大人たちは言葉を詰まらせた。
「治癒と再生者の協会はそのためにあって、私たち強火の新人種はその使命のために生まれたんだって、ずっと教えられてきました」
「メリアノはそんなナイーブな教育をしているのか。くだらんな。もっと生き残るのに重要なことを教えたほうがいい」
「そうじゃなくて、むしろ」とフィフィカ。「私たちはもっとちゃんと、自分の頭で、生き残ることを考えなくちゃいけないと思うんです」
その言葉にミレイは興味を引かれた。
「具体的には?」
「今の俺たちは紛争の道具に過ぎません。政変があれば真っ先に処刑台に乗せられます」
「待て」
ラジャンが制した。
「ヘッドセットの通信を切れ」続けて、「リリファ、盗聴器が仕掛けられていないか確認しろ」
「了解」
それで、自分たちが話そうとしていることの重要性に、十七歳二人は改めて気がついた様子だった。
かくて別のテーブルに置かれた四つのヘルメットは通信機能を切られ、花咲き誇る花壇を見下ろすテラスの一キロメートル四方に盗聴器が存在しないことを確認してから、五人は話を再開した。
「いかにも私たちは多くの恨みを買っている。共生共存を掲げる新生アースフィア党でさえ、私たちを生かしておいてはならんと断言するほどだ。処刑台に乗せて民衆の溜飲を下げるのに我々ほど適した存在はないだろう」
「そのとき協会は俺たちを守ってくれますか?」
大人たちは沈黙で答えた。
リリファが質問で促す。
「むしろ、協会から自分たちを守るためにあなたたちは何ができると思う?」
「例えば」フィフィカが答える。「協会から独立するとか」
ミレイとラジャン、そしてリリファは互いの顔を見合わせた。
それから――珍しいことにラジャンまで――声をあげて笑いはじめた。
「君はいつも私を驚かせてくれる。おとなしそうなお嬢さんと見せかけて、なかなかどうして大胆な」
「独立するなら資金と容れ物 が必要ね」
リリファが微笑みながら言った。
「ハコに関しては、プールされてる車両を一台手配できると思う。あなたたち二人とミレイ、ラジャン、私、最低五人は乗れるものを」
「七人だ。補充が二人くる」
「私たちだけで協会を敵に回すというわけにはいかん。南ルベル都市同盟内の他の特務治安員も巻き込みたい。最低でも、盟主都市ルリアナの特務治安員には仁義を切っておかねばなるまいな」
「で、いつどうやって離脱する気だ?」
「待ってください」
フィフィカが遮った。
「あの……本気で話してるんですか?」
「なんだと? お前は冗談で協会からの独立を提案したのか?」
「考えられる全ての事態に備えるまでのことさ」
半ばとりなすようにミレイは言った。
「私とラジャンは最前線を引退する頃合いだ。そのあとを君たちが引き継ぎ、私たちはバックアップに回る。身の振りかたは君たちで決めろ」
目をしばたたいていたランゼスが、気を取り直して言った。
「それなら俺の兄を引き入れられないでしょうか。新大陸の東部になりますが、スレーンで支部長秘書をしているんです」
「ああ。ラズレイ・フーケという名だったか。お噂はかねがねと聞いているよ」
「一度、新生アースフィア党の手に落ちたことがあるな。エリク・ラーステミエルとの人質交換で解放された」
ランゼスの顔が強張った。
「もしかして、兄貴が党に洗脳されていることを疑っているんですか?」
「言っただろう。私たちは想定される全ての事態に備える」ミレイはリリファに視線を移した。「リリファ、ラズレイ・フーケの現在位置を調べてくれないか?」
「了解」
「兄貴は敵じゃない。そんなのあり得ない」
ランゼスがなおも言う。
「兄貴はちょっと抜けてるところもあるけど、いつだって――」
「ミレイ」
リリファが張り詰めた声をあげた。協会の特務治安員たちが身につける腕輪、そこから発信される位置情報から獲物の位置を特定したリリファが、目を大きく見開いて端末から顔を上げた。
「ここにいるわ。ラズレイ・フーケはナイラノイラに来ているの」
驚く暇もなく、ミレイとラジャンの腕輪が緊急出動要請のアラームを盛大に鳴らした。
晴れ渡る正午、春風がそよぎ、イルレーン地区の金融街のあらゆる建物が人を吐き出しはじめた。マジード氏もまたいつものレストランにランチをとりに行くべく、勤務先の証券会社の玄関から表に出た。そこへ、撮影機材を担いだ四人の若者たちが大股で近づいてきた。
「失礼ですが、あなたは十四番街のカフェ・チャタルヒュユクの常連のマジードさんですね」
先頭の男がマイクを向けてきた。マジード氏はどぎまぎしながら聞き返した。
「あなた方は?」
「僕たちはナイラノイラ民間報道学校の学生で、学内の市民向けスフィアリンクチャンネル『架け橋』を運営しています。今月三日にイルレーン地区で発生したハリーデさん事件、および事件に関する十日の協会の生放送に関してお伺いしたいことがございます」
「学生の報道ごっこになど付き合ってられん。どいてくれんか」
「現在の様子は我々のチャンネルで生放送中です、マジードさん」
マジード氏は目を白黒させて動きを止めた。遠巻きに様子を見守る人々が現れはじめた。
「四月十日の協会の生放送で、ハリーデさんが自ら体に火をつけたと証言したのはあなたで間違いないですね?」
「いかにもそうですが」憤懣やるかたない思いで氏は答えた。誰が洩らしやがった。「事件に関して私が見聞きしたことはあの放送で話したことが全てです。今さら新たにお話しすることなどありませんが?」
「我々の姉妹ハリーデさんは三度の手術を必要とし、心にも深い傷を負って床に臥せています」
「おかわいそうなことだ」
「あの日確かにあなたのスーツにコーヒーをこぼしたことを、僕たちはハリーデさんから直接伺いました」
「ウェイトレスなら誰でもやらかし得ることだよ」
「そしてあなたは謝罪するハリーデさんの態度がふてぶてしいと言いがかりをつけ、旧人種全体を侮辱した」
「ありえんね、私の弟も旧人種なんだから。これ以上私を煩わせないでくれ」
「それに対して怒ったハリーデさんを同僚と二人がかりで表に引きずり出し、あなたは彼女に火をつけた!」
「何を言っとるかわからん!」
マジード氏は顔を真っ赤にして怒り、周囲の同胞に呼びかけた。
「誰か警察を呼んでくれ! 迷惑系リンカーに因縁をつけられている!」
「もう呼びましたよ」
誰かが言った。いまや氏の周囲には野次馬が人垣をなしていた。
「君たちは旧人種かね?」
マジード氏は警察が来るまで時間稼ぎをすることにした。インタビュアーの青年が答える。
「それが事の真相に関係ありますか?」彼は怯まなかった。「ハリーデさんは、自らの体の
どこに
火をつけたのですか?」「それは……よく見ていなかった……」
「あなたは一部始終を見ていたと協会の放送ではっきりおっしゃった。ハリーデさんが
どうやって
自分の背中に火をつけたのか、いま一度証言をいただきたい」ホイッスルがけたたましく鳴り、制服の一団が人垣を割って現れた。警察ではなかった。協会の、四人一組の治安部隊員だった。
「あなたが無抵抗の少女にしたことは本当にひどかった!」
「さあ、その人から離れて」
部隊員は撮影機材の前に手をかざし、別の者はインタビュアーの左手を掴んだ。インタビュアーは、やれやれとばかりに立ち去ろうとするマジード氏に右手を伸ばした。
「あなたに人の心はあるのか!」
だが、足早に立ち去ろうとしたマジード氏の前に旧人種の一団が立ちはだかった。イルレーンに出稼ぎに来ている労働者で、清掃用のエプロンを身につけた、小汚い初老の男女だった。
「ハリーデっちゅう女の子に火ぃつけよったのはあんたか」
遅れてやってきた警察が、その人々とマジード氏の間に割り込んだ。が、旧人種の老婆はそれに構わなかった。
「あんたか! 旧人種だいう理由で人間に火ぃをつけよるんは! あんたか!」
「あなたは謝罪をすべきだ!」インタビュアーも叫ぶ。「ハリーデさんの病床を訪れて謝るべきだ! そして法の裁きを――」
治安部隊員の警棒がインタビュアーの脳天に振り下ろされた。インタビュアーは白目をむいて膝から崩れ落ちた。未来ある青年が白い路上に伸び、痙攣して手足をひくつかせる姿を見せると、同胞の労働者たちの怒りに火がついた。
大混乱がおきた。
※
正午になると、ミレイたちは訓練にきりをつけてアイスグレネードを置き、耐寒防護服を脱いで、シャワーで汗を流した。たわむれにフィフィカと互いの髪を乾かしあってからテラスに出向くと、ちょうどリリファがバスケットいっぱいのランチを差し入れにきたところだった。
「わあ、ローストチキン!」
朝はぼんやりしていた二人の候補生も、訓練開始をきっかけに、なんとか気持ちを切り替えていくことにしたらしい。
「たくさん食べてね。デザートはコーヒーゼリーよ」
生ハムのサラダとローストチキン、三種類のパン、使い捨て容器に入ったシチューをたちまちたいらげると、四人とリリファはいよいよデザートに手をつけた。
コーヒーゼリーの蓋を開けながらランゼスが真顔で言った。
「俺たちは色覚輪郭資料館の星獣を厳守しなきゃいけないんですよね。非殺傷兵器の訓練で足りるんですか?」
ラジャンが鼻で笑う。
「アイスグレネードが非殺傷兵器だと?」
「恐らく、当日にはアイスグレネードの出番はないだろうね」ミレイはコーヒーゼリーをさして味わうことなく平らげた。「非殺傷兵器など飾りだ。星獣を奪う者は殺せ。他に質問は?」
「あの、ナイラノイラに帰ってからランゼス君と話しあったんですけど」
覚悟を決めたようにフィフィカが切り出した。
「私たちはいつ言語生命体の社会の『治癒と再生』に乗り出せるんですか?」
三人の大人たちは言葉を詰まらせた。
「治癒と再生者の協会はそのためにあって、私たち強火の新人種はその使命のために生まれたんだって、ずっと教えられてきました」
「メリアノはそんなナイーブな教育をしているのか。くだらんな。もっと生き残るのに重要なことを教えたほうがいい」
「そうじゃなくて、むしろ」とフィフィカ。「私たちはもっとちゃんと、自分の頭で、生き残ることを考えなくちゃいけないと思うんです」
その言葉にミレイは興味を引かれた。
「具体的には?」
「今の俺たちは紛争の道具に過ぎません。政変があれば真っ先に処刑台に乗せられます」
「待て」
ラジャンが制した。
「ヘッドセットの通信を切れ」続けて、「リリファ、盗聴器が仕掛けられていないか確認しろ」
「了解」
それで、自分たちが話そうとしていることの重要性に、十七歳二人は改めて気がついた様子だった。
かくて別のテーブルに置かれた四つのヘルメットは通信機能を切られ、花咲き誇る花壇を見下ろすテラスの一キロメートル四方に盗聴器が存在しないことを確認してから、五人は話を再開した。
「いかにも私たちは多くの恨みを買っている。共生共存を掲げる新生アースフィア党でさえ、私たちを生かしておいてはならんと断言するほどだ。処刑台に乗せて民衆の溜飲を下げるのに我々ほど適した存在はないだろう」
「そのとき協会は俺たちを守ってくれますか?」
大人たちは沈黙で答えた。
リリファが質問で促す。
「むしろ、協会から自分たちを守るためにあなたたちは何ができると思う?」
「例えば」フィフィカが答える。「協会から独立するとか」
ミレイとラジャン、そしてリリファは互いの顔を見合わせた。
それから――珍しいことにラジャンまで――声をあげて笑いはじめた。
「君はいつも私を驚かせてくれる。おとなしそうなお嬢さんと見せかけて、なかなかどうして大胆な」
「独立するなら資金と
リリファが微笑みながら言った。
「ハコに関しては、プールされてる車両を一台手配できると思う。あなたたち二人とミレイ、ラジャン、私、最低五人は乗れるものを」
「七人だ。補充が二人くる」
「私たちだけで協会を敵に回すというわけにはいかん。南ルベル都市同盟内の他の特務治安員も巻き込みたい。最低でも、盟主都市ルリアナの特務治安員には仁義を切っておかねばなるまいな」
「で、いつどうやって離脱する気だ?」
「待ってください」
フィフィカが遮った。
「あの……本気で話してるんですか?」
「なんだと? お前は冗談で協会からの独立を提案したのか?」
「考えられる全ての事態に備えるまでのことさ」
半ばとりなすようにミレイは言った。
「私とラジャンは最前線を引退する頃合いだ。そのあとを君たちが引き継ぎ、私たちはバックアップに回る。身の振りかたは君たちで決めろ」
目をしばたたいていたランゼスが、気を取り直して言った。
「それなら俺の兄を引き入れられないでしょうか。新大陸の東部になりますが、スレーンで支部長秘書をしているんです」
「ああ。ラズレイ・フーケという名だったか。お噂はかねがねと聞いているよ」
「一度、新生アースフィア党の手に落ちたことがあるな。エリク・ラーステミエルとの人質交換で解放された」
ランゼスの顔が強張った。
「もしかして、兄貴が党に洗脳されていることを疑っているんですか?」
「言っただろう。私たちは想定される全ての事態に備える」ミレイはリリファに視線を移した。「リリファ、ラズレイ・フーケの現在位置を調べてくれないか?」
「了解」
「兄貴は敵じゃない。そんなのあり得ない」
ランゼスがなおも言う。
「兄貴はちょっと抜けてるところもあるけど、いつだって――」
「ミレイ」
リリファが張り詰めた声をあげた。協会の特務治安員たちが身につける腕輪、そこから発信される位置情報から獲物の位置を特定したリリファが、目を大きく見開いて端末から顔を上げた。
「ここにいるわ。ラズレイ・フーケはナイラノイラに来ているの」
驚く暇もなく、ミレイとラジャンの腕輪が緊急出動要請のアラームを盛大に鳴らした。