語らずとも関わり有り
文字数 1,876文字
@ 尚一 猛特訓
颯にとってですら油画については知らないことも多くあったのだから、ましてや完全に独力でアニメ制作をしてきた尚一にとっては、まだまだアニメについて知らないことも多かった。
そんな尚一が救いの手を求めるべく交渉のテーブルに招いたのが、”さち。”だった。
尚一が自分のアニメへの思い、そして何より、”さち。”の絵に如何に自分がほれ込んでいるかを書き詰めた長文と、自作のアニメを送ってから6時間34分後、意外にも早く、しかも丁寧な文体で”さち。”から返信があった。
尚一さん
メッセージありがとうございます。
しっかりと、手紙を読ませていただきました。
尚一さんの思いが良く伝わってきて、如何に尚一さんがアニメが好きなのか容易に理解出来ました。
また、アニメの方も見させていただきましたが、よくできていたと思います。しかし、敢えて言うならまあ専門的な知識が不足しているからなのか、粗削りな印象も受けました。
そのため、私でもよいとあればご要望通り、教えられることは教えさせていただきと思います。
さち。
まさか、憧れている人からメッセージが返ってくるとは思っていなかった尚一は、驚きのあまり一瞬自分の目を疑った。本当に疑った。
この会話から僅か二日後、尚一の試験対策兼技術磨きが始まった。
@ 階 猛特訓
翌週、まだ十一月の余韻を感じるころ、レッスンを受けるためにピアノの先生の家を訪ねると、帰り際にメモを渡された。
「この住所を訪ねてみて。相手も多忙らしくてこっちに来れないらしいのよ。」
メモに書かれた住所を見ると、高級住宅街のものである。内心驚きつつも、先生に感謝の言葉を述べてその日は帰宅した。
あくる日、示された場所に向かうと、大きな門柱に「藤村」と刻まれているのが目に入った。
「藤村さんっていうのか。ん?」
まさかと思い顔が青ざめる。
インターフォンをおしつつ、うっすらと浮かび上がってきている予感が正しくあってほしい一方で、間違っていてもほしい思いに駆られた。
「はい。あっ!並澤君?」
聞きなれた声が耳に届くや否や、めまいがするような気がした。間違いない。あの時出会った藤村絢音さんだ。
玄関に迎え入れられるが、恐縮するあまりまともに会話ができない。
「話は先輩から聞いています。君みたいに才能がある子を教えられるのはうれしいわ。
じゃあさっそく練習しましょう。」
緊張に押しつぶされそうな階などお構いなしに、ぐいぐい練習は進んでいった。
演奏中何度叱責されたかわからないが、最後には「やっぱり才能を感じる」なんていうもんだから、ついついホントに思っているのかと疑心暗鬼になってしまう。
帰り際に、次までに練習してくる曲のリストを渡され、1週間の練習の目安までご丁寧に指導してくれた。
・平日は6時間、休日は12時間はピアノに触れるようにしなさい。
数字で見ると一瞬案外というふうに思ってしまうが、けっして楽ではなさそうなのはすぐに理解できた。
―三年生一月 受験まで一か月
@ 共通テスト
「猛特訓」と書けばたったの三文字、三十一画にしかならないが、例えば無類の寿司好きも毎日毎食食べていると次第に他の食べ物が恋しくなるように、それがたとえ「好きなもの」であっても、どうしても日々関わり続けると辛くなってくる。
でも、それが好きなものだからこそ言えるのは、少しのリフレッシュを間に挟めば、再びその辛さを忘れられるということだ。
それこそ、好きということの1番の特徴なんだろう。
兎も角も、時の流れは無情にも早い。
受験まで一ヶ月を切ってくると、まず第一の関門である共通テストが迫ってくる。
藝大志望の颯は国語と英語、そして世界史Bを受験し、尚一はそれよりも多い七科目、英、国、世界史B、数Ⅰ・A、数Ⅱ・B、物理、化学、国立音大志望の階は英、国の二教科のみ受験する。
一概に全ての大学で、その大学を受けるための土台がそろえられているわけではないのだ。
また、例えば同じ”共テ”という名前を名乗っているにもかかわらず、その点数の合否への反映度は大きく異なっている。
颯の目指す藝大では共テの点数の比率が低く、やはり受験生がいかに発想力、そして構想力を持っているかを試す試験であるのかを物語っているだろう。
”関門”と書いたものの、そこは流石青林学院生ということもあり、3人が3人ともほかの受験生と大きく得点差をつけて共テをパスすることが出来た。
颯にとってですら油画については知らないことも多くあったのだから、ましてや完全に独力でアニメ制作をしてきた尚一にとっては、まだまだアニメについて知らないことも多かった。
そんな尚一が救いの手を求めるべく交渉のテーブルに招いたのが、”さち。”だった。
尚一が自分のアニメへの思い、そして何より、”さち。”の絵に如何に自分がほれ込んでいるかを書き詰めた長文と、自作のアニメを送ってから6時間34分後、意外にも早く、しかも丁寧な文体で”さち。”から返信があった。
尚一さん
メッセージありがとうございます。
しっかりと、手紙を読ませていただきました。
尚一さんの思いが良く伝わってきて、如何に尚一さんがアニメが好きなのか容易に理解出来ました。
また、アニメの方も見させていただきましたが、よくできていたと思います。しかし、敢えて言うならまあ専門的な知識が不足しているからなのか、粗削りな印象も受けました。
そのため、私でもよいとあればご要望通り、教えられることは教えさせていただきと思います。
さち。
まさか、憧れている人からメッセージが返ってくるとは思っていなかった尚一は、驚きのあまり一瞬自分の目を疑った。本当に疑った。
この会話から僅か二日後、尚一の試験対策兼技術磨きが始まった。
@ 階 猛特訓
翌週、まだ十一月の余韻を感じるころ、レッスンを受けるためにピアノの先生の家を訪ねると、帰り際にメモを渡された。
「この住所を訪ねてみて。相手も多忙らしくてこっちに来れないらしいのよ。」
メモに書かれた住所を見ると、高級住宅街のものである。内心驚きつつも、先生に感謝の言葉を述べてその日は帰宅した。
あくる日、示された場所に向かうと、大きな門柱に「藤村」と刻まれているのが目に入った。
「藤村さんっていうのか。ん?」
まさかと思い顔が青ざめる。
インターフォンをおしつつ、うっすらと浮かび上がってきている予感が正しくあってほしい一方で、間違っていてもほしい思いに駆られた。
「はい。あっ!並澤君?」
聞きなれた声が耳に届くや否や、めまいがするような気がした。間違いない。あの時出会った藤村絢音さんだ。
玄関に迎え入れられるが、恐縮するあまりまともに会話ができない。
「話は先輩から聞いています。君みたいに才能がある子を教えられるのはうれしいわ。
じゃあさっそく練習しましょう。」
緊張に押しつぶされそうな階などお構いなしに、ぐいぐい練習は進んでいった。
演奏中何度叱責されたかわからないが、最後には「やっぱり才能を感じる」なんていうもんだから、ついついホントに思っているのかと疑心暗鬼になってしまう。
帰り際に、次までに練習してくる曲のリストを渡され、1週間の練習の目安までご丁寧に指導してくれた。
・平日は6時間、休日は12時間はピアノに触れるようにしなさい。
数字で見ると一瞬案外というふうに思ってしまうが、けっして楽ではなさそうなのはすぐに理解できた。
―三年生一月 受験まで一か月
@ 共通テスト
「猛特訓」と書けばたったの三文字、三十一画にしかならないが、例えば無類の寿司好きも毎日毎食食べていると次第に他の食べ物が恋しくなるように、それがたとえ「好きなもの」であっても、どうしても日々関わり続けると辛くなってくる。
でも、それが好きなものだからこそ言えるのは、少しのリフレッシュを間に挟めば、再びその辛さを忘れられるということだ。
それこそ、好きということの1番の特徴なんだろう。
兎も角も、時の流れは無情にも早い。
受験まで一ヶ月を切ってくると、まず第一の関門である共通テストが迫ってくる。
藝大志望の颯は国語と英語、そして世界史Bを受験し、尚一はそれよりも多い七科目、英、国、世界史B、数Ⅰ・A、数Ⅱ・B、物理、化学、国立音大志望の階は英、国の二教科のみ受験する。
一概に全ての大学で、その大学を受けるための土台がそろえられているわけではないのだ。
また、例えば同じ”共テ”という名前を名乗っているにもかかわらず、その点数の合否への反映度は大きく異なっている。
颯の目指す藝大では共テの点数の比率が低く、やはり受験生がいかに発想力、そして構想力を持っているかを試す試験であるのかを物語っているだろう。
”関門”と書いたものの、そこは流石青林学院生ということもあり、3人が3人ともほかの受験生と大きく得点差をつけて共テをパスすることが出来た。