藝大一次

文字数 1,584文字

藝大一次、ある意味日本一短い問題である。
        出題
 「以下の文章を自身で解釈し、それを描きなさい ただし、もともとの詩のリズムを取り入れること」

Let me not to the marriage of true minds
Admit impediments; love is not love     
Which alters when it alteration finds,     
Or bends with the remover to remove.    
O, no, it is an ever-fixed mark          
That looks on tempests and is never shaken; 

誠実な心と心が結びつくとき、それを妨げるものが 
ありうるなどとは考えたくもない。状況が変わったと知って 
自分も変わるようなものは、あるいは相手が離れてしまうと、
自分も離れたくなるようなものは、愛ではない。
そうではない、愛とは、しっかりと立って動かぬ標識、 
どんな嵐が起ころうとそれを平然と見つめて微動だにしない。                             
(『ソネット集』 ウィリアム・シェイクスピア 岩波文庫)

 詩から絵を描く...その発想はなかったなぁ。
 油画を描くにしても、まずその構図から決めなくてはならない。
 愛について述べた詩なのか。なら...
 
@ 藝大一次試験ー
 一次試験では、与えられた内容を「素描」(仏:デッサン)によって表現するものである。
 評価観点は
 ⑴どのように理解したか
 ⑵どのように観察したか
 ⑶どのように表現できたか
 の三つからなる。

 今回の試験の制限時間は5時間。だから、如何に時間を使うかもよくよく考える必要がある。
 颯は、本番当日問題を見るまで、はたして上手く描けるのかと、不安を覚えていた。
 しかし、そのような不安も余計なものだった。もともと青林学院に入れたほどだから思考力は遜色ないだろうし、今までこなしてきた出題テーマと比較すれば、まだ簡単に想像ができる部類だ。そして第一、東大の二次試験のように周りが切り詰めているという様子でもない。
 5時間。長いようで短いこの試験時間中、颯は絵を描き、はたまた気分転換に休んだり、歩いたり、周りを見たりと自由に過ごした。
 こうして自由に創作に集中できるということも、やはりいわゆる”学力偏重の受験”とは違っているところだろう。
 ともかくも、颯は別段会場の空気に自分のペースを吞まれることなく、一次試験を終えることが出来た。


 ―三年生三月
@ 颯 一次試験合格発表
 藝大一次試験。この試験に落ちるのは物語上あり得ないという野暮な考えはかなぐり捨て、正直に話すと、
颯は合格した。
 発表当日、発表前はそれほど緊張せず、悠々と待っていたのに、合格と知ると何故か一気に心拍数が上がった。逸る気持ちを押さえながらまず母に合格を伝えると、ちょうど掃除機をかけていた母は、ほっとした顔になり、「良かった~」とだけつぶやいた。
「今まで、アトリエに行くときとかにお弁当作ってくれてありがとう。」
「そうね。でも、まだ二次試験もあるんでしょう?そこまで気を抜かずにね。」
 そうだ。一次には受かったけど、まだ一次。本番はむしろここからだ。
 
 先生に電話すると、母と同じように釘を刺された。でも、それに「よく頑張りましたね。」という言葉も添えてくれた。
 通話を続けながら壁に掛かった時計を見ると、まだ結果を知ってから15分しかたっていなかった。
人生でも五本の指に入る濃密な時間を、颯はその日中味わい、翌日からはまたアトリエ通いの日々が始まった。
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