進路なんて言われても...

文字数 1,480文字

 ―三年生五月 受験まで九か月 
 月曜日の六時間目、何となくぼんやりとして、少し疲れた顔が教室に並ぶ。
「これ後ろまで回して。」担任の先生が言う。
 「進路指導のお知らせ」眼前の紙にはそう印刷されていた。
「はぁ…」
 急に現実を突きつけられたような思いがして、颯はため息をついた。
 今までは、学校に行き、勉強して、そして部活で絵を描く。それがすべての日々だったのに。
 でもまあ、ゆっくり決めればいいか......
そう思った矢先、
「進路決めんのに早すぎることはないから、もう今から自分の意思は固めとけよ。」という先生の言葉にくぎを刺される。
(うーん。自分は何になりたいんだろう。)


 そうこうしているうちに、先生は次の話題に入った。
「田中、この後仕切って。」
「何かある人。」クラスの議長が呼びかけると、「はい。」と複数人の手が挙がり、その内の一人が登壇した。
「えー」と昭和の首相ばりの前置きで話を切り出したのは、文化祭実行委員だ。
「それじゃあ高3特別班の説明をします。僕たち高3は、他学年と違ってクラスごとの出し物はしないで、ステージ班と縁日班、それと喫茶班に分かれて参加します。まあ、もう知ってるとは思うんですけど・・・」

 委員がそれぞれの班について説明を加えてゆく。
「まあ具体的に説明すると、ステージ班は(割愛)で、縁日班は(同左)です。えー、で最後に喫茶班は・・・ですね。後でフォーム送っとくんで回答しといてください。」

 話が終わるとすぐ、議長が「じゃあ他に何か言いたいことがある人~」と、話を進めていく。

 何班にしようかな。
 少し前まで進路について考え込んでいたはずなのに、最早颯の頭にはこれっぽっちも意識がないみたいだった。
 とはいえ、颯のみならず、高3全員にとってこれが最初で最後の特別班である。「本当に楽しめるものがしたい。」という思いは少なからぬ生徒が共有するものであり、その点で颯も他同様に悩みに悩んだ。
結局―――――――――
希望する班*
◉ ステージ班
〇 縁日班
〇 喫茶班

送信    フォームをクリア

 颯はステージ班を選んだ。
 ところで、風の噂では”がり勉”の塚田は縁日班に入るらしいとか聞く。まあ、どうでもよい話ではあるのだが...



「キーンコーンカーンコーン」
 授業の終わりを知らせるチャイム音が響く。
「号令、お願いします。」という先生の声に、すぐ
「起立」と号令がかかった。そして、一瞬のようで長い沈黙の後、
「礼」とよく通る声でクラスの空気が引き締まる...かと思うと、次の瞬間にはもう教室は日常に戻っている。
 掃除班の喧騒、ざわめく喋り声に、何かが机上から落ちる音。そうした“雑音”が徐々に静まってきた頃、教室にはまだ数人の生徒が残っていた。

「なあ」と不意に後ろから声がかかる。
驚いて振り返ると、そこには友人の姿があった。
「尚一はもう志望校決めた?」
「まあ、東大かな〜」
腑抜けた声でそう返すと、友人は冗談めかした声で
「あーそっかー、そうだよな。でも俺はアニメ関係の学校とかいいと思うけどなあ。」と言った。
 尚一は内心驚きつつも、「どうしてだよ。」と少々粗々しく返した。
 すると友人は慌てて、
「いや、もちろん冗談よ。だけどお前去年の文化祭で映画の編集してただろ。あれ結構良かったと思うんだよね。めっちゃかっこよかったし。」

 本心とも冗談ともつかない友人の言葉に対し、尚一は少し複雑な思いを抱きつつも、なぜかその言葉を忘れることはできなかった。
 今まで勉強一本槍でいた自分の心の、どこかモヤモヤとした部分を洗い流されるような気分を、尚一は初めて抱いた。



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