東大、だけじゃない?

文字数 1,582文字

@ 尚一の家
「17位...特別考査の結果、そこそこ良かったじゃないの。このまま頑張れば東大も期待できそうね。」
 母はダイニングテーブルに成績表を置き、その上に並ぶ数字をじっくりと見つめている。

 帰宅早々成績表だけを乱雑にテーブルに向かって投げ、さっさと2階の自室にこもった尚一はすぐさまパソコンを起動した。
 ブーンと低くファンが回る音がし、しばらくすると目の前に美しい風景が映し出される。濃い青色だが、奇麗に澄んで山肌を反射する湖面。奥に見えるごつごつとした岩山は、さながら「壁」の様相を呈している。
 パスワードを打ち込むと、尚一は慣れた手つきであるソフトを開くと、連日描きためていた原画制作の続きを始めた。
「アニメって作るのは楽しいけど、何枚も同じ絵を描くのが面倒なんだよな。」などと不満をたれながら、それでも絵を描くことを楽しんでいた。
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「終わった...今日もけっこう描いたな」両手を伸ばして大きく伸びをしながらチラリと卓上のデジタルクロックに視線を向ける。
「23:37」と濃いオレンジの数字が点滅していた。
「えっ、もう11時じゃん。まずい、塾の宿題やらねーと。」
 そう言いつつも、手はYouTubeにアニメを挙げる準備をしている。

「そういや、前に作ったアニメになんかコメント来てるかな。」

 2814回視聴 少しずつ再生数は伸びてるけど、やっぱりまだ少ないな。
コメント数 3件
「丁寧な作画で良いですね!チャンネル登録させていただきました。」
「8:33〜 これまでの流れが急に変わるの好き。」
 自分のアニメを認めてくれるコメントが寄せられている。

「コメントでこういうこと書いてくれてると嬉しいなー」
「もう一件は...」
 目に長文が入り込む。

「は?何を伝えたいのかわからないし、第一面白くない。才能ないよ。たった24回しか再生されてないのによく続けられるね。」

「なんだよこのコメント。批判すんだったらわざわざ見んなよ。」
 5分前まで鼻歌混じりで新アニメを投稿しようとしていたのが嘘のように、陰鬱な気分がつきまとって離れなかった。


 尚一が腹立たしい気持ちに支配されそうになっていると、突然 ”ピコン”と電子音が鳴った。
〈お前進路どうする?〉
 スマホをのぞき込むと友達からLINEが来ている。
                      〈え?〉
〈いや、お前成績良かったんだろ?やっぱ東大行くのかな~って〉
                      〈そういうお前はどうなんだよ〉
〈いや、何ていうか学校で話した時何か悩んでそうだったから聞いたんだよ〉
                      〈悩んでた?〉
〈まあ俺にはそう見えた。〉
 まさか「悩んでた」なんて言われるとは想定外だった。たしかに、最近ちょっと学校の事とかで違和感を持つことはあったけど、進路がどうとかではない......はず?
                      〈自分にもよくわかんないんだけど、何か最近
                       学校にいると変に疲れるんだよね。〉
〈これは私感だけど、お前やっぱり東大じゃない
選択肢とかあるんじゃないかって思うんだよね〉 
〈アニメ関連とか〉 
                         〈お前凄いアニメ関連推してくるよな〉

 でも、アニメという選択肢が自分の中に創られ始めているのは事実だった。
 (学校の勉強偏重の空気に疲れるのは、自分がホントの気持ちを押し殺してるから...なのか?)
 アニメと東大、天秤にかけるまでもなく「東大」を選ぶ”はず”、というよりも”べき”なのに、ついついアニメについて考えてしまう。

 「アニメ 学校」

 検索欄にそう打ち込み、代々木アニメーション学院のことを知ったのはそのすぐ2分と57秒後だった。
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