特訓

文字数 973文字

「失礼します。」
美術室に来ると、不思議と落ち着く感じがする。
「先生、話があるんですが、今いいですか?」
「ああ、いいよ。」
 美術科教員兼美術部顧問の西川照通先生は、ちょうど授業で使うために”アグリッパ”の石膏像の模写のお手本を描いているところだった。
 西川先生は颯に椅子をすすめると、自身もゆっくりと椅子に腰を下ろし、颯と向かい合うような形になった。
「先生、実は僕、進路のことでお話があるんです。」
「うん。まあ、風の噂で何となくは知ってるよ。」
「そうでしたか...
 先生、自分は、本気で画家になりたいと思っています。
 ですが、どうやって対策すればいいか全く分からないんです。だから、藝大出身の先生に是非とも特訓をお願いしたいのですが、受けていただけますか。」
「藝大...確か最近の倍率は最大17.3倍だったか。青林学園は3.7倍、東大理Ⅰにしても2.6倍だから、受かる保証はないよ。そこらへんはどうなんだい。”落ちる覚悟”はあるのかい?」
 進路面談はつい数週間前のことだ。あの時は曖昧な返事しか返すことが出来なかった。でも、もう颯は過去と決別していた。

「はい。あります。」
 沈黙が訪れる。西川先生はかなり考え込んでいるようだ。
 気の遠くなるような長考の末、
「......分かった。引き受けよう。」という答えを受け取ることが出来た。

「里木君は確か油画専攻で受験するんだよね。」
「はい、そうです。」
「油画は、日本画に比べて単純な基礎的画力の高さっていうよりも、いかに出題に対して応じた絵を描けるかに比重が置かれている。当然結果は、運にも左右されることになる。
 だから、まず最低限出来ることは経験の積み重ね。そして、そのためには自分よりはるかに技量のある人の指導も必要だろう。」
 先生は先ほどの反応に反して意外にも乗り気になってきたようで、饒舌に特訓内容について説明してくれた。
 「いろいろやれることはあるけど、まずは
 ・東京藝大の過去問演習&添削
 ・日頃から描写対象について研究したり、描き方について積み重ねる
 ・実力ある画家から直接指導を受ける
  なんかを中心にやっていこう。」

「あのぉ先生、実力のある画家とは言いますけど、僕にはそんなつてはありません。もしかして先生が紹介してくれるんですか?」         
「んー。まあ、いずれ分かりますよ。」
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