結果の先で

文字数 2,547文字

@ 尚一、階 合格発表
 「カチッ」カーソルを動かし、「合格発表」と書かれたリンクを押すと、「まもなく合格番号が発表されます。」という文が表示される。

「まだか...」
 ひどく手汗をかき、手足が緊張で少し震える。
 重い緊張感が漂う中で、尚一は今、馴染みのパソコンの前で一人座っている。
 11:57
 緊張しているはずなのに、意外にも頭は冴えている。
(落ち着け)
 そう自分に言い聞かせながらも、尚一はさっきから卓上の時計をチラチラと窺っている。
 静まり返った室内では、自分の呼吸する音だけがかすかにしている。

 大丈夫、受かるぐらいの実力は優につけて臨んだんだ。あとは運の問題だけだ。
まさに「運は天にあり」だ。

 12:00
 パッと時計に表示されると、まるで競技かるた並みの反応でリンクをクリックする。
 画面中央にはぐるぐると無慈悲に回転する輪。こんな時に混みあうなんてつくづく運がない...いや、今運がどうたらはマズいか。
さっきから結果の事で他のことが何も考えられなくなっている。と、
「来た...」
 目の前に表示されている数字の羅列と受験票を睨めっこし合ってゆっくりとカーソルを下に動かしていく。
「え?ない。」背中が凍りつく。
「待てよ、012203、012203、012203」受験票に目を落として、忘れないように番号を口ずさみながら再び顔を上げる。
「012203、01220…あった。」
 焦りすぎて番号まで読み違えたとなればいよいよ笑い話だな、等と考えつつ、尚一の心は安堵感で満たされていた。
 
 ”合格”という結果を受け取ったのは、尚一のみではなく、階も同様だった。
「良かったわね。」
 階が藤村先生に伝えると、そう帰ってきた。
 なんだか素っ気ないなと思っていると、それが電話越しに伝わってしまったのか
「何?合格はスタートに過ぎないんだから、これからが勝負でしょ。」
「はい、分かってます。」
「色々と勉強してきなさい。あと、サボらずに練習も続けるのよ。」
「はい。ありがとうございます。」
 先生の言葉を聞いていると、どうしてか合格をはっきりと意識させられ、目頭が熱くなる。
 それを悟られまいと、階は威勢良く、 
「今までありがとうございました!」と伝え、通話を終えた。
 急いでティッシュを取り、目を押さえる。少しぼやけた視界には、レースカーテンで更にフィルターをかけられた、群青の空が広がっていた。


@ 尚一の家
 目の前に、「合格通知」と書かれた2枚の紙がある。
「いっそのことあみだくじでも書いて決めようかな。」
 「いい加減早く決めなさい」と親に急かされ、尚一は今大きな決断をしようとしている。
 代アニか......東大か。
「まあ普通は東大だよな。」
 多分将来的に高給取りになれる確率だって高いだろうし、研究だって面白いだろうしなあ
などと尚一は先ほどから色々と考えている。

 遡ること三か月前、尚一が初めて両親に、代アニを受けたいと明かした時のこと。
「好きなものを追うのはいいけど、せっかく今まで塾に通ったんだから、せめて東大は受験すること。」それが条件だと言われた。
 続けて両親は、「合否はどうでもいいと言ったらアレだけど、受験は絶対尚一の将来のためになると思うから。」
 そう言われた。
 頭が上がらない、とはまさにこのことだと思った。
 鉄緑会に入ったのは中学受験を終えてすぐの事だった。
「合格おめでとう 次は東大!!」
 A4の紙一枚に詰め込まれた”先輩たち”の合格実績につられて、何となく入塾して今まで塾代を両親に払ってもらった。
(今まで、すごい軽い気持ちで来ちゃったんだな)
 そうして考えると、本当に自分の好きなように進路を選ぶことは善いことなのか疑問に思えてきた。
(父さんと母さんは、間違いなく東大に行ってほしいと思ってるんだろうな。)
 しかし、そうした”申し訳なさ”は振り払わなきゃいけない。だってこの選択が人生を変えるんだから。
 


 今、尚一は学校の門の前で写真を撮ってもらっている。赤い門の前で。

 尚一が二つを一つに絞ろうと、志望校について悩んでいるとき、スマホに一通のメッセージが届いていた。送り主は「さち。」
――――――――――――――――――――
「尚一君へ
 突然のメール失礼いたします。
 代アニ、合格おめでとうございます。
 さて、おそらく頻繁にかかわりあうのはこれが最後になるでしょうから、
一つ伝えておきたいことがあります。
 尚一君、僕は正直に言うと、君はアニメの専門学校に通う以外の道を考えてもいいと考えています。
 君はアニメ制作の素質があるし、そこを伸ばすことで一流のアニメーターにもなれるでしょう。
 しかし、これだけは伝えたいというのは、
 あなたはまだ若いということです。
 どんな業界でも、才能同様に経験の深さも重視されます。
 僕だって、初めからアニメーターを目指していたわけじゃなく、いろんな経験をしてそうした業界に携わるようになっていったのが
 今こうして活動しているきっかけです。
 
 P.S.僕がこんなことを言ってしまうとあたかもプロ目線みたいに聞こえちゃいますけど、あくまで本気にせず流してください。
 それじゃあ、これまでありがとう。」
―――――――――――――――――――――

 後悔はない。何のために代アニを目指したんだとそしられようが、尚一個人の決意は揺らがなかった。
 東大に行く。でも、アニメが好きという気持ちは何も変わっていない、絶対に夢を諦めないという決心もしている。

  記念に写真を撮って帰宅すると、迄未完成のままにしていたイラストを仕上げた。
 窓の外に目を向けると、もう夕方近い色の空が広がっている。
 散歩に行こう。そう思った。玄関のドアを開けて出ていこうとすると、突然母に呼び止められる。
「ねえ、尚一。本当に良かったの?もしかして私たちに気を遣ってとかだったら、それは余計な」
「いや、自分の意思で決めたんだ。」母の言葉を遮るようにして言い、尚一は家を出た。

 振り返ると、真っ赤な太陽は既に地平線の下に沈み、空には紫と赤のグラデーションが出来ている。”空が燃えている”という表現が妥当だろうか。
 今、その美しさを心から受け止めることが出来る。決して逃げたりせず、正面から。
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