from文化祭 to芸術祭

文字数 1,547文字

―三年生十月 受験まで四か月
@ 文化祭
 文化祭は例年ぎりぎりまで終りを見せようとしない。
 早朝に登校し、残留時間ギリギリに下校してもである。
 その点に於ては、颯も階も同様だった。颯は垂れ幕をほかの何よりも繊細に、そして誰が見ても普遍的に美しさを覚えるもの...その境地を目指す日々を送った。
 一方の階はというと、BGMとして来場者が飽きないように、且つ長丁場になることも考え、体力のぎりぎりをゴールとして幾度も幾度も曲の順番や長さを変えていった。
 文化祭当日。二人の思惑が見事はまったかというと、なぜか微妙な結果に終わってしまった。
 
 ところで、こんな話がある。イタリアの芸術家が、アメリカで開かれたアートフェアでバナナを粘着テープで壁に貼り付けた『コメディアン』という作品を出した。そして、たった100何円かのバナナが、約1300万円に化けたのである。
 
 たいていの人は先入観を基にしてものを見る。だからこそ、たかが”学生の”垂れ幕、BGMと”アーティストの”バナナが生まれるのだろう。
 二人は少しがっかりした気分になりはしたが、それでもそれを上回る達成感に満たされ、最後の文化祭は満足感のある終わり方をした。

@ 文化祭最終日 夜
「よし...今日言おう。」そう言って、まるで青春マンガの主人公が気合を入れる時みたいに頬を叩いて玄関のドアを開く。
「あ、ただいまー」
「おかえり。」母が出迎えてくれる。
 いつになくぎこちない物言いになってしまったが、母はそんなこと微塵も気づいていないかのように足早に夕飯の調理に行ってしまった。
 階は意識すると、瞬間玄関まで美味しそうなにおいが充満しているのを感じた。 
「今日シチュー?」
「そうよ。階が文化祭で頑張ってたから、何か良いもの食べさせてあげたいなと思って。」
「ありがとう。」こうして感謝の言葉一つ述べるのにも神経が尖ってしまう。
 “今日言う”が“明日言おう”になる前に伝えなきゃいけない。

ー2時間後
「お母さん、お父さん、ちょっと話があるんだけど。」
 そう言って両親をリビングテーブルに促した。
「どうしたの?」と、母が少し心配そうな顔をしてこちらを見てくる。
 さながら家族会議のような様相と、それに見合うだけはありそうな緊張感の中で、階はおもむろに口を開いた。
「進路のことで話があるんだ。」
「うん。」
 少しほっとしたような表情で母がうなずく。心配性の母の事だから、学校でイジメられているんじゃないかとでも想像していたのだろう。
「お父さん、お母さん。俺、音大に行きたい。」
「音大?」間髪入れず父の頭の上に疑問符が浮かぶ。 
「うん、国立音大っていう学校なんだけど、そこのピアノ科に進みたいんだ。」
「うーん。」
 ここで渋るような声を出したのは、意外にも母ではなく父だった。
「普通の大学じゃダメなのか?ピアノなら何処でも弾けるんじゃないか?」
 日頃から感じる折はあったけど、やっぱり父はどこかしら芸術を見下しているのかもしれない。
「でもさ、」そう言って反論しようとしたところに、
「あなた、全然分かってないわね。」と助け舟を出してくれたのは、母だ。
 不意打ちを食らったかのように驚きの表情を見せる父に、
「音大と普通の大学じゃ全然設備の質も違うし、音楽界への道も音大の方が開けてるのよ。しかも、そもそも”普通の”大学って何よ。あなたにとっては大学は座学の場くらいにしか思ってないかもしれないけど、実際はそんな単純な話じゃないのよ。」
 いつになく早口でまくし立てる母に気押され、父はしぶしぶと言った感じで
「階、そこに行きたいのか?」と聞いてきた。
「うん、行きたいと思ってる。」
 こうして思ったよりあっさりと言えば良くないが、”家族会議”は意外なまとまりを見せて終った。

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