第94話 真夜中の牛乳配達屋さん

文字数 3,074文字

 豆蔵くんと定吉くんが中心となって皆で十六夜の誕プレを掘り出した。掘削道具は赤さんが現場から持ち出してきてくれた。ユンボは上土を剥がすのに使ってあとはエンピと箕を使って人の手で掘った。
 日が沈み満月が東の空に顔を出しはじめたころ、バルーンライトに照らされて黒光りした全長4メートルほどの石舟が露わになった。その舳先は傾斜がついた鋭角で船尾は四角の、「元祖」六道園で十六夜が乗っていたものとよく似ていた。
 豆蔵くんがエンピを振るう手を止めてあたしを手招きし、
「う」
 乗ってみろと言った。
「なんで?」
「うう」
 これであの世に渡れると言うので冬凪とあたしは石舟を掘り出した穴に降りた。
「どう乗れば?」
 冬凪が戸惑っていたので、
「十六夜は立ってたけど長竿持ってたから」
 またがってみるとちょうどよい幅だったけれどやっぱりお尻は痛かった。
「で?」
「知らん」
 いつまで待っても何も起こらなかった。豆蔵くんと定吉くんに助けを求めたけれど両手を挙げて肩をすくめるばかり。鈴風や赤さんたちも存じません状態だったので、リング端末でクロエちゃんに連絡をしてみた。
「あたしらの時も面倒い段取りあったから」
 石舟をアクティベート(有効化)しないといけないらしい。そのやり方はきっとクロエちゃんの時と変わらないだろうから、
「石舟を鬼子神社に運んで貰っといてね」
 それで赤さんに石舟の移動を頼むと、記録を取ってからになるから、少し時間が欲しいと言った。
「調査範囲外だけど関連遺物の可能性が高いから一応ね」
 とのことで移動の許可を赤さんから辻川町長に直接頼んでもらうということで、明日の昼までということに決まった。
 それで辻川町長との約束を思い出した。潮時の夜、つまり今夜タワマンのエントランスに行って人を待たなければいけなかったのだった。
「冬凪。そろそろ行ったがよさげ」
「分かった。鈴風さんはどうする?」
 鈴風は赤さんの顔を伺って許可を得ると、
「行きたいです」
 鈴風も一緒に来ることになった。
 タワマンまでの道はブクロ親方がバモスくんで送ってくれた。混雑もなくなった辻沢の街中を安定のノロノロ走行で進んでいく。日中の暑さはまだまだ残っていたけれど、ドアも外郭もないバモスくんのおかげで風がひとときの涼しさを与えてくれた。夜空を見上げると高い位置に十五夜の月が明るく冴えて見えていた。いよいよ潮時が迫ってきた。後部座席で月を見るあたしを助手席から見ていた冬凪が、
「気分はどう?」
 と聞いてきた。鬼子に発現するのを心配しているようだった。
「十六夜の潮時ってどうだったの?」
「潮時が迫るといつも苦しそうだった。汗をびっしょりかいて荒い息してた」
 あたしは今のところ平常だった。やっぱりあたしは異端だから潮時でも鬼子にはならないのかもしれない。
 タワマンに着くとエントランスの中にあるソファーから白いスーツスカート姿のクロエちゃんが手を振っていた。ああしてビジネスな格好をしているとちゃんと経営者に見える。
「クロエちゃんも辻川町長に呼ばれたの?」
 クロエちゃんが待ち人かと思った。
「いいや。あたしはこれに連れてこられただけ」
 と言うとスーツの胸ポケットからポリバックを取り出して見せた。その中には血付きのガーゼに包まれたユウさんの薬指が入っている。
「今晩は潮時のせいか、この指も朝から元気でね。あっち行け、こっち行けって指図するから、その通りに来たらここに付いたわけ」
「じゃあ、さっき連絡したときはここに?」
「駅前のヤオマン・カフェでアイスカフェラテ飲んでた。シナモンで!」
 あー、うるさい。大声出さなくていいから。
 クロエちゃんには、石舟は明日の夜に鬼子神社に運ぶ段取りになったことと、辻川町長から潮時の夜にここで誰かを待てと言われていることを伝えた。
「まず石舟だけど、アクティベートは潮時でないといけないから、明日の移動となると半月後になる」
 とクロエチャンは言った。
「半月後は遅すぎるな。十六夜から志野婦が出くる前に会いに行かないと」
 鈴風を見ると、
「もうすぐです」
 ここの用事が終わったらすぐに鬼子神社へ向うからすぐに石舟を移動するよう赤さんに言ってとブクロ親方にお願いした。
「それから、辻川町長がここで待てというのは青墓への案内人だと思う。冬凪と夏波はその人について行くことになる」
 青墓に何をしに行くのか聞くと、
「エニシの切り替えをするためだよ」
 とあたしの左手をとってさすりながら言った。
「「「エニシの切り替え?」」」
 クロエちゃんは青墓のある場所に行くとエニシの糸を切り替えることが出来るのだと言った。本来なら夕霧太夫がいれば出来ることだけど、今ユウさんがいない以上そこでやるしかないのだそう。
「ほら、来たみたいよ」
 クロエちゃんがエントランスの外を指さした。そちらに目をやると、タワマンの車寄せを人が乗っていない黒い重そうな自転車がゆっくりと登って来るのが見えた。その荷台には黄色いペンキ塗りの木箱が載せてあって幟が立っていた。その幟には墨で大きく「辻沢醍醐」と書かれてある。
「あれが昭和の牛乳配達屋さんだよ。知らんけど(死語構文)」
 クロエちゃんが言った。
 その時、エレベーターホールから、
〈♪ゴリゴリーン〉
 と音がした。振り返ると両手にコンビニ袋を持ったゴスロリ少女が出てきた。死の微笑み天使、笹井コトハだった。鈴風のテンションが変わったのが分かったけれどそれは無視。笹井コトハはそのままエントランスを出ると、コンビニ袋の中から牛乳瓶を自転車の木箱に移し変えて、エレベーターに帰って行った。
 クロエちゃんはあたしの前髪を手でやさしくかき分けながら、ユウさんの薬指入りポリバックをあたしの手に握らせた。そして外を指さして、
「さ、行っておいで」
 無人自転車は車寄せの坂を下りて大通りに出て行こうとしていた。
「「「行ってきます」」」
 と冬凪と鈴風とあたしは急いで無人自転車の後を追った。走りながら、
「エニシの切り替え方なんてあたし知らないよ」
 と言うと冬凪が、
「あたしもだよ」
 鈴風も同じようだった。
 無人自転車にはすぐに追いついた。見えない人でも乗っているかと思ってサドルの上あたりで腕をぶんぶんしてみたけれど何にも触れなかった。でも誰かいるのはたしかで、それは無人自転車のあたりから、
「わ~が~ち~を~ふ~ふ~め~お~に~こ~ら~や~」
 と繰り返し聞こえて来ていたからだった。女の人のものとも男の子のものとも聞こえる声だ。夜中に響く中性的な声。不気味すぎる。
「わがちをふふめおにこらや」
 たしか旧町役場にあった遊女宮木野像の前のレリーフに書かれてあった言葉だ。冬凪に、
「これって何て意味なの?」
 と聞いてみた。
「本来は『私のお乳を飲みなさい。鬼子たちよ』だけど、宮木野は吸血鬼だから、『私の血を飲みなさい。鬼子たちよ』って意味にもなる」
 と説明してくれた。
 辻沢醍醐。辻沢ヴァンパイアの命の源。それがどうして鬼子なんだろう。辻沢ヴァンパイアの母、宮木野と鬼子にどんな関係があるんだろう。これから行く場所がそれをはっきりさせてくれるんだろうか? その前に。
「今日って青墓でなんかやってたっけ?」
「スレイヤー・Rとか? あれは開催が休日だから今日は何もやってないと思うよ。鈴風さん知ってる?」
 鈴風も心当たりがないようで首を横に振った。
「でも、なんか騒がしそうだよ」
 目の前に迫った、月の光も遮る真っ黒い森の中で、沢山の得体の知れないものが蠢いているのが見えたのだった。
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