物語は終わらない

文字数 2,289文字

 
―エピローグ
 受験の合否は、試験を受けた段階での実力に過ぎないと人は言う。確かに一理あるが、それでも受かるのと落ちるのとでは天地の差である。
 
 「不合格」
 それが颯に突き付けられた結果だった。これまでにないほど絵に向き合い、自分のすべてをぶつけた。そう表すことが出来る数か月だった。涙は…出てこない。ただ突っ立っていることしかできなかった。絶対に受かってると思っていたのに。もはや何を言っても変わらない結果の前に、茫然としていた。
 いきなり肩をつかまれた。顔を上げると、母がいつもと変わらない優しいほほえみを浮かべてAの目をしっかりと見つめていた。
「惜しかったね。」
 たった六文字である。だが、颯はその六文字に泣いた。
 母はなおも続けた。
「よく頑張ったわね。
そうそう、颯が小学生の頃だったかなぁ。懐かしいわね~。学校の絵画コンクールで賞を取ったって、おじいちゃんの所まで見せに行ったわよね。其の時、おじいちゃんすごく喜んで颯が孫で幸せだって言ったのよ。まったく調子に乗らせちゃって、って当時は思ってたけどあの言葉は嘘偽りのない心からの言葉だったんじゃないかなぁ。」
「おじいちゃん…」
 ようやく涙がこぼれなくなってきたころ颯は口を開き、そう漏らした。
「そっか。そうだったんだ。」
「何が?」
「お母さん、」颯は急に改まった口調になった。
「やっぱりおじいちゃんに喜んでもらうためにも、自分が今一番できることをしたいんだ。だから……もう一度だけ、藝大を受けさせてくれませんか。」
少しの間母は考え込んでいた。とてつもなく長い時間が過ぎたと思う頃、ようやく母は口を開き、少し微笑んで
「颯が自分でここまで決めたことだもんね。私たちも応援してあげないとね。」と言った。
「ありがとう。本当にありがとう、お母さん。」

@ 美術室
「そうでしたか、不合格………それは残念でしたね。」
先生は少しうつむいて無念そうな顔をし、それでもしばらくしてから決意したように
「それで、里木君はこれからどうするんですか?」と聞いてきた。
「そのことで今日はお話があるんです。」
「なんですか?」
「僕、やっぱり藝大が諦めきれなくて...だから、浪人したいと思ってます。そこでまた、もう一年特訓してくれないかなと...」
「そうですか。」先生は考え込むような表情をしている。

 もちろん、西川先生はこれまでの半年自分の特訓に付き合ってもらい、随分と苦労させてしまったことは承知の上である。しかし、颯の顔は半年前と違い、覚悟の決まった面構えをしていた。
「いいですよ。もう一年指導しましょう。但し、今度は絶対に合格してくれますね。」
「本当ですか、先生。」まだ受かってすらいないのに、自分が満面の笑みを浮かべているのがはっきりとわかる。

こうして、颯は再び絵描きとしてのスタートラインに立ち戻った。大いなる決意と共に。

@ 数日後 再び美術室
「それにしても、里木君は立派な絵描きの顔をしてたなぁ。やっぱり若いからこそなのかな。羨ましい。」
 ガラリとふいに扉が開く音がし、戸口の方を見ると、そこには校長の姿がある。
「おお、校長先生、どうされたんですか?」と少し意外そうな声色で返す。
「実は、少し話がありまして。」
「ええ、何でしょう。」
校長は少し言葉を濁しながら語り始めた。
「つい先日...里木颯君が此処を訪ねたと聞いたのですが。」
「ええ、そうですよ。」
珍しくしどろもどろとした校長の様子に新鮮さを覚えつつ、西川は続きを促した。
「里木君が、何か?」
「いや、問題があるなどと言う訳ではないですよ。ですが、少し自分としても反省しましてね。」
「ほぉ」目線を絵から校長に移して向き合うと、小さくそうつぶやいた。
「私は、東大東大と、少し焦っていたのかもしれません。」
 勿論学歴は重要ですし、その考えは今もあります。ですが、それは概して大人の思考というものであって、子どもたちはそれ一辺倒ではなかったようです。
 油画、アニメ、ピアノ...どれも彼らにとっては真剣なことであり...つまり、私たちはそうした彼らの夢を、勉強を名目にして押しつぶそうとしてしまったかもしれないと、今になると思うのです。」
 西川は黙ってそれを聞いている。
「本当に申し訳なかった...そう思います。」
 
 ここまで話すと、校長は一度大きくため息をつき、やっと言葉にできたと清々しささえも感じられる顔で今度はこう宣言した。
「西川先生、私たちは来年度から専科は廃止し、じっくりと生徒自身に進路を考えてもらうような環境を整えていこうと考えています。」
「是非、御助力願います。」
 深々と頭を下げる校長に、西川は慌てて返した。

「勿論続けさせてもらいます。」
 
                               


                    製作者
                  ー1-1デコー
                   脚本A制作課



 東風に吹かれて、桜が舞い散っている。颯には懐かしい光景でもある。
 一年前、颯は藝大を目指そうと、そして画家になろうと決意し、今落ちてここにいる。
 なんて非情なことだろうか。しかし、颯は確信している。
 桜は、儚く散っていく。けれど、いくら散れども再びまた春の訪れにしたがって美しく咲き乱れる。
 
 「バカとブスこそ、東大に行け」ではないと、今なら確信して言える。
  「東大だけが、全てですか」と。 
                                  
                           fin.
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み